第7話 姉妹協定

 テュアお姉ちゃんとプロロクお姉ちゃん。

 もちろん、言うまでもなく仲良しで、姉妹の中でも古株だから、付き合いは長い。

 病弱なプロロクお姉ちゃんを熱心に世話したのは、テュアお姉ちゃんだった。

 だから誰よりも、プロロクお姉ちゃんはテュアお姉ちゃんを信頼してる。


 けど、テュアお姉ちゃんが家出するきっかけとなった事件。

 プロロクお姉ちゃんは、その事件には関わっていないんだけど、

 いつも通りに喧嘩ばかりのロワお姉ちゃんとテュアお姉ちゃんの仲を仲裁しようとしたら、

 テュアお姉ちゃんの逆鱗に触れてしまった。


 逆鱗に触れたというか、爆発寸前の爆弾に自ら近づき、

 安全に処理しようといじっていたら、些細な衝撃で爆発してしまった、みたいな感じだった。


 八つ当たりとも言えたけど。

 うっかり近づいちゃったプロロクお姉ちゃんも悪いとも言える。

 あの時のテュアお姉ちゃんは、誰が見ても危なかったから。


 あれから、

 プロロクお姉ちゃんは、家出したテュアお姉ちゃんと会ってはいないし、

 話題にすら出さない。


 姉妹全員、気を付けて話題を出さないようにしていたのだ。

 病弱な体と精神に、トラウマの記憶を呼び起こさせるのは危ないと判断して。


 だから今だって、テュアお姉ちゃんの話題を出すのはやめるべきだと判断した。


 わたしは顎に手をやり、


「いやー、まさか失くしちゃうとは思わなくてねー。

 大事に首にかけていたんだけど、ほら、わたしってば活発に動く方だからさー。

 ぴょんぴょんと飛び跳ねている間に、どこかに飛んでいっちゃったりしてね! 

 たぶん、魔獣のひよこちゃん辺りがくわえて、巣に持って帰っちゃったのかもねー」


「はいはい、まったくタルトちゃんは。

 大事なものなら、きちんと管理しておかなくちゃダメだよ?」


 管理について、

 部屋の中がゴミ集積所みたいなカオスになっているお姉ちゃんに、言われたくなかった。

 ともかく、誤魔化せたかな。

 わたしの完璧な演技力で、見る人みんなが信じ切ったはずだよ!


「それで? 本当のところは?」

「んん?」


「タルトちゃんの周りのオーラ、風が吹いた時の炎みたいに揺れてる。

 これって平常心じゃない時のものなのね。たとえば――嘘をついた時とか」


 おふ。

 心臓を抉られたような一撃。

 お姉ちゃんに嘘をついたという罪悪感……、どうしよう――、


「どうしよう、どうやって誤魔化そう――とでも考えてるのかな?」


 あ。


「私はずっとタルトちゃんの事を見てるよ。

 さっきからタルトちゃんのオーラ、激しく揺れてて、落ち着かないね」


 いっそ責めてくれたら楽なのに。

 プロロクお姉ちゃんは怒るでもなく、気にせず流すのでもなく、

 あくまでも優しく、諭すように、わたしのギブアップを誘ってくる。


 誤魔化す、という行為に意味はなかった。

 だって、全部、お姉ちゃんにばれているのなら、しても全部筒抜けで、見抜かれている。

 それでも、嘘はつかずとも、本当の事を言わないっていう、

 小手先の悪知恵はまだ残っているはず!


「あはは、見抜かれちゃったかー! 

 仕方ないなあ、実はこれには重大なストーリーがあってね――」


「ねえタルトちゃん。

 ずっと、変わらず、魂がびくびく怯えてるけど、どうしたの?」


 平常心! 平常心! と、自分の魂に言い聞かせても、心の鼓動は止まらない。

 ばくんばくんと激しく、いつもよりも倍の感覚で、血液が全身に巡っていく気がする。

 平常心を目指そうとしていると、絶対に平常心になんかなれなかった。


 平常心を目指そうって事が、もう平常心じゃないんだもの。


「お、姉ちゃん……」

「うん、言ってごらん? お姉ちゃんはタルトちゃんの味方だから」


 お姉ちゃんの微笑みは、想いを吐き出したくなるような誘惑があった。


 仕方ない、ここはテュアお姉ちゃんの事を白状して――、


 そこで見えた、フラッシュバック。

 プロロクお姉ちゃんの、泣き叫び、部屋と共に心を閉ざしてしまった、あの時の事を。


 開きかけた口を閉じ、食いしばる。

 やっぱり、ダメ。白状して――たまるか!


