第4話 占いの館へ

「わあ、綺麗……」


 会話の途中にいきなり入ってきたものだから、

 その存在感は真っ白な空白にいきなり飛び込んできた墨、みたいな、

 くっきりとした印象がある。


 だから際立って、目に入った。

 もう、それしか見えないくらいに。


 写真に写る、首飾り。

 星空のような模様が、楕円形の宝石に映り込んでいる。


 その宝石が豪華な金色の枠にはめ込まれ、チェーンで繋がれていた。

 見た通りに、首飾りだった。


「でも、これがどうかしたの?」


「この首飾りを探してるんだ。あたしのじゃないんだけど……、

 さっき話した、生き倒れていたあたしを救ってくれた旅団って、いたじゃない? 

 その中の、あたしの友達のものなんだけど……、大事なものらしくてね。

 プライベートな話になっちゃうから、詳細は言えないけどさ、

 どうしてもこの首飾りを、あいつのために見つけたいんだよ」


「いいよ」


「だからタルトに頼もうと思って。

 この首飾りの情報を調べてたら、シャンドラにあるって言われ……、

 え? いいの? なにが?」


「え? わたしにもそれを探してほしいって事じゃないの?」


「そんな純粋に、きょとんとされるとあたしも胸が痛いんだけど……、

 いやまあ、ようはそういう事なんだけどさ。

 でも、いいの……? 

 ここら辺にあるって情報だけで、手がかりはなに一つないんだよ?」


「探し物ってそういうものじゃないの?」


 どこにあるか分かっていて、そこまでの手段が確立されていたら、

 それはもう、探し物じゃないよ、忘れ物を取りにいくようなものだよ。

 だから探し物の定義として、わたしからすれば、

 テュアお姉ちゃんの言い分は、当たり前の事だと思ってる。


 ここら辺にあるってことが分かっているだけでも、充分なアドバンテージじゃない?


「でもさ、この首飾りがなんなのかとか、どうして探したいのかとか、

 普通は協力してほしいならそういうのは言うべきだって、タルトは思わない?」


「そりゃあ教えてほしいけど、でも、テュアお姉ちゃんは友達のそういう、

 プライベートな事を話したくないんでしょ? じゃあいいよ。

 無理に聞こうとは思わないよ。だって、正直に言っちゃえば、知らなくても探せるし」


「……人って、ここまで素直で親切だったっけ……?」

「もうっ、お姉ちゃんってば、外の世界でなにを見てきたのー?」


「んー、タルトとは正反対な性格のやつばっかりだったな……、

 こうなると、タルトがいっそう、天使に見えてきたよ……。

 やっぱり、あたしの癒しはここにしかない……。ありがとね、タルト。

 でも、無理はしちゃダメだよ。ほんとに片手間で探してもらっていいから」


「うん!」

 と言いながらも、片手間で探す気は全然なかった。


 首飾り一つくらい、簡単に見つかると思うけど……、

 と、この時のわたしはかなり楽観的に考えていた。


 でも、それも仕方がなかった。

 だって、テュアお姉ちゃんは知らないと思うけど、

 この森林街には全てを見通す、予言者がいるのだから!



「予言者?」

「そう、予言者」

「嘘くせー」

「でも、腕は確かだったよ」


 マスターが戻ってきた後に、バーみたいな雰囲気のレストランから出る。

 さり気なくわたしに会計を押し付けようとしたところで、

 マスターが静かな怒りで、テュアお姉ちゃんを説教した。


 ……お姉ちゃんが、しゅん、と落ち込んでいるところ、久しぶりに見た。


 ちなみに、マスターにも写真を見せたんだけど、どうやら見た事もないらしい。

 だけども、とても高価なもの、というのは分かるらしかった。

 写真から分かる素材の価値から、森林街で作られたものではないと言っていたけど――、


 だとすると……、


「あ、でも、作られた場所は違くとも、今ある場所は森林街かもしれないし」


 できればわたしが思い浮かべたその場所には、いきたくなかったので、

(というか、行き方が過酷過ぎる)

