第9話 ギリギリの救出劇
なにがどうなったら、そういう状況になるのか、まったく逆算できないのだけど。
どうせまた、「カスタティスである自称の竜の自分が、仲間の竜を救いにきたのだ!」とか、
妄言、虚言を言っていたら、こうなったんだろうって分かるけど。
あんまり危ない事しちゃダメだよ? と、
自分の事を棚に上げて、わたしことお姉ちゃんは、妹にそう声をかけてあげる事にした。
「ん、充分に休めたかな。よしっ、サヘラ、じゃあねー」
「心の声は!? 妾、心配の言葉がかけられてないよ!?」
微妙に口調が元に戻ってるし。
キャラ設定は濃いのに、肝心のサヘラが忘れがち。
わたしの妹は詰めがとっても甘かった。
「しかも、わたしの心の声を読んでるし……」
「いや、お姉ちゃんが思い切り声に出してたけど……」
そうだっけ? ぜんぜん気づかなかった。
今の『心の声を読む』なんて事は、プロロクお姉ちゃんでもアッコルお姉ちゃんでも、
その内容までは分からない……、サヘラにできるわけもなかったね。
わたしとおんなじで、サボり魔の落ちこぼれなんだから。ああ、だから魔女なのか。
「むむっ。落ちこぼれだけど、お姉ちゃんほどじゃないやい!
授業だって受けてるし、図書館にこもって色々な知識を蓄えてるんだから!」
「だろうけど、だって偏ってるじゃん、その知識」
やけに神話に詳しかったり、世界に存在する亜人の全種類を覚えていたり、
自分が使えもしない魔術の詳細を知っていたりと、
基本的な語学や数式は分からないくせに、そういう、
なんだか字だけを見たら格好良い系の知識は豊富だった。
汝、とか、妾、とか。
わたしもサヘラに言われるまで、なにも知らなかった。
他国の言葉は話せないのに、
数個の単語と意味は理解している、不思議な知識だ。
「興味があるものにしか行動しないもんね。そういうところはわたしに似てる」
「うち、他人に迷惑をかける事だけはしてないからね?」
失礼な、それじゃあまるで、わたしが人に迷惑ばかりかけているみたいじゃないの!
「……え? そうじゃないの?」
きょとんとしながら言われた。
衝撃的な事実だ。
いや、まだサヘラの妄言虚言の可能性も捨ててはいけない!
「って、もう素に戻ったまま変わる気がないけど、サヘラも設定、忘れてるんじゃないの?」
「誰が設定を使ってるって!? あんまし、なめた口を利いてると食べちゃうぞ!」
「へー、この状況でやれるものならねー」
がしがし、と伸びる枝を何度も踏んづけて、先端を揺らす。
ぶら下がっているサヘラが、縦横無尽に振られまくっていた。
「あ、ちょ、やめっ! こわ!? 怖い怖い落ちる落ちる落ちる落ちるッ!?」
慌てふためくサヘラは、人と目が合った時の昆虫に似ていた。
手足をじたばたさせているので、一向にサヘラの体の揺れが止まらない。
だから、サヘラは慌てるし、だから揺れるし、という悪循環になってる。
わたし、もう枝を揺らしていないのに。
「サヘラー、落ち着いて深呼吸」
「すーっ、はーっ!」
こういうところは素直だった。サヘラの下の妹たちとは大違い。
双子ちゃんは生意気で、わたしの言う事なんて聞こうとしないから。
末っ子のシレーナも、言う事を聞いてはくれるけど、
なんだか、ただでは聞かないみたいな、怪しげな感じだから……、
その点、サヘラはよくも悪くも、素直だった。
騙されやすいのが心配。もっと人を疑わないと。
はぁ、と溜息を吐くサヘラの揺れは、気づけば止まっていた。
「落ち着いた?」
「うん。ま、まあ妾は? こんな高さ、へっちゃらじゃがな」
「キャラのブレがすごいよね」
妾って言う人が、へっちゃらなんて使わないし、
じゃ、なんて語尾も、いきなり言うものだから浮いている。
……思いついた設定をとにかく詰め込みたいのは分かるけど、
もうちょっと自重して整理しようね。
「高さなんて、妾には意味がない……」
と、自分の手を顔に添えて、一人ぶつぶつ言っているサヘラ。
ああ、自分の世界に入っちゃったよ。
儀式だったっけ? サヘラの中での決まり事が終わらないと、戻ってきてくれない。
仕方ないからちょっと待つ。
……そう言えば、お姉ちゃんが言っていたけど、妾って謙譲語らしいんだよね。
でもサヘラの設定だと、サヘラはわたしたち、亜人よりも上の存在らしくて……、
だとすると謙譲してるっておかしくない? と思ったけど、言わないでおこう。
サヘラ、気づいてなさそうだから見てて面白い。
「そう、妾はカスタティス――【純粋】を司る竜の生まれ変わり……。
封印されし仲間を救うために、この世界に転生してきた。
……迅速に、使命を果たすとしよう――」
「サヘラ、終わった?」
「ちょっと待って!」
もうちょっとらしい。
暇なので、チクタクと呟きながらサヘラを待つと、
「……いいよ」と、むすっとしながら言われた。
「どしたの?」
「ちくたくうるっさいッ」
そんな八つ当たりみたいな事を言われても……。
ともかく、サヘラが戻ってきてくれたので、いつも通りの質問をする。
「体の調子は大丈夫?」
「……問題ないよ。問題なのは今のこの状況だ!
さっきからぜんぜん助けようともしてくれないのはなんで!?
