3章 鬼ごっこ・ドットコム【語り:コロル】
第27話 生きているダンジョン
「――宝箱の数が減ってきたな」
そう言えば、さっきから見ないね……、ラドの指摘は確かに、と頷ける。
ダンジョン内にあった、ごく普通のレンガ造りの一軒家。
なにかありそうだと睨んでいたけど、結局、ただの休憩所だった。
……かもしれない。
なぜか、ラドはすごく疲れた様子だったけど。
……あんたを休ませるためだったのに、なんで、いちばん疲れてるのよ……。
怪我も治ったと思ったら、新しく増やしてるし。
これだから、男子はきちんと休んでくれない。
そして、しばらく滞在して、お世話になった一軒家があった八層から進み――九層。
そこまでは、これまでと変わらず宝箱が多くあり、コインも紙幣も何度も見つけ、持てるだけ持っていたのだけど、それが十層に入ってからは、ほとんど見なくなった。
ないわけじゃない。
でも、今までと比べて、圧倒的に少なかった。
「これが普通で、今までが多かったのかもな」
「なるほど、これまでのはただのサービスだった、と。
いや、でもこんなにもらってもなあ。
金を持たせて、おれたちの移動を遅くするためとか?」
宝箱を設置させているのは、ダンジョン自身だ。
ラドの仮説に沿ってみると、
ダンジョンがそんな小さな嫌がらせをしている事になるけど……、
うーん、そんな事するかなあ。
魔獣をけしかけたり、もっと
じゃあ、本当にサービスだったりして。
「サービスかもしれないし、なにかの布石なのかもしれない」
「……なんのよ」
「そこまでは分からない。でも、嫌がらせだけじゃないかもしれない」
嫌がらせである可能性は捨てないんだね。
「嫌がらせに隠れた、救済措置だったりしてな」
……そんなわけないでしょ、と、
否定できない可能性を聞き逃してしまうくらいに、あっさりと言うのよね、こいつ……。
もっと大きな声で主張してくれないと、周りのどうでもいい声に埋もれちゃうのに。
大した事のないラドの言葉に、
すぐに埋もれちゃうって、自覚がほしいわね。
「……おれの言う事って、大した事ないのか? なあ、クマーシュ」
「自覚があるんならそうなんじゃないか?」
……最初に出会った時よりは、だいぶマシだけど、
クマーシュの、前に出て言い過ぎず、参加しなさ過ぎず、
一定の距離を保つそのスタンスは、一辺倒に、変わりない。
なんでもかんでも、『かもしれない』や、
疑問符で締めるからはっきりしないし、
選択権をこっちに任せて、自分で決定させない部分が多々ある。
というか、それしかない。
まず、責任逃れをするのよね。
自分だけに集まる責任だけは、絶対に回避して、
連帯責任にさせて、形だけ参加している。
まったく、責任なんて感じていないのに……、潔さがないのよ。
たまには、ばしんっ、と、言い切ってほしいものね。
ずっと頼りなく、最悪を想定して士気を下げるばっかり。
まあ、リスクヘッジのつもりだろうけど、
それにしても加減をするとか、調整するとか、できそうなものなのに。
自分だけしか見ていないって感じ。
保身に走り過ぎていて、男らしくない。
それに比べて、ラドはわたしを、
【モンスターズ・ドットコム】の魔の手から救ってくれた。
それに、意見をはっきりと言うし(可否はともかく)、場を盛り上げてくれる。
絶対に諦めないところが男らしいのだ。
同じ男子でもこんなに違うなんて……。
「コロちゃん、イライラしてるの?」
耳元で声が聞こえる。
ふぅっ、と、そよ風にびくんと反応する。
距離を取ろうとしたら、ぐいっと耳が引っ張られた。
あ、いや、わたしが急に動いちゃったからか。
レイトリーフは、わたしの耳にさっきからずっと、頬ずりをしている。
密着されているので、歩きづらい。
しかも両手でにぎにぎしたり、擦ったりしていて、くすぐったい。
だから、ふらふらと蛇行してしまう。
「兎なのにね」
「レイトリーフのせいでしょっ!」
耳は敏感な部分なんだから。
触られてると、むずむずするのよ。
気持ちぃー、と、離してくれないレイトリーフは、このままにしておく。
まあ、触っている間は静かだし。
そんなに気持ち良いかなあ……、自分じゃ分からない。
昔はこの耳のせいで気味悪がられたものだけど、
それが今や、癒しのアイテムになっているなんて……。
特殊なのはわたしの師匠と、その周りだけじゃなかったんだ。
出会ったばかりの女の子も、これに釘付けなんて……。
それか、レイトリーフもそっち系なのだろうか……。
男子は触れてこないし、やっぱり女の子だけなのかな?
