第23話 タイム・イズ・マネー

「……時間が戻った、これはもう、確定でいいんだよな?」


 皿を拭きながら、考える。


 洗うのはレイトリーフの役目だ。

 シンクで洗ったお皿を、おれがそこから取り、後ろのテーブルで拭く。

 だからちょっとした距離があるのだ。

 会話はなく、シンクの水の音だけが部屋に響く。


 さっきと同じ会話、そして洗っていなかった皿。

 いまの時間を『二回目』とするなら、

 一回目のこの時間、おれはベッドの上でむうむうと考え込んでいたはずだ。

 そして、ダーツに気づき、いまの時間――『二回目』へ突入する。


 時間が戻った原因は、まあ、あのダーツだろうな、と思う。

 あれは時間を巻き戻すためのものなのだろうか。

 ダーツをしたから、真ん中に矢を刺したから(三本連続で)、高得点を出したから……、

 考え出したらきりがないな。


「ダメだ、おれらしくない」


 そう、考えて悩んでじっとしているなんて、おれらしくない。


 動いて失敗する事はたくさんあったけども、

 だからって、考え込んでも、それはおれの領域フィールドじゃない。

 まずは動き出さねえと、なにも始まらない。


「ラド、こっちはそろそろ終わるよー」

「おう。任せろ。ぜんぶ拭いてやる」


 レイトリーフから受け取った皿を拭き終わり――、しかし、

「まだ水分、こんなに残ってるよ?」

 と、レイトリーフから注意があったりと、

 思いのほか、少々の延長戦があったが、皿洗いは終了した。


「ラド、一緒にお茶でも……」

「ごめんレイトリーフ、ちょっと気になる事があるんだ――、部屋にいる!」


 言い残して、おれはすぐに部屋に入った。

 ……ちょっと悪い事したかもな。


 お茶ぐらい、付き合ってあげれば良かったかもしれない。

 けど、やはり気になるものを残したまま、のんびりまったりはできない性格だ。


 とにかく先に片づけておきたい。

 謎がはっきりしてから、お茶に付き合えばいいのだし。


 ……これで時間が戻ったら、

 お茶どころか、皿洗いからやらなくちゃいけないのか……。


 慎重にやらねえと。



 部屋に戻ってすぐにダーツを起動させた。

 コインは相変わらず、ズボンの裾に挟まっている。

 そして、緑色の蛍光線。

 さっきと同じ場所、さっきと同じ光景が展開される。


 現れたダーツの矢、三本。

 手に取ってみると、微かな違和感。


「……バランスが悪い?」


 あと、ちょっと重い。


 しかし、大した事でもない。

 別に、持てないわけでもないのだし。


 一回目は、全て真ん中に刺した。

 なら、今度は、散らしてみるか。


 細長い扇形の中に入れよう――、思って投げる。

 ダーツが少しだけ、空中でぶれた。


 ぐわんぐわんと、狙い通りには飛ばず、斜め下に突き刺さる。

 幸い、そこは扇形の中なので、一応、狙い通りではあるのだが……。


 二本目は、一本目を踏まえて投げる。

 同じようにぶれるが、ぶれ方が一本目と違う。


 狙い通りの場所ではあるのだが、

 おれが思っていたのとは違う場所に突き刺さる。


 これはこれで、いいんだが、気持ち悪い感じだ。


 三本目。

 力技だ。


 軽く投げていた矢を、強めに投げる。

 勢いで押し切れば、ぶれなんて関係ないだろう。

 その通り、矢は真っ直ぐに飛んだが、強く投げたために、命中精度が落ちた。


 これも扇形の中だが、おれが狙った場所よりも、数センチずれ、隣の扇形に刺さってしまう。


 三本が終わり、まあ想像はしていたが、ポイントはかなり少ない。


『三十倍』だ。


 音を立ててコインが出てくる。

 おれはそれを取りにいこうとして、伸ばした手をそこで止める。


 そう言えば、さっき時間が巻き戻ったのは、コインに触れてから、じゃなかったか? 

