第35話 ゴールまでの道筋

 はっきりしないところはクマーシュの個性なのだから、

 それを否定するのは、おかしな話だ。


 ただ、わたしは好きじゃないよ、って意味で……、だから嫌いじゃないのよ。


 嫌いだと言っていた事が、好きでは無いに変わった心境の変化の意味を、

 クマーシュは理解している。

 そして、それを直接、言わないところは、助かったけども――、

 相手に知られて、それを心の中にしまわれているというのは、

 もしかしなくても、いちばん恥ずかしいんじゃないの……?


「俺の気に入らない部分があるんでしょ? 誰にだってあるよ、そういう部分は。

 気に入らなければ、気に入らない態度を取ればいい。

 それが俺たちの距離であり、会話だと思う」


 そうね……、

 クマーシュのおかげで、わたしの心も、いくらか楽になった。

 必要以上に構えてしまっていた緊張が解ける。


「で、コロルはどうしたい?」

「どう、したい……」

「うん――、攻略か、脱出か」


 脱出……、言い方を変えてはいるけど、結局、逃亡って事だろう。

 その二択だったら……、強がりじゃなく、わたしはやっぱり――、


「――攻略、かな」


 決着をつけたい相手がいる。

 あの子の事を、ラドとクマーシュにも、教えなければならない。



「そうか」

 レイトリーフの正体を知ったクマーシュの反応は薄い。

 もしかして、予想がついてた?


「さすがに分からないよ。でも、言われてみれば、そんな節もあったかなあって。

 ちゃんと驚いてる。ただ、驚くよりも先に、

 レイトリーフといちど会いたいって気持ちが強くて。

 会うためには前に進むしかない。俺たちに、逃げる道は最初からないってわけだ」


 前に進む……、つまり攻略だ。


 残り何層かは分からないけど、この十三層から、そろそろ先へ進みたい。


「窓の外から先が見えればいいけど……」


 と、クマーシュが窓から顔を出した瞬間だった。


 カチッ、という音が聞こえた。

 スイッチ……、違う。


 ――引き金を引いた音!


 一歩、踏み込み、一発目から跳躍し、クマーシュの前に割り込む。

 瞬間、腹部に激痛が走った。

 跳躍の勢いが止められない――クマーシュを巻き込んで、地面を転がる。


「っつ、……おい、コロル?」


 いいから、とにかく今は遮蔽物に隠れて。

 たったそれだけなのに、言葉が出ない。


 クマーシュは、引き金が引かれた音は当然、銃声さえも聞こえていない様子だった。

 わたしがどうして跳んだのか、そして血を流しているのか、分かっていない。

 けれども、彼だってバカじゃない。攻撃されたって事くらい、分かっている。


 窓の外から、音もなく。

 ……かなり遠くにいる、狙撃手――か。


「今度の達人は、狙撃……ッ」


 わたしの耳でも、正確な相手の位置は分からなかった……、まずい。


 窓はたくさんある。

 射線に一瞬でも入れば、相手はそこを狙い撃ちにできる。


 撃ち抜かれる危険性がある以上、動けない。

 先へ、進めない。その間にも、残りのモンスターズ・ドットコムがわたしたちを追い詰める。


 狙撃手の狙いは、仕留める事ではなく、足止めなのだろう。


「なるほど。どうにもできないか」


 そして、クマーシュは選択する。

 ……いいよ、わたしを置いていっても……、


「いや。そうじゃない。それよりも人間をやめる方が、簡単だ」


 ラドでも分かった。

 クマーシュがその答えに辿り着かないわけがない。


 服のポケットにしまっていたコインを全て取り出した。

 床に落とし、所有権を放棄する。

 

