第34話 兎の猛追

 あいつの性格は知ってるだろ? 

 目立った事をせずに、裏でこそこそ、こそこそ。

 男らしくない。格好悪い。

 コロルの言う通りだよ。

 でも、あいつの良い部分って、他者が被せた汚名で、

 見えないところにあるんじゃねえの?



「……恩着せがましくなるから? 

 わたしが勝手に勘違いしたのを訂正するのが、面倒くさいから……?」



 あいつもあいつで事情があるんだよ。

 人付き合いが悪いのも、空気が読めなかったり士気を下げたりするのも、

 一定以上に仲良くならないためらしいぞ……、まあ、後半は素なんだけどな。



「じゃあ、わたしとレイトリーフとは、

 ちょっとは仲良くなろうって、想ってくれてたんだね……」



 あいつ、言ってたぞ、今のこのパーティが、楽しいって。

 だから失いたくないって。

 だからあいつは必要以上に警戒してるんだよ。

 誰かのご機嫌を損ねても。

 あいつはあいつなりに、不器用に、みんなを守ろうとしてる。



「自分のことは、蔑ろにするくせに」


 それはラドも一緒か。

 男子って、自己犠牲が格好良いとでも思ってるのかしら。

 全然、格好良くないから。

 傍にいてほしい時にいない方が、ダサいのよ。



 コロル。

 クマーシュから、助けろ。

 そんで敵を、ぜんぶ潰せ。あいつなら、できる。

 あいつはそういう才能があるんだからよ――、



 そう言ったラドは――モンスターズ・ドットコムになった。


 相手のニンジャを止め、

 わたしはその隙間を縫い、潜るようにして逃げてきた。


 未だ変わらず、十三層。


 わたしは、ラドとは違う重さを背負う足音を探し出し、その後を追った。



「クマーシュ!」

「コロル……!」


 背負われたクマーシュが、わたしに気づき、間抜けな顔になった。


 ……わたしがここにいるのが信じられないとでも言いたげな顔だ。

 ふふんっ、あんたの度肝、抜いてあげたわよ。


「なんできた! お前が逃げられるように、ぜんぶ整えたはずだぞ!」

「整ってないわよ。逃げられるわけがないじゃない。足りないんだもの」


 あんたとラド。

 ……それに、レイトリーフがいないじゃないの。


「なんだ、探す手間が省けたか――ちょうどいい」


 クマーシュを背負うモンスターズ・ドットコムの体格は、他と比べて大きい。

 胸板が厚く、細いイメージのモンスターズ・ドットコムの印象がガラッと変わった。


 足音も、クマーシュを抜いても、かなり重い音だった。

 ……音で、ある程度の予想はついていたけど、この人、

 太っているわけじゃないのに、あの体重って事は……、筋肉の密度が高いんだ。


 鍛え抜かれた体から繰り出される破壊力……、一発だってもらえない。


 本当に、荷物のように、クマーシュをすとんと落とす。

 身長も高い。わたしは見下ろされる。

 圧迫されるような威圧感で、呼吸が数秒、できなくなった。


 その後、なんとか声を絞り出す。


「あなたは、なんの達人なの……?」


「達人? いや、俺はそんな大層なものではないが……、

 強いて言うなら、元々国の姫を守護する、騎士団の一員だった。

 だから得意なのは戦闘だ」


 それは、かなり漠然としている。


「正面から、堂々と。

 なんでもありの戦いを繰り返していたが、俺は卑怯な手など使った事がない。

 姑息な手段、それは男らしくないだろう? 

