第28話 頭脳労働戦

 さり気なく、近づいてきたレイトリーフの、

 物を隠せそうなポケットを探してみたりもしたけど、なにも入っていなかった。


 まあ、もしも入っていたとしても、そこに入るだけのコインの数で、

 リュックが軽くなるとは思えないし……、結局、わたしの勘違いなのかなあ。

 そうとしか思えないなら、そうなのかも。


 こんこん、とノックをするように、行き止まりの壁を叩いたクマーシュは、


「ラド、壊せないのか? 音の感じから、薄そうな気もするけど」

「無理だな。つっても、壊せないわけじゃないけど……」


 あー、そうだな、と、

 二人は二人だけで納得した様子だった。

 ……ちょっと、わたしたちにも分かりやすく。


「窓から首を出して、先を見てみて」

 言われて見てみると、


「ああ、壁で遮られていたわけじゃなくて、壁を壊しても道が先にないんだ……」


 そういうこと、とラドが頷く。


 レイトリーフのように、はしゃいで窓の外を見ていたラドは、いち早くそれに気づき、

 クマーシュは行き止まりに当たってから窓の外を確認したため、気づくのが遅れたのだ。


 じゃあ、そうなると、この道を引き返さないといけないんだ……、

 でも、ちょっと待って。階段があったのは、しばらく前だよ?


「長々とはずれの道にきちまったんだな……。戻るのだるいだろ、これ」


「せめて、道がカーブでもしてくれれば、窓の外から先を見通して、当たりかはずれか見分けられるんだけどな……、それをさせないための直線なのかもしれないけど」


 クマーシュみたいなズルはさせないって事なのね。


「じゃあ、このまま上の階にいっちゃうのは?」

 レイトリーフが天井を指差しながら。

「ここってまだ一階でしょ? この上に通路があるなら、ショートカットしようよ」


 横に見える通路までは、距離がある。

 ここを飛び移るよりは、上にいった方がいいだろうけど……。

 窓から顔を出して、真上を見る。

 ……うーん、でも、上だとしても距離はあるよ?


「外壁がある分、ここから見るよりも、楽ではあるな。

 いけない事もない。

 おれとコロルは素手で登れても、クマーシュとレイトリーフがどうするか、だな」


「俺は一応、ロープと爪があるから、いけない事もないぞ」


 そこはいけると言え。


 じゃあ、問題はレイトリーフだけど……、


「レイトリーフはわたしが運ぶよ」


 リュックは一旦、ラドに預けて、

 レイトリーフを背負えば――と考えていると、


「ラドの背中っ、いっちばん乗りー!」


 見えたのは、ラドの背中に飛びつく、レイトリーフの姿だった。


 伸ばしかけた手を、わたしはどうするか迷い、静かに下ろした。

 い、いいけどね、別に。

 男と女でペアになったって、まずいわけじゃないんだし。


 ……わたしにしていた事を、簡単にラドにするんだあ、とか、

 わたしの特権だったのに、とか……、――思ってないし!


「……リュック、持とうか?」

「……ありがと」


 クマーシュに気を遣われた。

 でも、気を遣えるようになったのは、成長したって事だよね。


 いまの一連の流れを全て見られていた事になるのは、かなり恥ずかしかった……。




 上の階に到着すると、下の階で塞がれていた先の道がある。

 分かれ道があり、そろそろ複雑な迷路になりそうな予感がした。


「リュック、返すよ」

「……盗ってないよね」

 思わず聞いてしまった。


 クマーシュはごくごく普通に、

 一切、なんの感情も抱かなかったみたいに、


「盗ってないよ」

 と。

 ……さすがに、悪い事したなあ。


「いや、ごめんね……」

「いいってば」

 返されたリュックを背負い……、うん!?


「――やっぱり盗ったでしょ!」

 さっきよりも強く詰め寄る。


 クマーシュの体にぺたぺたと両手を這わせるが、

 わたしのリュックから盗ったお金はない――。


 わたしが渡した(プレゼントとは別に)お金の袋があったけど、

 その中身もわたしが渡した分よりも、減っているだけで……。


「減ってる? なんで……」

「もしかして、コロルも減ってたのか?」


 もしかして、という事は、クマーシュは気づいていた?


「う、うん。重さがね、違うのよ」

「重さで分かるのかよ……」


 じゃあ、クマーシュはお金が減っている事に、どうやって気づいたって言うのよ。


「念のために見てみたんだ。そしたら、案の定、中身が減っていて……」

「ねえクマーシュ」

 わたしはさらに詰め寄った。

 どうして、こいつはそんな重要な事を、きちんと言わないかなー。


「なにを知ってるの?」



 わたしたちが数日間、お世話になったあの一軒家には、

 一日が始まるとお金が渡され、一秒ごとに一アルマ減っていく――、

 という現象が、どうやら起こっていたらしい。


 それによってラドが大変な思いをしたらしいけど、

 そこまでは聞かなかったので、よく分からない。

 ラドが疲れていたのは、そのためだったのね。


 そんな前例があるために、

 クマーシュは念のため、コイン袋を見たと言う。


 で、お金が無くなっていた。

 あげた分は大した量じゃないために、コインは残り僅かだった。


「もし、ぜんぶ無くなったら……」

「無くなって終わり、じゃないと思うな……」


 あの一軒家の場合、お金の減少が底をついたら、

 単純に一日が終わった事を意味する――、ただのカウントダウンだ。


 しかし、今回はそういうわけじゃない。

 どういう仕組みなのか分からないけど、なんとなく、

 これを減らしてはダメな気がする……ゼロにするなんてもってのほかだ。


「おーい、お前ら、なにしてんだー?」


 すると、先に進んでいたラドが、手を振って声をかけてくる。


 進むのが早い……、

 新たな道も、なんの警戒もしないでいくんだね。


 急ぎ足でラドの元へいく。

 レイトリーフも、そこにいた。


「なあ、ラド。コインを入れた袋あるだろ?」


 持ってるぜ、と取り出したラドの袋の中身を覗く。

 減っている――、しかも、クマーシュよりもかなり少ない。


「って、うぉい! なんでこんなに減っちまってるんだよ!?」

「ここまで減ってたら、重さで分かりそうなものだけどな……」


 まあラドだし。

 そういう細かいところには気づかないと思うよ。


 ついでに、レイトリーフにも確認してみた。


「ラドほどじゃないけど、ちょっと減ってるよ」


 ……人によって差がある。

 これは、結構、重要な気がする。


「なあ、そんなに気にする事か? 確かに、減ってたら損したみたいだけどさ」


「お前、これを見逃して進めるのかよ……。

 気になるよ、そりゃあ……カウントダウンみたいで、嫌な感じするだろ」


 お前はいちばん気にすると思ってたけどな――、

 クマーシュの言葉に、ラドが嫌な顔をする。


「頭を使うのは苦手なんだよ……、

 ここ数日、寝ずにずっと動き続けるよりも疲れたんだからな」


 それは、クマーシュの言う、ラドがした大変な数日間の事を言っているのだろう。


 ラドが頭を使った……。

 それはそれは、大変だったんだろうなあ……。


「ここは、クマーシュに任せていいか?」

「ラドが気にしないならそうなるだろうな」


「ん。じゃあ任せた。

 となると、コロル。

 クマーシュを手伝ってやってくれよ。こういうの、得意だろ?」


 得意じゃ、ないけども……、


 でもまあ、


「仕方ないから、手伝ってあげる」

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