第36話 全ては頭の中にある

 相手の時間稼ぎが成功してしまったらしい。

 しかし、狙撃手も無事では済まなかったはずだ。


 刺客はこっち側にも一人、いるのだから。


「なんだ、もうモンスターズ・ドットコム化してるな。

 これじゃあ、おれたちのやる事がなくなっちまったぞ」


「そんなわけないでしょ。姿は最悪そのままでもいいのよ。

 あの子は外に出させるなと言っているんだから、そっちの方が優先」


 つまり、再起不能。

 逃げる心を砕くか、肉体を破壊するか。


 まあ、目の前の二体は、その武器と敵意から見るに、後者を選ぶ。

 その通り――元は女だろう、内の一体が、腰に刺した剣を鞘から抜いた。


 今度の達人は、剣士。

 正統派のガチンコ勝負ね。

 ……しかも、もう一体も剣を抜いた。


 剣士が二体。

 対してこちらは、武器など持っていない。

 だから、このリーチの差はかなり大きい。


「クマーシュ、どうするの……?」

「竜巻と一緒だ。真ん中の懐に入ってしまえば、こっちのものだ」


 そこまでの過程を知りたかったけど、それを相談させてくれる相手じゃなかった。

 モンスターズ・ドットコムの脚力で飛び出した二体は、

 あっという間に、わたしたちの目の前に辿り着く。


 迫る剣の鏡面が光を反射する。

 そこに、僅かに映った黒い物体を、わたしは見逃さない。

 そして、それは相手も同様に。

 窓側に近いモンスターズ・ドットコムは、黒い物体を弾く事を優先させる。


 弾かれ、転がった物体――銃弾。

 狙撃手からの攻撃だ。……ミス? 仲間割れ……?


「おれだよ」


 その声は、ラドだ。


 弾を銃に込める音。

 遠くにいるラドは、敵の狙撃手を、既に撃破している。

 それだけじゃなく、相手の『達人の域』に達している技術を真似て、それを成功させていた。


 ……さすが天才。


 二撃目が発射され、射線の上にいるわたしたちの相手は、飛び退く。

 ラドの支援……、さっきまでの劣勢の状況が、すぐさま逆転した。


「はっ、やられてやがんの。

 こそこそやってっから、うしろからの脅威に気づけないんだよ」


「安全地帯にいるって安心感が油断に繋がったんだろうね」


 モンスターズ・ドットコムたち、十体の精鋭は、

 互いを仲間だとは思っていないらしい。


 今の会話で、なんとなく距離感が掴めた。

 ただ手を組んでいるに過ぎない。

 連携はあまり脅威じゃないのかも……、それもそうだ。

 達人の技術が別なら、互いに邪魔になる。


 じゃあ、この二体は? ――例外だ。

 同じ剣士であり、こうして固まってやってきた。

 既知の間柄だと見える。これが常に、ペアで活動していたりすると厄介だ。


 連携する事が前提になると、その達人の技術は連携に寄るだろうし……、

 即席で作られるよりも、レベルが段違いに上がる。


 片方は右手に剣を持ち、

 片方は左手に……、二体が並ぶと、それが一体の二刀流剣士に見える。


 その見え方が、

 相手のペアとしての息の合い加減が、はっきりと分かってしまった。


「銃弾はおれがやるよ――お前を守ってやる」

「そ。じゃあわたしは、こっちの二人を再起不能にするわ」


 役割が決められた。

 どっちがなにをするかで揉める事を期待したが、そんな都合の良いミスはしないか。


 即席でのペアでも、それはしなさそうだし。


「…………音?」


 クマーシュは、わたしの呟きに耳を澄ませた。


 疑問符を浮かべたような表情だったが、すぐに違和感を抱く。

 わたしは兎人としての耳もあるから、クマーシュよりも僅かに早く気づけた。

 やがて、そのアドバンテージもなくなり、クマーシュもまた、音に気づく。


 向こう二体も、ぴくっと眉をひそめる。

 音の方向へ視線を向けた。


 わたしのアドバンテージを消した理由……、発信源が近づいてきてる。

 音はあらゆるものを破壊しながら、こっちへ迫ってきているのだ。


 まるで、兎のように、跳躍しているように。

 そして、その音は、わたしたちを上に追い抜く。


 窓から一瞬だけ見え、巨大な影が、数秒後、天井を踏み抜いた。


 破壊音が響き、屋根の瓦礫が襲いかかってくるが、

 体がモンスターズ・ドットコムだったために、

 小さな瓦礫は、大したダメージにはなっていない。


 それでも踏み潰された一体のモンスターズ・ドットコムは、致命傷を負う。

 なんとか逃げ延びた女の方の剣士が剣を放り投げ、こちらに走ってくるが……、


「あ」


 わたしは動けなかった。

 ぱっくんっ、と、剣士が頭から腰まで咥えられ、そのまま宙に投げ飛ばされた。


 屋根がないため、真上に上がった体は、最高到達点から重力に従い、真下に落ちる。


 開いた大口に吸い込まれるように。

 ……剣士は悲鳴も上げられずに、食べられた。


 咀嚼音と共に、口から滴る真っ赤な血。

 踏み潰されたもう一体のモンスターズ・ドットコムは、

 自身の血なのか相方の血なのか分からないが、血溜まりに沈んでいく。


 ごっくん、と飲み込み終えた。


 ……巨大な魔獣は、次に狙いを、わたしたちに定めた。


「Tレックス……」


 モンスターズ・ドットコムをそう呼んだ事もあった。

 それはなんだか似ているから、という理由でだ。

 しかし……、この魔獣はそのものだった。


 土色の皮膚は、剣を突き刺せない硬さを持つ。

 姿勢は前屈みで、手よりも顔が前に出る。

 尻尾は水平になっており、こうして見ると、

 似ていると思ったモンスターズ・ドットコムは、姿勢が良かった事が分かる。

 モンスターズ・ドットコムは、尻尾が地面についていたのだ。


 Tレックスは今、尻尾を斜め上に向けている。

 ……わたしたちを見ているから。


 今にも襲いかかってきそうだ。

 そうできるような、攻めの姿勢だった。


 ……わたしたちが動けば、犠牲になった剣士のように、食べられる。


 牙が見え、付着した血が見えた。

 口内は真っ赤だ。

 食べ残しである誰かの腕が残っている。


 犠牲者は、つまり一体だけではないらしい。

 もっとたくさん、このTレックスが解き放たれてから出た犠牲者が多いのだ。


 腹の中には、まだかろうじて生きている誰かの呻き声が聞こえる……。


「こっちだよー、バーカ」


 わたしたちをじっと見ていたTレックスが、声の方を向いた。

 破壊された屋根の上、浮遊するレイトリーフが、

 椅子に座っているような姿勢で、Tレックスを覗き込む。


「おすわり!」

 手を向け、制御しようとするが、Tレックスは聞く耳を持たない。


 跳躍し、大口を開けてレイトリーフを食べようと、歯を――かちん! と鳴らす。

 レイトリーフは飄々ひょうひょうと、その攻撃を避けた。


「――って、うわ!?」


 跳躍したTレックスの着地。

 風圧が、わたしとクマーシュを吹き飛ばす。


 Tレックスから距離を取れたのは幸いだった。

 いや、けど、こうして遭遇してしまったのは不幸かもしれない。


「どうして手懐けられないんだろうなあ……、不思議だなあ」


 窓から逃げてきたレイトリーフは、そんな疑問を呟きながら近づいてくる。

 この姿になっても、わたしたちだって分かったらしい。


「その姿になっても可愛いね、コロちゃん」

「レイ――」


 ぐいっと引っ張られたわたしは、

 目の前でTレックスの大口に挟み込まれるレイトリーフを見る。


 Tレックスは身を屈め、顔だけを伸ばし、音を立てずにレイトリーフを狙ったのだ。

 背を向けていた彼女は反応できず、全身を咥えられ、咀嚼される。

 

 がりごり、と砕かれる音がした後、レックスが彼女を吐き出した。


 無残な姿だった。

 真っ赤に染まった顔、腕、足……、

 全てがしっちゃかめっちゃかに折り曲げられ、千切れかかった死体は、


 だけど、やがて動き出す。


「え……」


 逆再生の映像を見ているかのようだった。


 折れ曲がった腕や足は回転しながら元の位置へ。

 千切れかかった部分は繊維が伸びてきて引っ張り、くっつく。


 血は、触れている皮膚から吸収されていく。

 顔は組み立て人形のように調整されながら、定位置にはまっていった。

 瞳に光が宿り、意識を取り戻したレイトリーフは、

 すぐさま、わたしたちの元へと逃げてきた。


 再び襲われる事を嫌がって。


 わたしの体に、しがみつく。


「ふー、怖かったぁ」

 どの口が、と言いたかったけど、嘘じゃなかった。

 ……レイトリーフは死なない。でも、恐怖心はまた別だ。


「不死身なのか?」

「まあねー。言ってなかったから、勘違いしたラドには悪い事したなあって思ってるよ?」


 クマーシュの質問に、レイトリーフが答える。

 ついさっき、一度死んだとは思えない軽さだ。


「不死身……、死なないわけじゃなく、死んでも甦るパターンなのか」

「なにか、違うの……?」


「攻撃がまったく効かない……ってわけじゃない。

 まあ、大したことじゃないけど。一応、理解しておきたいんだ」


 するとクマーシュは、


「レイトリーフ。コロルのリュック、拾ってきてくれるか?」


「うえー。ちょっと遠いよぉ」

 わたしのリュックは壊れた天井の近くにある。


 そこには、きょろきょろと周囲を見回すTレックスもいて……、

 再びそこにレイトリーフをいかせるなんて……。


「不死身ならいいだろ」

「不死身を便利屋みたいに……、でもいってあげる」


 レイトリーフは、たたたっ、と駆けていった。


 道中、再びTレックスに食べられていたが、

 なんとかリュックを回収して戻ってきた。


 食事というよりは、歯応えを楽しんでいるようにも見える。

 美味しくはないと理解しているのか……、

 Tレックスが理解するほど、食べられているわけでもある。


「一つ、これは貸しね!」

 ああうん、と頷いたクマーシュは、受け取ったリュックをわたしに投げ渡した。


 中身がこぼれ、わたしの体にコインが当たる。

 わたしの姿が、やがて元の人間の姿に戻っていった――。


 色々と、なんのつもりなのかとクマーシュに問いかけたかったけど、

 彼は心、ここにあらずと言った感じで、思考していた。


 ……なにを考えてるの? 

 ひとまずは、元に戻した理由を聞く事に。


「してほしい事がある。俺はこのままでいるから、安心して――絶対に守る」


「わ、分かったわよ……」


 言葉と瞳の強さで、なにも聞くなと言っているように見えた。

 手伝いとして、わたしがやるべき事は、その時まで明かさないつもりなのね。


 全てが、クマーシュの頭の中にある。

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