 どうして、そんなに思い切りがいいのよ……。

 ラドも、クマーシュも。

 自分の姿が化物になっちゃうって言うのに、まったく躊躇わない。


「そこが男と女の違いなのかもな。差別とかじゃなくてだぞ。

 ……俺たちは見た目がどうなろうと気にしない。

 片腕片足を失っても、ハンターを続ける人は多いし、

 傷そのものが、男にとっては勲章なんだよ。

 だからって、わざと傷を増やすような事をするわけじゃないけど……」


 痛いのは嫌だからな、と、そこはクマーシュらしく情けない言葉だった。

 でも、わたしだって痛いのは嫌だ。

 男らしくはないかもしれないけど、人間らしい。


 姿はもう既に、モンスターズ・ドットコムになっているけど、

 クマーシュはまだ、自我を保っている。


 モンスターズ・ドットコム。

 同じ姿だった。

 もしも大群の中に混ざったら、どれがクマーシュなのか、

 正直なところ、見ただけじゃ分からないと思う……。


「五感が、研ぎ澄まされてる……、耳も良いな。

 コロルの気持ちが分かった気がする。音だけでなんでも分かるんだな」


「そこまで便利でもないけどね」

「なら、コロルはどこまで聞こえる? 別の層まで聞こえるのか?」


 そう聞くという事は、クマーシュには聞こえているのかもしれない。

 もしそうなら、わたしの専売特許が奪われたも同然だった。


 じゃあ、つまり他のモンスターズ・ドットコムも、同じ五感を得たわけであり、

 こちらの位置は、実は最初から、ばれている事になる。


 いや、しかし泳がされているわけでないのなら、細かい位置までは分かっていないのかも。

 方向だけは分かってはいても――。


 わたしも耳が良いから、敵を避けているし、

 わたしだからこそ逃げられているとしたら、説明はつく。


 かくれんぼにはならないけど、鬼ごっこにはなるってわけね。


「わたしは……、この層しか分からない」

「そうか。俺は聞こえた。このダンジョン、十五層がゴールだ」


 現在が十三層だから、あと二層。


 さり気なく、二層先まで聞こえてるじゃないの……。


 今まで分からなかったゴールが明確になった事で、わたしの足がうずうずしてきた。

 立ち上がろうと力を入れたら、腹部から血が滲み出てくる。


 アドレナリンが効いていて忘れかけていたけど、そうだ、わたしは撃たれたのだ。

 普通の人なら身動き一つもできないはずだ――。


 でも、わたしは普通じゃない。

 人じゃない……亜人だ。


 体は人間よりもいくらか丈夫に作られている。

 それでも足は震え、寒気はするけど……、

 わたしも、わがままを言っている場合じゃないかもね。


 レイトリーフとは違って、常識はあるつもりだから。


「わたしも、その姿になれば……、戦える」


 モンスターズ・ドットコムになり、しかも兎人の力を扱える。

 これは相手の『達人』の技術と拮抗できる力なんじゃないかな。


 わたしにはそれしかない。

 ラドやクマーシュみたいに、特別な才能なんて持ち合わせていないのだから。


 けど、クマーシュはわたしのそんな覚悟を止める。

 コインに伸ばした、わたしの手首を掴んだ。


「……やめろ。お前はなにもしなくていいように、俺たちは――」

「素直に守られてろ、と? ――盗賊なめんな、弱虫」


 ラドみたいな力なんてない。

 だから力でねじ伏せられない。


 クマーシュみたいな策も浮かばない。

 小バカにしたように相手を手の平の上では弄べない。


 わたしはどちらも中途半端だ。

 わたしは目の前のものを追い、盗む事しかできない。


 わたしはレイトリーフじゃない。


 守られて、それで満足するお姫様ってタイプじゃないのは、見て分かるでしょ。


 男の子二人の背中を見て、思う事があるのだ。

 ……追いかけたいのだ。

 背中を見るだけじゃない。そこに横一列で並びたい。

 女の子に抱く男子の理想を、わたしに押し付けないで。


 わたしだって戦える。

 これまでだってそうだった。

 奪うと決めたものを逃がした事なんてないんだから!


 盗賊としての血が騒ぐ――。


「血は、だいぶ抜けちゃった気もするけど、大丈夫」


 ぐつぐつと、沸騰している。

 この感情を抑えられない。

 わたしはリュックを含め、全てのコインを放り投げ、捨てる。


 傷の痛みはやがて和らいでいく。

 無くなったわけじゃないから、動きはちょこっと鈍いけども、

 うん、変身前よりは、ぜんぜん、動きやすい。

 ただ、この誤差がどう戦いに影響してくるかは、予想がつかない。


 だけど、まあたぶん、大丈夫だろう、と思う。

 だってわたしには、クマーシュがついてくれているから。


「俺を頼りにするのかよ……」

「あら、守ってくれないの?」


「守るけどね……」


 そして。



 狙撃手ではない、二体のモンスターズ・ドットコムが、姿を現す。

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