第8話 魔女・サヘラ

『首飾りは……、

 貴族街ゴールドラッシュにあるね。どこか、まではちょっと分からないけど』


 うげっ、最悪。

 プロロクお姉ちゃんの水晶玉を使った占いの結果、

 まあ、そういう答えが出たので当然、

 わたしはそのまま、その足で貴族街へ向かっている最中だ。


 森林街が巨木シャンドラの下にあるのならば、

 貴族街は巨木シャンドラの中間地点にある。


 上にあるんじゃなくてね。

 よく間違える人がいるけど、でも、上と言った方が伝わったりするんだよね。


 上と言うと、巨木シャンドラよりも高い位置に街があると思ってしまう。

 それじゃあ、空飛ぶ街だ。


 実際は、日の光を四十パーセントほど遮る葉の下、

 枝と枝が絡み合い、網のような地面ができており――、

 その上に、豪邸が立ち並んだ、街が作られている。


 見える景色は、青空一色。

 曇天の時もあれば、星が輝く夜の時もある。空に住んでいるみたいだった。


 森林街から貴族街まではかなりの高さがある。

 上から下へ移動するのは簡単でも、下から上までいくのは困難を極める。

 貴族街に住む貴族カルディアしか持てない、

 小型から大型までの飛空艇ひくうていでもなければ、

 巨木にしがみついて上っていくくらいしか、手はなかった。


 だからこうして、わたしは大胆にも、両手で木登りをしているわけだった。


『……一緒にいく?』


 引きこもりで滅多に外に出ないプロロクお姉ちゃんからの申し出は、

 引きこもりを改善させるチャンスかも、とも思ったけど――行き先は貴族街。


 わたしでもあまりいきたくはない場所だった。

 そこにお姉ちゃんを連れていくのは、たとえ引きこもりでなくても嫌だ。


 それに、体が弱いお姉ちゃんが、巨木を登れるとは思えない。

 わたしが背負うとしたら、負担が大き過ぎるし……。

 大人一人、背負って木登りできるほど、わたしも力があるわけじゃないのだ。


 それにしてもやっぱり、お姉ちゃんからそんなことを言うなんて珍しい。

 もしかして、占いでなにかを見たのかな?


『そういうわけじゃないけど……、見えたのは、首飾りのありかだけ。

 そのありかだって、宝箱みたいに一か所に留まってるわけじゃない。

 首飾りなんだから、誰かの首にかかってるのが当然でしょ? 