「「いや、触りたくても触りづらいから」」
二人の声が重なった。
「あ、触りたいの?」
聞いてみたら二人は口を閉ざした――しばらくして、
「触りたい、かな……やっぱそれ気になるしよ!」
ラドの言葉に続いて、
「俺は、どっちでもいいや」
あーうん、想像通り。悪い方向に。
だから、そうやってはっきりしないところが、嫌いなのよ。
順調に進んで、十一層に辿り着いた。
これまでよりも、フロアを進むのが早くなっている。
わたしたちもさすがに慣れてきたからかな――。
もしくは、道がシンプルになっているおかげかもしれない。
これまでは洞窟のような、視界が悪く複雑な通路だったのが、
見渡しの良い綺麗な道に変わっている。
道幅も広くなり、壁には窓がついていて、遠くの道も見えるのだ。
運が良ければ、フロアのゴールの階段も見える事もある。
十層、十一層と同じなのは、空間が広く、通路が三段になっている事だ。
一階、二階、三階……、
フロア内に小さなフロアが三つあるのはややこしいけど。
この三つの上下に並んだ通路を、行ったり来たりして、
フロアのゴールを目指す事になる。
通路には、行き止まりがあるため、やっぱり三つを通っていかないと、
ゴールには辿りつけないのかな……。
壁にある窓から、一つ上の通路に上がったり、近くの通路に飛び移る事もできそうだった。
ラドやわたしなら簡単にできそうだ。
ただ、通路と通路の間は、底の見えない闇になっているので、
もしも、落ちたらどうなるか……、分からない。
助かりそうにないっていうのは、すっごく分かるけど……。
「あ――――――――!」
壁の窓から顔を出して、レイトリーフが叫んだ。
大声は底の見えない闇のずっと先まで続いていく。
やがて、声がしぼんで、消えていった。
「ほうほう」
「なんでドヤ顔なの」
わたしの耳で遊び尽したレイトリーフは、新しいおもちゃを求めて右往左往。
あれだけ
帽子を被り直して、耳を隠す。
この三人は、わたしの耳を受け入れてくれてるから、隠す必要はないけど、
やっぱりあると落ち着く。
ひと休みから再開する。
その時に、リュックを背負い直したところで、
「……あれ?」
ちょっと軽かった。
中にはぎっしりと、お金が入っていたはずだけど……。
もしかして誰かに盗まれた?
でも、わたしはずっと、脇に挟むようにして見ていたし、
ぎゅうぎゅうに詰めているから、盗もうにも、音もなく、っていうのは難しいと思う。
感覚的な事だから、勘違いって事もあるだろうけど……、
「うーん、感覚に頼るなら、だからこそ、些細だけどちゃんと変化してるのよね……」
疑うにも、これだと誰を疑えばいいか分からない。
「ねえねえレイトリーフ」
「ん、なあに?」
窓の外に顔を乗り出しただけじゃなく、体まで乗り出し、
後ろ向きに足をぶらぶらさせていた彼女がこっちを振り向く。
「わわっ」
「あぶないっ!」
支えの手が窓の枠から滑り落ちた。
大きく出ていた上半身が落ちそうになり、慌ててレイトリーフの服を引っ張る。
リュックの重さを利用して、このバカを引っ張り上げた。
「お、おぉ……いまのは危なかったねー」
「――危ないでしょ! もうっ!」
本当に、心臓がきゅってなった。
あのまま落ちていたらと思うと、手汗が止まらない。
体の芯から寒気がする。
「二度とこんな事しないで」
「……うん、ごめんね。調子に乗っちゃった」
てへ、と頭を掻く。
調子に乗っているのはいつもの事だと思う。
「それで、私の事を呼んでたけど、どうしたの?」
「え、あ、いや……」
そう言えばそうだ。忘れていた。
けど、ここで言うのもなあ……いや、いつ言っても変わらないんだけども。
リュックを背負い続け、一度、下ろした時もずっとわたしは見ていた。
それ以外で、わたしのリュックに近づけるとしたら、
耳を触るために密着していた、レイトリーフしかいない。
つまり、わたしは彼女を疑っているんだけど……、やっぱり、言えない。
疑ってます、とは面と向かっては言えないよ――それに、
「ううん。危ないよ、って、注意しようとしただけで用はなかったの」
「ふーん、本当にそうなのかなー?」
なにか聞きたそうな顔してたけどー? と……、意外に鋭いな。
わたしが疑うと同時に、レイトリーフもわたしを疑っていたのね。
まったく、意味は違うけど。
「おい、また行き止まりだ」
前方から、ラドのそんな声。
隣では、レイトリーフがまた抱き着いてきた。
わたしの耳をくるんくるんと回して、遊んでいる。
ちょっと、ツインテールじゃないんだからやめて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます