第33話 罠にかかる兎

 モンスターズ・ドットコムの、選ばれた精鋭たちの狙いは三人。


 中にはわたしも含まれている。


 ラドとクマーシュを捕まえて、満足じゃない。


 だから今頃、わたしの事を探しているはずなのだ。


 わたしを追っている音とは別の足音があった。

 まるで、荷物を背負って歩くような……、

 その荷物とは、捕まえられた二人だろう。

 足音から伝わる重さが、二人の体重を示している。


「まずはラドを助けなくちゃ……っ」


 最初に、頼れる方を救い出す。

 クマーシュも頼りにならないわけじゃないけど、ラドと比べたらやっぱり劣る。


 二人の体重の差は分かりやすい。

 筋肉のつき方が違う。

 身長に差はあまりなくとも、筋肉のせいで五から六キロも重さが違うのだ。

 その差は足音で、はっきりと分かる。


「こっちね」

 走れないため、歩く事になる。


 荷物を背負っているため、相手の速度は遅い。

 歩いても追いつけるくらいだ。


 けど、わたしが聞けるのは足音だけであり、

 エコーロケーションのように、反射した波を拾って先の地形が分かるわけじゃない。

 そのため、音を追っていたら目の前には行き止まりがあった――も、あり得るのだ。


 それを何度も繰り返す。

 そのため、なかなか追いつけない。

 そうこうしている内に、十三層。


 音の情報によると、とある部屋で足音が軽くなった。

 ラドを置いた……? 足音が去る。


 いま、部屋の中には誰もいない。


 いましかチャンスはないとばかりに走ってしまう。

 走ってはいけないって事を忘れて――そして、ラドがいる部屋が見えた。


 その部屋は、レイトリーフと出会った間取りとは違う、

 まだ伸びている直線の、分かれ道のように横に伸びた通路から入る事ができる、

 ドーム状の部屋だ。


 部屋の中は行き止まりになっている。

 正規の直線から曲がったところで、足が止まった。考えるべき事がある。


「罠だったり……」


 ラドをわざと置き、わたしを誘うための……。

 だけども、周囲に耳を澄ましても、物音一つしない。

 相手が近くにいない証明になった。


「ラド……」


 部屋の中に足を踏み入れる。

 ラドはうつ伏せだった。

 両手両足が縛られている……、

 身動きを取ったら、芋虫のような動きしかできなさそうだ。


 眠ってる……? いや、ラドは足音に気づいて顔を上げた――目が合う。


「あっ、ラド――」

「ちッ!」


 両足のつま先だけの力で、わたしに突進してきた。

 不意を討たれたわたしは、頭突きを喰らって部屋の外まで吹っ飛んだ。

 ごろごろと後転して、ポケットからコインが出て、音を立てる。


 わたしの命綱であるコインを拾うよりもまず、


「――なにすんのよ!」


 ラドの背中には、細い剣が数本、刺さっていた。


 …………え、


「なんでこっちにきた……。偶然、じゃねえよな。

 おれを選んで、こっちにきたよな!?」


 なんで、そこまで分かるのよ……。


「お前、部屋に入る前から、おれの名前を呼んだじゃんか。

 おれがいるって、分かっていたんだろ。

 お前の耳で、聞こえた音から分かったんだろ!」


 その通りだよ。

 でも、助けにきたのに、そこまで責められるなんて!


 近づこうとするわたしを、ラドは声で止める。

 怒鳴り声がわたしを地面と縫い付けた。


 ……そうだよ、ラドの背中には、剣が突き刺さっている。


 物音はなかったはずだ……、敵はいないと確認したのに。


 つまり、この行き止まりの部屋の中には、誰かいるって事で――、


「実はうしろなんだよ」


「っ!」


 振り向いた時には、わたしの口の中に指が突っ込まれていた――声が出せない。


 親切にも、長い爪は切ってあり、口内は無事だ。

 ……このまま噛み砕いてやろうと歯を立てるが、

 相手の指の皮膚は固く、弾力があり、まったく意味がなかった。


 動物の赤ちゃんが、甘噛みをしているようにしか、相手には伝わっていない。


「そんなに暴れるなよ」


 じたばたともがいていたら、体が浮いた。

 一瞬で、そのままラドの隣へ着地する――しまった、部屋の中に……ッ。


 相手はその体で、出入口を封鎖する。……閉じ込められた。


 ――モンスターズ・ドットコム。


 出会う一体目。


 姿は、他のモンスターズ・ドットコムと変わらない。

 だが、音が無かったはずなのに、姿を現したという事は……、

 人間だった頃は、そういう達人だったのだろうと分かる。


 足運びに、音がない。


 足音がない。

 つまり、さっきまでの足音は、わざと聞かせていた?


「わたしが兎人だって分かっていて……?」

「そうなのか? そこまでは知らないが」


 相手が、ゆっくりと近づいてくる。

 その足音が聞こえた。


「まさか、亜人だとは思わなかったな。

 耳が良いのか。もしかして、遠くの方で俺の足音を聞いたのか?」


 無言でいたのに、肯定したのだと取られた。

 うん、そうなんだけども……。


「耳が良くても悪くても、どうせ近くにいられたら聞こえる足音の鳴らし方だ。

 お前が兎人だと、俺は知らなかったぜ。

 だが安心しろ、お前でなくても、同じように引っかかる」


 耳が良いからこそ、わたしはいま、窮地に陥っている。

 もしも普通の耳をしていれば……、わたしはこの罠に気づかず、

 まったく別の道にいっていたかもしれない。


 ……いま、そんな事を考えてもどうにもならないけど、追い詰められたいま、

 そんなたらればしか出てこない。


「コロルが兎人じゃなかったら、今もまだ、下の階層でうろうろしていただろうぜ。

 だから罠にはまったのは、コロルが亜人だったからじゃないよ」


 相手が一枚、上手だっただけだ――、

 ラドはそう言って、芋虫のような動きで体勢を変える。


 うつ伏せから、体を起き上がらせ、座り込んだ。

 そして、顎で自分のポケットを示す。


「中……?」

「コインが入ってる。全部、出せ。お前にやる」


 ちょ――っ、それって!


「ああ、なってやるよ、おれも。モンスターズ・ドットコムに」


 諦めたわけじゃない。

 ラドの瞳には、燃えるような敵意があった――それでも、


「ダメよ! そしたら、向こうの思うつぼじゃない!」


「単純にさ、今のおれたちじゃ勝てねえよ。

 こいつらにはもちろん。これから出てくる魔獣にだって、太刀打ちできない。

 でも、モンスターズ・ドットコム化したら、

 あのクマーシュでさえ、強さを手に入れたんだ。

 だから、この力は攻略に必要なものだと思う――」


 ダンジョンのルールにおいて、陥ってはならない最悪の結末である、

 モンスターズ・ドットコム化を、武器として使うなんて……。


 確かに、再びコインを手に入れれば、姿を戻す事はできるけど。


「モンスターズ・ドットコム対モンスターズ・ドットコムの場合は、

 人間だった頃の技術が勝敗を決めるが、そこんところ、分かってて言ってるのか?」


 どこから出したのか、細い剣を手に持つ、モンスターズ・ドットコム。

 相手は構えているのに、敵意が感じられない。

 ただそこに立っているだけと言われても、違和感がないのに。


 ポーズだけは、わたしたちを攻撃する気、満々だった。

 ……なのになんで、わたしには危機感が生まれないの?


「そういう達人か、あんた」

 ラドは言った。

「暗殺者ってところか?」


「そうだな、大元はそうか。

 業界内ではかなりマイナーだが、ニンジャと呼ばれている」


 ニンジャ……。


 いや、聞いた事がない。

 暗殺業界に詳しくないから、知らないのが当然か。


 もしも後ろから這い寄られて、喉元を掻っ切られたら、

 間違いなく、気づかずに死んでしまうだろう。


 音がないというのは、わたしには最悪の相性だ。


「コロル、なんでおれのところにきたんだよ。

 お前がいくべきところは、クマーシュだろ」


「クマーシュも、頼れないわけじゃないけど……」


 頼りない部分は多いけどさ、それでも、絡め手や分析力には、一定の評価がある。

 しかし、ラドがいてこそ光るものだとも思っているから、後回しにしただけなのだ。


 助けてくれたラドに、まだ恩を返していないし――、


「はあ!? お前、なに言って――」

 と、そこでラドが止まる。


「そうか、そういや結局、

 あいつとおれの秘密なわけなんだよな……、だから食い違っちまう」


 ちょっと、言いかけてやめないでよ。


 そういうの、モヤモヤする――ラドらしくないよ。


「コロル、おれがあいつに怒られたら、お前からも説得してくれよ? 

 無理やり言わされたんだってさ」


 ……頷きたくなかったけど、仕方ない。

 それくらいは付き合ってあげるよ。


「じゃあ……お前、誤解してるけど、

 モンスターズ・ドットコムに攫われたお前を救ったのは、クマーシュだぞ?」

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