第31話 ずっと傍にいて?

「んあ……」


 ぴくぴくと耳が動いた事で、自然と目が覚めた。

 なに……、周りがなんだか騒がしい気がしたんだけども……。

 聞こえたのは集団の話し声。


 隣で眠っている二人は、起きる気配がなかった。


「って、ラドも寝てるんだけど……」


 わたしたちが起きるまでは眠らないとか言っていたはずなのに。

 やっぱり、ラドも睡魔には勝てなかったのね。

 ぐっすりと気持ち良さそうにしているラドを起こすのは、さすがに躊躇う。

 まだ寝かせてあげる事にした。


「…………いない」

 気づけば、一人、足りないのだ。


 わたしは話し声がする方向へ、ゆっくりと歩き始める。


 これまでと同じ造りの通路を進んでいくと、急に道幅が広くなった。


 通路からいきなり部屋に繋がっていたのだ。

 外側から見ると、ドーム状のような形だ。

 入口に近づいたところで、会話が聞こえる。


「十一人……」


 全員が喋ってるわけじゃない。

 呼吸の音が、十一あるだけだ。


 わたしは通路の壁に張りつきながら、ゆっくりと近づく。


 部屋の中は小さな小窓が天井近くに数個あるだけで、あとは壁で囲われている。

 ボールに棒を突き刺したような図面になる。

 出入口は二つしかなく、進むか、引き返すかの二択だった。


 もちろん、わたしは進む。

 退けない理由があるのだ。


 部屋の中、等間隔に並ぶ柱の一つに移動し、集団に耳を向ける。

 目で見たら遠くても、耳ならば隣にいるかのように近く感じる。


「十人で大丈夫? 減らしたいって言ったのはそっちだけど、一気に半分以下にするのは……」


「十人くらいで充分だろ。

 おれたち自身で選んだモンスターズ・ドットコムの精鋭だぜ。

 これなら、一人あたりの報酬も多くなる」


 やりたがる奴らを集めると、貰える報酬はマジで十アルマくらいだからな――、

 と、レックスの一体が流暢りゅうちょうに喋る。

 声だけ聞いたら、人間としか思えない。だけど、姿は魔獣そのものだ。


「実際、十人もいらない気もするがな。相手は三人だろ? 

 いつもはターゲットが数十人もいるから、こっちも多くしないと捌き切れないけど、

 今回の数を考えたら、一人に一人をぶつけても充分過ぎる。こっちも三人で良かっただろ」


 そうすればさらに報酬も上がるしな。

 そんなレックスの言葉に、隣のレックスが、


「そうしたら今度は俺たちで戦う事になる。

 金が欲しいのは全員が一緒だ。三人の枠の奪い合いになるぞ」


 だから十名ってのは、ちょうどいいんだ、という一言に、

 言い返されたレックスは、まあそうかと納得したらしい。

 それでも、そいつは奪い合いになっても勝てるという自信が現れている。


 選ばれた精鋭。

 力に自信がある奴ばかりだ。


 立ち姿で、なにかの実力者というのが分かる。

 モンスターズ・ドットコムに変化したクマーシュでも、

 戦闘能力がずば抜けて上がったのだ。


 もしも、なにかの達人が、モンスターズ・ドットコム化すれば……、


 絶対に、手に負えなくなる。


「じゃあ、前金。これね」

 依頼人だろう女から、封筒が渡された。


 中には少額だが、お金が入っていた。

 これから、出された依頼を達成させてから、達成分の報酬を渡すのだろう。


 当たり前のシステムだ。

 前金なんて制度はほとんどないけど、ハンターなんて、この通りだ。


 元が人間だけに、システムの根本はやはり使い回しだった。

 それが悪いとは思わないけど……、


「依頼ってのは、いつも通りだろ?」

 うん、と女は頷いた。


「あの三人をモンスターズ・ドットコム化させて、このダンジョンから出さないで」


「おれらが邪魔しなくても、攻略は難しいと思うけど……、

 自然とモンスターズ・ドットコム化するだろうぜ。

 お前以外にも、ダンジョンボスはいるんだろ?」


 でっかい奴が。


 レックスが言うと、


「あれを頼りにしないで。近づくとわたしも食べられちゃうんだから」


 がぶがぶっ、って。

 手を口に真似て、ぱくぱくさせる。

 まったく脅威を感じさせない擬音だ。


 魔獣に食べられたハンターを、直接見た事があるため、想像するのは容易だった。

 ……噂のでっかい魔獣とは、できれば出会いたくない。

 その前に、あの十体のモンスターズ・ドットコムから逃げないと。


 幸い、今はまだ気づかれていない。

 すぐに戻って、二人に伝えないと――。


 ……でも。


 見て見ぬ振り、できる? 

 このまま立ち去って、見たままを伝えて、いいのだろうか。


「じゃあ、解散。頑張ってね、みんな!」


 その合図で十体のモンスターズ・ドットコムが、部屋の外へそれぞれ散っていった。

 引き返した通路で眠っている二人は、すぐに見つかってしまうかもしれない。


 どっちかが起きて、逃げてくれる事を願って。

 ……わたしは柱から体を出し、部屋の中心、一人、残った彼女に近づく。


「気づいてて、言わなかったの?」

「うん。コロちゃんが見つかりたくないなー、って感じで、身を潜めていたから」


 レイトリーフは笑った。

 いつもと変わりない様子で。


 まさかその口から、

 わたしたちを貶めるための依頼が飛び出すとは思えないんだけど……。


「冗談って可能性は?」

「ないと思っていいよ」


 あーあ、と肩を落とすレイトリーフ。


「ばれちゃったなー。まあ、ばらす気だったけど。

 コロちゃんの耳、反則。まさか心の声まで聞こえてないよね?」


 そこまでは……。

 咄嗟に答えそうになって、


「どうかな?」


「聞こえてた方が、私としては嬉しいよ。

 だって、言わなくても伝わってるって事だから。私の本音が」


 本音? なによ、じゃあ今のこれは、偽りとでも言うつもり?