うちのお姉ちゃんだよね!? うちだけ拾われてきた子じゃないよねえ!?」
転生した竜の生まれ変わりじゃないの? と、突っ込もうとしたけど、
泣きそうなサヘラの表情を見て、慌てて口を押さえる。
意地悪で助けなかったわけじゃないけど……、
放置されているサヘラの方からしたら、心配で仕方ない……よね。
ちょっと悪い事しちゃったかも。
まあ、誤解されたくないから言うけど、助けなかったんじゃなくて、
助けにいっても大丈夫かな、と
確かに枝は太いけど、当然、先っぽにいくほど、細くなる。
わたしがサヘラを助けるためには、枝を渡らなければいけないんだけど……、
先っぽにいった時、わたしとサヘラの体重を支えてられるのかな?
「わたしは軽いから大丈夫だけど……」
「うちだって軽いよ!?」
確かに、二人とも貧乳だけども。
……言ってて落ち込んだ。
とにかく、ぴょんぴょん素早くいって助けられるほど、甘い救出劇じゃないと思う。
落ちてもなんとかなるでしょ、と思ってるのは、嘘じゃない。
でも、サヘラも一緒に落ちたら、さすがに責任が取れないし。
これでも妹なんだから、怖い思いをさせたくない。
サヘラなら尚更、危険なマネはエヌジーなのだった。
「サヘラ、絶対に動いちゃダメだよ?
くしゃみとか、しゃっくりとか、禁止!」
「わ、分かった」
両手を胸の前で合わせて、体を丸めるようにしてぎゅっと固まる。
胎児みたいな格好だった。
逆にきつそうだけど、目をぎゅっとつぶって頑張ってるサヘラに、水を差したくなかった。
すぐにそのポーズを取るところが愛しいけど、まずは今の状況から助けないと。
這い這いで枝を進む。
ゆっくり、枝を折らないように。
巨木の近くの辺りは頑丈だけど、五メートルを越えたあたりから、枝がしなってくる。
みしみし、と嫌な音。
「うわあ……」
「え、なになに!? うち死んじゃう!?」
「バカなこと言っちゃダメ。死ぬわけないじゃん。
転生してきた竜じゃないけど、
わたしたちは亜人の中でも最上クラスの
簡単には死なないよ」
もちろん、確証なんてなく、サヘラを安心させるための方便だった。
ついてもいい優しい嘘。
そして、嘘で固めているサヘラのそれは、自衛のための嘘。
嘘も悪い事ばかりじゃなく、人を救う事だってある。
「…………」
乗っている枝に異変。
お、思い切り亀裂が入ってるんだけど――ッ!
手を置いた枝に、ギザギザな波線が。
まるで心拍数の心電図みたいに、刻まれてるんだけど、
これは、大丈夫なやつなのかな?
危険信号? 戻る? ……サヘラを置いては、いけなかった。
構わず進む。甲高い音の風が、さっきよりも強い。
ちょっと強めの風が吹いたら、わたしなんてあっさり飛ばされそう。
握力を強めて、一歩一歩、力強く。
途中で、『ぴよっぴよっ』と聞き慣れた鳴き声が聞こえた。
音を辿ると真下――、
小っちゃい、黄色く丸い鳥型の魔獣が、巨木を回るように上がってきていた。
シャンドラには果実も実っているため、魔獣がよく食べにくる。
その魔獣は、巨木シャンドラを見ても怯えない。
人間や亜人に好意的な魔獣だからだ。
もしも敵意があれば、シャンドラが黙っちゃいない。
そういう加護があって、わたしたちは魔獣から身を守っているのだ。
その小さな魔獣は、実った果実に、一直線に向かう。
「頑張れー、ひよこちゃん」
親鳥は一緒におらず、一体だった(魔獣の数え方は、一律で『体』らしい)。
初めてのおつかいなのかも。
わたしになにができるわけじゃないけど、ここは優しく見守る事にした。
仮にも魔獣なので、そんな中、サヘラを救出するのは危険なため、ちょっと一休み。
わたしも、この緊張感の中じゃ疲れたし。
「お、お姉ちゃん……っ」
サヘラの切羽詰まったような声……、
不安だったり怯えだったりが、ストレートに伝わる。
そう、
「サヘラ?」
「ぴ、ぴよちゃん、じゃないよね……? ひよこって、こんなに大きかったっけ……?」
その球体は、太陽を隠すほどだった。
体長は五メートル以上。わたしとサヘラを丸飲みしても、まだ余裕がある。
日陰を作り、わたしたちを陰らせながら、
滞空飛行するひよこちゃんは、まんまるの純粋な瞳で、わたしたちを見ていた。
じっと、反対側にも上にも、目的の果実はあるだろうに、
なぜか、わたしたちだけしか瞳に映っていない。
相手はひよこちゃんだけど、ここまで巨大だと、恐怖心は桁違いだった。
敵意はないと分かっていても、近寄られるだけで体が震える。
蛇に睨まれた蛙……、これは鳥に目をつけられた昆虫かもしれない。
わたしたちを昆虫かなにかと勘違いしてる?
確かに、木にいて、這っているけど……、
というかこのサイズなら、もう昆虫とか人間とか亜人とか、関係ないじゃん!
まんまるの瞳が動いた。
見たのは枝に引っかかっている、サヘラだ。
「ひっ!?」
つん、つんつん。
「あた、たたた、いた、痛い痛い!?」
くちばしでサヘラをつつく。
その頻度は段々と短くなっていき、遂には、ととととと、みたいな勢いで、
サヘラが攻撃されていた――んで、ぱっくん。
ぱっくん?
「――え?」
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