 どうにか首飾りのありかはここ――、森林街であってほしい。



 森林街、様々な店が立ち並ぶ、商店街を突き進む。

 屋台が出ていて、途中で焼き鳥を数本、買って食べてしまった。

 いけないとは分かっていても、おじさんが値引きしてくれるから、ついつい買ってしまう。

 食べ歩きをしながら、すれ違うご近所さんに挨拶をする。


 わたしは一人で、目的地に向かっていた。


 一人……か。

 テュアお姉ちゃんは、わたしとは別の方法で首飾りを探すらしい。


 危険なダンジョンを集中的に探す、と言っていた。

 首飾りのヒントを預言者からもらってからでもいいじゃん、と思ったけど、

 ダンジョンにもいく用事があるらしくて、そのついでに首飾りを探すらしい。


 優先度が逆な気がするけど……。


 まあ、それなら、と、わたしも止めなかった。


 で、わたしは街を歩いて、聞き込み調査。

 わたしもど派手にダンジョンで活躍したかったけど、

 勉強をサボって遊んでばかりだったわたしは魔力エーテルを使っての、

 能力スキルを解放するのが苦手で、上手く扱えない。


 扱えないだけならまだいいんだけど、

 質が悪くて、周囲を巻き込む暴発常習犯だった。


 自らを優先して滅ぼす自損の塊、味方殺し――、

 なんて言われているために、襲われても対抗ができない。


 だから外の世界やダンジョンに棲息する魔獣モンスターに太刀打ちできないのだ。

 いっても足手纏いだし、テュアお姉ちゃんが何度も何度も必死に、

 絶対にダメと言ってくるので、素直に言うことを聞いた。


 ちょっとその迫力に引いてしまったけども。



「タルト、忘れ物」

「あ、ありがとう」


 別れ際、わたしのトレードマークである桜色の、

 丸く膨らんだ天使の羽つき帽子を届けてくれた。

 レストランに置き忘れていたのを目ざとく拾っておいてくれたらしい。


 ぽすん、と、わたしの頭に乗せてくれる。


「ずっと被ってるね、これ。物持ちが良いと言うか、タルトが大事に使ってるからかな」

「でも、結構ボロボロになっちゃってるけど」


 破けたりしたらすぐに裁縫で直しているからかな。

 手を血だらけにさせながら。

 針をぷすぷす指に刺してしまうくせは、未だに抜けていなかった。

 うーん……、これは何度やっても苦手だ。


「うん、似合ってる。可愛い」

「そ、そうかな……」

 照れくさい。


 自分で自分の事を可愛いとは思っていないから、

 言われると、どうしていいか分からなくなる。

 冗談で言うことはできるけど、お姉ちゃん、真面目に言ってるっぽいからなー……。


「タルトは髪、伸ばさないの?」

「うーん、邪魔になっちゃうし、今の肩くらいの長さがちょうどいいかなー」


 毛先をくりくりと指で弄びながら。

 くせっ毛なのか、寝癖みたいに跳ねている髪の毛とは、

 もう十年以上付き合っているから、もはや諦めた。

 水でいくら濡らしても効果は薄いし、これ以上の努力は無駄だと悟ったのだ。


「伸ばしたら大人っぽくなると思うけどね。色だって鮮やかー。

 あたしって一色じゃん? だからタルトみたいに二色なのは羨ましいなー」


「わたしはお姉ちゃんのその巨乳が羨ましい」


 目線を真下に向ける。

 見える胸、すとん、と絶壁。


「誰が絶壁だ!」

「なにも言ってないけど……」


 しまった、取り乱した!


 えへへ、と誤魔化す。

 緑色に、黄緑が混ざった髪の毛を指で梳いてくれるお姉ちゃん。

 昔から、されるのがわたしは好きだし、お姉ちゃんはするのが好きだった。

 何時間でも、こうされていたら、のんびりできる。


 けど、今はそうのんびりもしていられない。

 タイムリミットなんてものはないけど、

(言われてないだけで、もしかしたらあるのかも)

 見つけるのは早い方がいいのだろうし。


「気を付けてね、お姉ちゃん」


 はいはーい、と出発したお姉ちゃんは、

 姿が見えなくなるまで、三つの店で買い食いをしていたけど、


 お金、ないんじゃなかったの……? 

 上手い事、大胆なやり方で交渉でもしているのかもしれない。


 姿が見えなくなって、わたしも行動開始。

 で、わたしもお姉ちゃんと同じように(お金を払って)買い食いしている。


 焼き鳥の棒を、口でがじがじしながら、商店街エリアを抜けると、

 もうそこは再び森だった。

 道は整理されてないし、切っていない雑草の茂みが、視界を塞いでいる。


 目的地、予言者がいる館……、

 占いの館って言われているところで、相手は占い師として商売をしている。


 商店街からかなりはずれた森の中の、

 しかも洞窟のさらに奥にあるというお店は、立地条件が厳し過ぎる。

 それでも腕は良いので、お客さんはそれなりにくる。


 場所が場所だから、腕が立ちそう、というイメージがあるのかもしれない。

 確かに、賑わう商店街にあったら、胡散臭いと思われる。

 でも、思い出として、と、遊びで入ってくれる人は中にはいそうだった。

 観光にきてくれた人、限定だろうけど。


「第一に、店主さんが超人見知りだからなー」


 極力、人と関わりたくない。

 そんな性格が生んだお店の場所だった。


 じゃあ占いなんて、人と接する仕事をしなければいいのに、と思うけど、

 技術がそれしかなかったら、それにすがるしかないのかもしれない。


 やり方次第じゃ、顔を見なくてもできるし、喋らなくていい。

 ……うん、さらに胡散臭くなった。腕は確かでも、それは入りづらいな……。


「あ、この前にいった時、

 冷蔵庫に飲み物なかったし、買っておいてあげれば良かったかも……」


 思っただけで、今更、引き返してわざわざ買おうとはしなかった。


 引き返してまた戻ってくるのが面倒なほど、

 もう目的地の洞窟が、目と鼻の先だった。

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