 この体格に似合う男になると、俺は心に決めているのだ」


「正々、堂々と……」

「そうだ。姿が変わっても、信条は変わらない」


 そっか。敵にしては、男らしいって素直に思うよ。


 だからこそ、クマーシュには勝てない。


 真っ直ぐな人ほど、クマーシュのひん曲がった性格の餌食になる。


「――ぐっ!? な、なんだ、このロープは!?」


 そのロープは、クマーシュを縛っていたロープだ。


 ラドは素直に縛られていたが、

 クマーシュは縛られていたロープの内、一本を、


 隙を見て、自分が持っていたロープと入れ替え、

 あらかじめ、自分で軽く縛っておいたのだろう。


 それを知らない相手は、クマーシュの両手以外を縛り、拘束したと思い込む。


 今、クマーシュは軽く結んだ腕のロープを解き、

 他のロープも。持っていたナイフで切った。

 体を自由にし、一本のロープをモンスターズ・ドットコムの首にかけ、

 締め落とそうとしている――だが、


「ふんっ、たかが、子供の力でこの俺が……」

「俺の力じゃあ、無理だな。だけど、落下を利用したら?」


 え、とわたしと相手の声が重なり、クマーシュが通路の窓から飛び降りた。


 落下の速度で、首に絡まっていたロープが、一気に相手の首を絞める。

 そして、大きな体のせいで窓から外に出られない。

 壁に押し付けられ、首だけが締まる。


 声もなかった。

 きゅうっ、と、モンスターズ・ドットコムの意識が落ち、横に倒れた。


 ロープを登ってきたクマーシュが、窓枠に足をかけ、戻ってくる。

 相手の呼吸を確かめ、脈も見る。


「ああ、死んでるな」


 これが、クマーシュの才能。


 ……殺しの才能か。

 そりゃあ、人を避けるのも、分かる気がする。

 クマーシュには、人殺しの才能があるけど、その罪の意識を消す才能はないのだから。


 心を殺す事もできるらしいけど、ずっとじゃない。

 どうしたって、忘れる事はできない。

 クマーシュは一生、その罪悪感を抱えていかなければならない……。


「楽しい事なんて、できないよね……」

「コロル」


 モンスターズ・ドットコムではあるけど、元は人間だ。

 魔獣を退治したのとは、わけが違う。

 これは間違いなく人殺しとして、クマーシュは認識してる。


「な? 引いただろ?」


 死体の首からロープを取り、腰に巻き直すクマーシュ。

 彼は、わたしを見ない。


 見なくとも分かるとでも言いたげに、

 わたしの意見を決定させている。……勝手に。


「勝手に人の気持ちを考えて、自分の解釈で納得しないでよ。

 わたしは一言も、そんなこと言ってないでしょ!」


「言ってないな。でも、思っただろ?」


 否定するべきだったけど、クマーシュの瞳を見たら、言葉が出なかった。

 真っ直ぐ見られている。迷いがあれば見抜かれそうな、一点に絞られた瞳だ。


 クマーシュはわたしを生意気にも見定めている。今のあいつに、嘘は通じない。


 それでもわたしは言う。

「思ってない」

 嘘であり、嘘じゃない。だから補足すると、


「死体には正直、引いたよ。首を絞められ死ぬところなんて、初めて見たから。

 こんなにもあっさりと死んじゃうんだなって。

 手際が良いからこそ、死ぬまでの過程がスムーズに見れちゃう……」


 剣で斬ったりして、血が出た末に、力尽きるのとは印象が、がらりと変わっている。

 派手さはなく、人間の汚い部分だって、一つも見えていないのに、

 なぜかただ首を絞めただけの殺し方の方が、えげつない。


 肉体的な外傷がなく、魂だけが抜き取られた……。

 それは日常という枠組みの中に落とし込まれ、死に触れていない人から見ても、

 自分の価値観の中で理解できる範疇はんちゅうに、シェイプアップされているからかもしれない。


 現実離れしていないからだ。

 たぶん、だからその殺し方は、

 フィクションとは思えなくて、生々しくて、引いてしまうのだろう。


「殺し方には引いた。

 でも、クマーシュがどんな理由にせよ、殺した事には引いてない」


 今の場合、理由は明快だ。

 だって、やらなかったら、やられていた。

 もしもクマーシュがここで敵を殺さなければ……、どうなっていたか。


 今は殺されずに、モンスターズ・ドットコム化したとして、

 今後、仲間割れや脱出を企てた際に殺されたり、失敗して死んだりする可能性が高まる。


 ここで逃げる事ができていれば。

 命を落とす可能性は、ぐんと下がる。


 だからクマーシュの選択は間違っていない。

 加減ができない戦いで、相手を殺してしまっても、正当防衛だと言える。


 だから一番の難題は、殺した側がどう思うか。

 クマーシュは、だから気にするタイプなのだ。


「クマーシュは、わたしのためにやってくれた。

 引くわけないじゃん……。だから、ありがと」


 あと、この前の時も。

 言うと、クマーシュはわたしの言葉を繰り返す。


「あの時……?」

「モンスターズ・ドットコムに、わたしが攫われた時。

 あれ、助けてくれたのクマーシュだって、知ってたよ」


「嘘つけ。聞いたんだろ。

 ……ラドの奴。言うなって、口止めしておいたんだがな」


 ごめん、ラド。

 誤魔化せなかった。

 わたしが無理やり言わせた、と、クマーシュを騙す事もできそうにないから、

 フォローはしないでおく。だからあとは、自分で後始末をしてね。


 というか、ラドの自業自得だし。

 わたしの仕事じゃない。


「それも。……ありがと」

「うん。どう、いたしまして」


 言葉が詰まったり、次の句が接げなかったり、不器用な会話だった。

 初対面同士の会話のように、互いにボロボロだった。

 ……なんでこんなに緊張しちゃうんだろう、相手はクマーシュなのに。


 そっか。

 はっきりとしない事ばかり言っているクマーシュから、

 最初からずっとわたしを助け続けてくれたクマーシュに、

 わたしの認識が変わったからだ。


 なんだか気に入らないあいつは、わたしの命の恩人だったのだ。

 これまでと同じように、対応できる方がおかしい。


 これが普通なんだ。


「えーっと、その……」

 これまで通りに喋れなくて、タイミングが掴めない。


 あれ? わたしって、どうやってクマーシュと喋ってたっけ? 

 確か、ずっと罵倒していたような……。

 正直、ずっと嫌いな男の子って扱いだったから、

 選ぶ言葉は自然と出てきて、楽だったのだ。


 そうじゃなくなった途端、言葉を選ぶ必要が出てきた。

 ラドみたいに直情的じゃないから、勢いで喋る事もできないし……。


 クマーシュがラドみたいに、なにも考えず感覚で喋るタイプだったらなあ……、

 言っても仕方のない事を思ってしまう。


 自然体が難しい……。


「ねえ、コロル」

 すると、クマーシュが。

「普段通りでいいよ」


「だから、普段通りだと言葉が強くなっちゃうから……」


 意味もなく強気でいっちゃう事になる。

 それは、失礼だと思う――命の恩人なのだし。


「でもさ。結局、俺を嫌いなのって、はっきりと言わないからだろ? 

 だったらさ、じゃあ変わらないよ」



 命の恩人だろと、俺の性格は変わらないし。



 その言葉に……ああっ、と気づく。

 そう言えばそうだ。命の恩人に感謝するのは百も承知だけど、

 だからって、過剰に特別扱いする必要もない。

 会話がぎくしゃくしてしまうなら、いっそのこと、特別扱いしない判断もできる。


 恩を仇で返すわけじゃない。だったら……、


「そうね。だって、クマーシュのはっきりしないところは、好きじゃないもの」

「好きじゃない……」


 クマーシュは落ち込んでいなかった。

 言葉の向こう側を理解したらしい。


 これだから考えて喋る奴は……。


 気づかなくていいのに、そういう事。

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