 常に移動してると考えた方がいいよ』


 そっか、ダンジョンの中にある宝箱みたいに、どん、と待っててくれるわけじゃないんだ。


 宝箱自体が魔獣で、

 ずっと逃げ回っているダンジョンと思えば、一緒ではあるけど。


『その首飾り……今のありかが、シャーリック家じゃなければいいけど……』


 もしもそうだったら、困難以上に。

 わたしの気持ちが、折れそうだった。



『大丈夫だよ! プロロクお姉ちゃんは占いをして疲れたでしょ? 休んでていいよ。

 ってか、休んでなきゃダメ! すぐに夏でもないのに夏バテっぽくなるんだから!』


『占いをすると、どうもくらくらしちゃてね……』


 それは魔力を使ってるからだよ。

 体内にあるものを放出しているんだから、体調が悪くなるのは当然だ。

 家にいるだけならいいんだけど、使ったまま外で活動するとなると、

 鍛えてないとやっぱり、体は意思に関係なく、正直者だ。


 魔力を補給したらいいってわけでもないからね。

 体外からの魔力は、体に馴染むまで時間がかかる。


 そんなわけで、プロロクお姉ちゃんをベッドに寝かせ……、

 ほんとに眠るまで寝かしつけてから、巨木シャンドラの根元へ。

 木登りは得意だけど、森林街から貴族街まで、この高さを登るのは初めてだった。


 ただ登るだけならいけないこともない。

 障害一つなく、あるとしたら弱くなってくる握力くらいだけど、

 ちょっとした凹凸に座り込んで一休みすれば、充分に手を休められる。


 休憩を繰り返して貴族街……、

 網目状の地面が見えてきた。

 うわっ、もうこんな近くに。雲がいつもよりも低いと感じる。


 吹く風の音が甲高い。

 かなりの高さであると言い聞かせられているような気がする。

 ふと……、興味本位でちらっと真下を見てしまった。

 さっきから、絶対に見ないようにしていたのに。


 真下は緑一色。森しかない。

 少し外に目を向ければ、山岳や砂漠、海など、外の世界が広がっている。


 さすがにそれらの先は、分からない。

 どうなっているのかも、知らない。


 限りなく大地が広がっていると言う冒険家の人もいるし、

 実は丸くなっていて、元の場所に戻ってくるのではないか、と言っている冒険家もいる。

 実際はこの世界がどうなっているかなんて、分からない。

 誰も、今のところは証明できていないのだ。


 外の世界は、危険がいっぱい。


 シャンドラと、絶対の君臨者である竜に守られているわたしたちは、

 一歩、その恩恵の大地から足を踏み出せば、魔獣の餌食になる。

 外にいけばいくほど、魔獣は桁違いに強く、

 ――ぱくんっ、と、わたしたちなんて食べられちゃう。


 いま考えると、そんな場所にテュアお姉ちゃんはいっていたんだね……。


 外の世界は恐ろしく、絶対に出てはいけないと、子供の頃に授業で教えられる……、

 と言われているけど、

 わたしはサボってばかりだったので、そんな事を教わった覚えはなかった。


 でも、知ってはいるけど。

 お姉ちゃんたちがしつこくわたしに言い聞かせていたから。

 それがわたしへの教育なのかも。


 素直にお母さんの言う事を聞く子じゃないから、って。


 苦労したんだろうなあ、って、他人事のように思う。

 他人事というか、中心にいるのはわたしだった。


                                     「おーい」


 真下を見て、自分の家が豆粒になって見えなくなった高さまできたと分かった。

 おお、と達成感に、満足の声を漏らす。

 意識して下を見ないようにしてたのは、高いところまで登ってきたぞ、

 という証明を、一際大きな衝撃として得たかったからだ。


 ちょくちょく見てたら、途中経過が分かって、嬉しさも半減してしまう。

 だから勘違いしてほしくないのが、

 わたしは別に、この高さを怖がっているわけじゃないのだ。


 う、自分で言ってて、子供の強がりにしか聞こえないって思ってしまった。

 いやでも、ほんとに! 確かに、もしも落ちちゃったら、と考えたら、

 思う事もあるけど――、下は森だし、なんとかなるんじゃないかな、って思う。


 落ちたらそれで終わりって思うから、怖いのだと思うけど……、

 内臓が浮くような感覚は別に、もっと低い、森の木から落ちた時に何度も経験しているし、

 だからここから落ちたとしても、低い時の延長戦だと思えば、ぜんぜん平気。


 恐怖よりも景色の方に意識が持っていかれてるから、

 落ちるんじゃないかとか、正直、考えている暇なんてなかった。


                 「おーいっ」


 良い汗を流しながら、ポケットに入れた赤い果物をかじり、ひたすら登る。


 途中、小さな枝が巨木から伸びていて、人一人が座っても折れない太さがあった。

 ちょうど良いので休む事にする。

 疲れたのか、幻聴も聞こえてくるし――、枝に座り込み、景色を見た。


 髪を弱くはためかせ、熱い体が冷却されていく。


「……ふぅ、気持ち良い風」


「この状況でっ! 

 と、隣で見て見ぬ振りをするなんて、なんじはそれでもわらわの姉かあ!?」


 げっ、と、いま気づいた振りをする。……うう、面倒くさい。


 とっても面倒くさい、かなり面倒くさい。

 もう面倒くさいと言うのも面倒くさい。


 隣にいる、というか、

 枝の先っぽに、マントの首元が引っかかり、

 猫がつままれたような状況になっている激痛少女――エセ魔女の子。

 そして、妹であるサヘラが、なんだか楽しそうな状況のまま放置されていた。


 足をぶらぶら、手をじたばた。

 鳥につままれた虫みたいに、絶望的と言えば、そうかも。


 わたしはそれをじっと見る。

 じとー、っと見る。


 両目の色が左右で違う。

 右目が黄色で左目が赤色だった。


 魔力で色を変えているらしいけど、なんの意味があるのか聞いたら、


「格好いいからっ」

 らしい。


 最近じゃあ、「生まれつき」と説明してるけど。

 じゃあ、わたしたちも色違わないといけなくない?


 魔女、と代名詞を使われる事が多いサヘラは、

 濃い赤色のとんがり帽子を被っており、顔の三分の二を隠すほどの、

 大きな砂漠用ゴーグルを帽子に引っ掛けている。


 砂漠にいく予定もないのに、なぜそれを買ったのか、気持ちはよく分かった。

 つい、ノリなんだよね。


 帽子の隙間からは、薄い紫に青が混ざった、

 ワカメのような短い髪の毛が顔を覗かせていた。


 うーん、なんかややこしい表現になっちゃったな。


 手作りなのか、糸がぴょんぴょん跳ねてる黒いマントを羽織り、

 指が剥き出しのグローブ(自分で切っていたのを見た事がある)をはめている。


 ……たぶん、性格と格好が、これ以上にマッチしている人はそうそういないと思う。

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