「――ごめんなさいっ、言えないの!」

「ええ!? お姉ちゃん、その答えは予測してなかったなー!?」


 格好つけて、できる女っぽく雰囲気を作ってたお姉ちゃんが崩れた。

 今は髪も服も乱れて、てんやわんや。

 わたしから真実を聞き出す事くらい、簡単だろうと思っていたのかもしれない。


 わたし、すごい軽く見られてるかも。


「……もしかして、お姉ちゃんの占いで、人の心を読めたりする?」


 だとしたら、わたしがどれだけ隠しても、意味がないって事になっちゃう。


 するとお姉ちゃんは、呆れたように肩をすくめ、


「精度は置いておいて、読めなくはない、かな。

 ……昔、それをやって、

 怒って『大っ嫌い!』って私に言ったのは誰だったっけー?」


 嫌いだなんてそんな酷い事を言ったのはどこの活発な女の子だろう!?


 うん、知ってたけど、もちろんわたしだった。


「占いで人の心を見る事はしないって決めてるの。

 見えるものを制御できるわけじゃないし。

 一部分を見たかったのに、全貌が見えてしまったり、

 ぜんぜん違うところを見てしまう事もあるんだから。

 それって、プライバシーの欠片もないでしょ?」


 知らない内に覗かれて、秘密を握られてるなんて事態は避けたい。

 あらためて考えると、お姉ちゃんのその力、かなり厄介だ。


 しかも過去、わたしに言われてやめたという事は、

 それ以前はお姉ちゃん、使ってたって事……? 

 かなり昔のわたしの秘密、ばれてたって事じゃ……。


「大丈夫だよ、昔のタルトちゃんの秘密は、しょうもない事ばかりだったから」

「人の大事な秘密をしょうもないと評価しますか」


 リストにして羅列させたら、しょうもない事ばかりだと思うけど。


 昔のわたしが考えてる事なんて、今のわたしじゃ手に取るように分かる。


 だって今とあんまり変わんない。

 ……それはそれでどうなんだろう?


「ほんとに、タルトちゃんって変わんないよねー」

「んん? ネガティブな含みがありそうな言い方だよね?」


「違うよ、そんな事、ぜんぜん思ってないよ」

「具体例は出てこないけど、絶対にネガティブな事を含ませてたなー!」


 そんな事、って、明確にお姉ちゃんの中で言葉が出てきてる! 

 それがなにかは分からないし、追及する気もないけど、

 答えを出したら、わたしが悲しくなるだけの、不幸な努力を実らせたくなかった。


「って、話を逸らさないで。

 ほんとに昔から話を脱線させるのが上手いんだから」


「たぶん、それは無自覚だよ……」


 わたしについてくるお姉ちゃんもお姉ちゃんだよ。


 するとお姉ちゃんは、真剣な眼差しを向けてくる。


「ほんとの話、わたしには言えない事なの……?」


 うん、確かに、プロロクお姉ちゃんにだけは絶対に言えない事だった。

 他のお姉ちゃんや妹たちには言えるんだけど……。

 あ、でもロワお姉ちゃんは、ギリギリでアウトかな……。


 まだ、テュアお姉ちゃんの話題を出すのは、ためらう。

 プロロクお姉ちゃんが自分から話し出すまでは、わたしたちも話す事ができない。


「そっか……」

 お姉ちゃんは目を伏せ、再び目を開けた時、

 いつもの温和な表情に戻っていた。

「タルトちゃんが私のためにがまんしてくれてるのなら、私も詮索しないよ。

 首飾りのありか、占ってあげる」


 ……お姉ちゃん、ありがとう。


「相場よりも安くしてあげるね」

「え!? お金、取るんだ!?」


 うまいことオチたので、占い風景は割愛しよっか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る