第5話 三女・プロロク

「やっほー、プロロクお姉ちゃん、元気ー?」

「た、タルトちゃん!?」


 長い長い洞窟を抜けた先、黒い垂れ幕を持ち上げて入ると、

 中に広がるのは、洞窟内よりもさらに薄暗く、狭い空間だった。


 洞窟の中はオレンジ色の蝋燭の炎が均等に壁に置かれていて、

 洞窟の先は見えないけど、数人で入ったら、互いの顔が分かるくらいの明るさだった。

 だけどこの狭い空間は、たとえ近距離で向かい合っても、相手の顔の全部は見えなかった。


 しかも、プロロクお姉ちゃんは普段、

 顔の半分以上を隠すように黒のベールをかぶっている。


 まあそもそも、お客さんに顔を見せないお姉ちゃんは、合成音声でしか喋らない。

 顔を隠さずとも、顔を見せる気がないのだった。


「いきなりどうしたの? 私の部屋のゴミはまだぜんぜん溜まってないよ?」

「わたしに捨てさせる気満々で溜めるのはどうかと思う」


 商売体系とこの洞窟、そして、薄暗い部屋が物語っているように、

 プロロクお姉ちゃんはまったく外に出ない引きこもりというやつだった。


 お客さんとこうして対面(……してないんだけども)している、

 カーテンのような仕切りの向こう側では、プロロクお姉ちゃんの、

 できる限り動かなくてもいいような生活ライフ基盤システムが組み上がっている。


 ベッド。近くにはノート型とデスクトップ型のパソコン。

(意外と機械には詳しいのだった!)


 手に届く位置にある冷蔵庫。薄型テレビ。積み重なった本。

(種類は様々で、マンガがあれば聖書もあったりする。乱読タイプなお姉ちゃんだ)


 ゴミ袋は開けっ放しで、簡単に中にゴミを放り込める形に整えられている。


 さすがにトイレはベッドから離れて、するべきところできちんとする。

 もしもビンやらなにやらで済ますと言ったら、わたしもさすがにドン引きだったけど、

 そこまで堕ちてはいなかったのは安心だった。


「お姉ちゃん、最近いつ外に出た?」

「えっと……いつだったかな……。覚えてないよ」

「覚えてないくらい外に出たのは随分前ってことだね! とおっ!」


 わたしは仕切りのカーテンを突き破る。

 手を交差させバッテンにし、折りたたんだ膝をバネのように真っ直ぐに伸ばす。

 受け身を取る気のない体当たりで、カーテンに突っ込み、柔らかい感触に顔を埋めた。


 ふかふかのベッドの上に着地したので、わたしとお姉ちゃん、共に怪我はなし。

 わたしの突撃も、お姉ちゃんが持つその巨大な胸によって、全ての衝撃が吸収されていた。


「う、ううう、目が、ぐるぐると~」

「テュアお姉ちゃんよりも、さらに大きい……!」


 プロロクお姉ちゃんを押し倒し、わたしは胸に伸びかけていた手を止める。

 馬乗りのまま、お姉ちゃんの胸をここで触ったら、

 絵面的になんだか色々まずいんじゃないかな……、そう思って自重しておく事にした。


 プロロクお姉ちゃんはシャーリック十三姉妹の三女であり、テュアお姉ちゃんの妹だ。

 テュアお姉ちゃんとはタイプは違うけど、自慢できるほどの美人だった。

 美人の中でも親しみやすく、庶民派で取っつきやすいタイプなんだと思う。

 

 温和だからかな。


 真っ黒な髪、前髪が瞳を覆って、それが暗く、病的な印象を抱かせるのかも。

 けど、それでも美人って分かってしまうのは、やっぱり元のポテンシャルが高いから。


 服装は全身、真っ黒で、今日はいつも被っているベールを被っていなかった。

 肌を見せない服は、ボディラインをくっきりと表していて、

 水着とかよりも逆にエロい……。全国のみんな、妄想が捗るね!