「ううん。ぜんぶ本当だよ。嘘なんて一つもついていない。

 でも、絶対に誤解してるもん、コロちゃん。

 私に向けるその怖い顔。誤解しているみんなと一緒の顔だよ」


 誤解させるような言い回しをしているあんたが悪い気がするけど……。


「分かんないわよ、本音なんて。だって心の声までは聞こえないんだから」


「あ、やっぱり」

 言いながら、露骨にガッカリされた。

 ……悪かったわね、性能が悪くて! 


 聞いたところによると、聞こえる兎人もいるらしいけどね――ともかく、


「なんなのよ本音って……。わたしたちを襲った理由、納得できるものなんでしょうね」

「襲ったって……いや、うーん。そう見えちゃうのは、仕方ないかなー」


 レイトリーフは悩んだ末に、ま、いっか、と放り投げた。


「大好きなの、みんなの事が」


 両手を組み合わせて、祈るように。

 一人一人を思い出すように、まぶたを下ろす。


「友達を忘れた事は一度もない。それ以上に、もう私の家族だって思ってる。

 だから離れたくないの。一生、一緒に、すぐ傍に、いてほしい」


 そのためには私はなんでもする。

 悪魔にでもなる。レイトリーフは、顔を上げる。


 瞳に悪意はない。

 みんなと一緒にいたいって、その気持ちだけだった。


 でも、だからって……。


「モンスターズ・ドットコム化させて、ダンジョンに閉じ込めるなんて……」

「ダメ、なの?」


 きょとんと首を傾げて、レイトリーフは疑問を抱く。


 なんで、なんでなの? と繰り返して。


「だ、だめでしょ、そんなの。わたしたちに自由がないじゃない!」


「たくさんの家族(友達)がいるんだよ? 食べ物もあるし、必要なものはダンジョンの中にあるから探してくればいいし。働かなくてもずっと生きていられるんだよ? 

 一緒に、いられるんだよ? これってもう自由じゃん!」


 ……違う、自由じゃないよ。

 姿を変えられ、ダンジョンっていう広い空間に閉じ込められて。


 箱庭の中で制限された自由という餌を、ただ食べ続けるだけなんて……、


 そんなの、家畜も同然よ!


「私と一緒は、嫌なの? ……コロちゃん」

「違う、嫌なんかじゃ、ないよ……」


 本音だ。

 これまでのダンジョンの中、レイトリーフと一緒に行動を共にしたのだ。

 嫌いなわけ、ないじゃない。


 でも、友達だからってなんでもしていいわけじゃない。

 わたしたちの人生をあなたに捧げる義務はないはずなのよ!



「一緒にはいたいよ……でも、プライベートまで一緒にいたいとは思わない。

 帰る場所がある、目指すべき道がある。叶えたいゴールがある。

 それを全て諦めて、あんたの箱庭に閉じ込められる筋合いはないわよ。


 ……レイトリーフの事は好きよ。でも、限度ってものがある。

 誰も彼もがあんたみたいに色々と犠牲にして、一緒にいたいわけじゃないの」



 もしも、これ以上わたしたちを拘束するつもりなら。


「もう家族でも友達でもない。嫌だけど、敵として戦う事になるわ」


「いやだ!」


 レイトリーフの剣幕に、わたしは怯む。

 単純な一直線の感情に、なにも言えない。


「私が一緒にいたいんだから! 

 そのわがままを通すためなら――コロちゃんの意見だって、潰すよ」


 この子は、一体……、どうしてそこまで。


「……みんな、大好き」


 その言葉に、狂気が混じってきている。

 ……ように聞こえる。


 繰り返された言葉には妙な重たさがあった。


「お願いだから、私から離れていかないで……」


 自分を抱きしめ、なにかを振り切ったレイトリーフが、表情を引き締める。


 本気の顔だ。


「譲らない。今まで、こうしてきたの。

 今回だけ意見を変えるなんて事はしない。

 コロちゃんも、クマッシュもラドも、みんな――」


 もう私の家族。


 だから。


「――逃がさないから」


 わたしは一歩、下がる。

 モンスターズ・ドットコムならまだしも、

 レイトリーフなら、なんとかできると思っていた。


 けどダメだ。

 一番、どうにでもできない存在だった。


 これならまだ、モンスターズ・ドットコムたちの方が、

 大変だけど、なんとかなりそうだ。


 ここまで真っ直ぐに我を通されてしまえば、崩すのは難しい。

 信念は、簡単には曲がらない。


 その考えに誇りを持っていればいるほど、強固になるのだから。

 レイトリーフはその究極系。

 そして、あくまでもわたしたちのためを想ってくれているからこその、信念だった。


 自分のためでもあり、人のためでもある。

 自分よりも、誰かのために動く人間の方が、強い。


「毎日一緒のお風呂に入って、同じ布団で寝て、

 朝起きて、ご飯を食べさせ合って、

 お昼寝したり、散歩したり……たくさん、一緒に過ごそうね」


「あ、いや……」

 頷けない。でも、否定もできない。

 レイトリーフのその表情を、崩したくなかった。


 だって、嬉しそうに言うんだもの。

 邪気がまったくなかった。


 無邪気な顔で。


 まるで、小さな子供みたいに。

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