「お姉ちゃん、大丈夫?」


 あらためてお姉ちゃんを見ると、いつも被っているベールの代わりに、

 ヘッドフォンがあった。

 ヘッドフォンからちょこんと伸びるのは、マイク、かな……。


 コードで繋がっているそれは、ノートパソコンに直結していて、

 画面を見るとお姉ちゃんに似たイラスト――、

(誇張なく元が美人なので、イラストになってもその可愛さはオリジナルと遜色ない)

 が、画面でポーズを取っている。


 長方形の枠の中に収まるイラストの上には、横に流れる文字がたくさん出ていて……、

 これ知ってる。

 クスクス動画っていう、素人でも動画配信ができるサイトじゃなかったっけ?

(名前からして嘲笑されてる気がするけど……)


 生放送って右上に出てるから、

 あ、もしかして今もこれ、放送されちゃってるのかな?


「んー、なになに?」


 わたしは流れていくメッセージを読んでいく。



『プロロアちゃんどうしちゃったのー? 音が途切れてるけどー?』

『なにか問題でもあったんじゃない?』

『鈍い音したよな? ドン、バコン! って(笑)』

『沈黙長くね? なんか事件でもあったんじゃ……』

『通報するべきー?』

『お前ここで通報したらプロロアちゃんの動画がバンされちまうだろ(笑)』

『おま(笑)通報なら普通に電話でするだろ』

『プロロアちゃんの放送場所知ってんのかよ』

『んなもんアドレスから調べられんじゃねえの?』


「ちょっと大事になってきちゃったかな……」


 通報とか、不穏なワードまで出てきちゃった。

 プロロクお姉ちゃんが反応してくれれば、

 たぶんこの人たちもすぐに引いてはくれるのだろうけど。


 沈黙が長いためか、この人たちだけで話が盛り上がり、しかも収束する気がない。

 相乗効果で、悪ノリも混ざり、雪だるま式に誤解が膨れ上がってる。


「お姉ちゃんは……ああ、まだ伸びちゃってる」


 病弱で打たれ弱い事が完全に頭から抜け出ちゃってた。

 じゃれ合いのつもりだったわたしのさっきの一撃も、

 お姉ちゃんからしたら普通の攻撃になっていたのだ。


 テュアお姉ちゃんに接する感じでいったら大失敗。

 てへ、と舌を出しながら、とりあえず過ぎてしまった事、

 そしてやってしまった事は忘れよう……、目を瞑ろう。

 現実逃避するわけじゃなくて、負債を返すために、ここから挽回の狼煙を上げるのだ!


 そんなわけで、プロロクお姉ちゃんが不在の今、

 軽く炎上しちゃってるこの動画をどうにかしよう。

 やってしまった事の後始末は、自分でしなくちゃね。


「うーん、プロロクお姉ちゃんになりすまして……、

 って、いま気づいたけど、名前がプロロアになってる」


 一文字変えただけだ。

 まあ、本物のプロロクお姉ちゃん、だとは、特定されにくいかもしれないけど……、

 イラストもお姉ちゃんと似てるし、でもこれ、バレバレなんじゃ……。


 引きこもりと言えども、貴族の中のハイエンドである、

 シャーリック十三姉妹の一人なのだから、そこそこ有名ではあると思うんだけど……。


 お姉ちゃんがいいならいいか。

 そこんところ、あとで聞いてみることにした。


「別にお姉ちゃんになりすまさなくても……わたしが出ればいいんじゃない?」


 動画はイラストだし、声だけだ。

 わたしが出たからと言って、わたしの素性がばれるわけじゃないし。

 お姉ちゃんと一緒にこうして動画配信するのも、楽しいかもしれない。


「よーし、ばばんと新キャラ登場してやりますかー!」



 息巻いてネットの世界にダイヴした数分後、

 プロロクお姉ちゃんの事をどれだけ知っているか、

 そして、どれだけ大好きなのかをとにかく言い合う――、


 そんな不毛な争いが数十分を越えて続いた。


 で、ぷんすか怒った低血圧で貧血気味の、

 プロロクお姉ちゃんの目の前で正座させられている女の子がいた。


 もちろん、マイク付きヘッドフォンは没収された。


 その女の子は、誰なんだろう?


 はっはっは、わたしだった(笑)。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る