 ――思い出す。

 そうだ、コインに触れてからだ。


 じゃあ、おれがこのコインに触れたら、また時間が巻き戻る……?

 なら、レイトリーフに会っても、面喰らわないようにしないと。


 コインに触れる。

 景色は一変……、しなかった。


 変わらず、おれの部屋だ。

 うしろでは、扉の閉まる音がする。


「変わって、いないのか……?」


 しかし、立ち位置は変わっているぞ? 


 扉を開けてみると、

 鼻歌を歌いながらお茶の用意をするレイトリーフがいた。


「ふんふふーん――ひゃっ!? ら、ラド!? …………聞いた?」


 鼻歌のことか? 

 なんだか、すごいご機嫌だな。


「歌、上手いじゃん」

「鼻歌は誰だってこれくらいだってば」


 謙遜するレイトリーフに、どうしたの? と聞かれたが、なんでもないと答える。


 不思議そうな顔をするレイトリーフを見て、扉を閉めた。

 お茶の用意……、じゃあ、巻き戻ったのはかなり短時間なのか。


 やっぱり、ポイントが影響している。

 さっきは九百倍、いまは三十倍。

 これが戻る時間に関係しているのか――。


「もう一回だ……」

 コインを入れ――る、その前に。


「倍になるって事は、じゃあ、投入コインを二枚にしてみたら……」


 思いついたら動いてみるのがおれだ。


 自室から出て、コロルの部屋へ。

 コインを数枚、ポケットに入れ、自室へ戻る。


「ラド、さっきからなにしてるの?」


 お茶を淹れたレイトリーフは、椅子に座ってティータイムの最中だ。

 猫舌らしく、ちょっと冷めないと飲めないらしい。

 じゃあホットにするなよ、と思うが。


「お茶はやっぱりホットだもん!」

 お茶って、紅茶の事だったのか。


「部屋に気になるものがあるんだ。分かったら教える」

「ん。じゃあ待ってる」


 猫舌でも飲みたいのか、

 ちびちび紅茶を飲んで熱がっているレイトリーフを見送り、自室へ戻ってきた。


 さて、これで三回目の挑戦だ。

 コインを二枚投入し、ゲームが始まる。


 僅かだが、ちょっとずつ重くなっている矢を持つ。

 繰り返す事で難易度が上がっているのかもしれない。

 ……ってことは、巻き戻った回数は、カウントされているのか。


 監視されているようで気味が悪いな……、

「ま、今更だがな」


 三回目の一本目。

 投げた矢は途中で急なカーブをし、


「――なに!?」


 狙いとはほど遠い場所に突き刺さった。

 的には当たったため、良かったが。

 まるで、横からの突風に当てられたような変化だ。


 二本目。

 突風には逆らえず、螺旋を描くように進んだ矢は、

 的の枠に当たって、地面に落ちる。


 初めて、ポイントがつかなかった。

 拾ってもう一回は、できないらしい。

 表示された矢の残り数が一本になっているので、不正はできないのだ。


「まあ、そりゃそうか」


 そして三本目。

 二回目と同じになってしまうけど、また力づくでいく。


 強めに投げた矢は、しかし、突風の影響を受けた。

 かくん、と、への字のように軌道を変えた矢は、

 的を大きくはずれて、勢い良く壁に突き刺さる。


 部屋全体から、

 空気の入ったチューブが、裂けるような音がした。

 ……壁に刺さった場合、どうなるんだ?


「よ、四千……」

 これまでとは桁違いのポイントが出てきた。


 しかも、

『マイナス』――。


 じゃあ、マイナス四千……いや、


「コイン二枚で……、八千……」


 コイン八千枚の、損失……? 

 当然ながら、これまで勝った分のコインが出てきた穴からは、コインが出てこない。

 マイナスされているのだから、おれのコインがどこかで消えているはずなのだ。


 おれは、そんなコインを持っていないはずだけど……。

 そして今回、時間が巻き戻るための、トリガーがない。


 コインが現れないって事は、触れられないって事であって――、

 そう思っていたが、意識が一瞬――落ちて、目覚めた。


 たった一瞬、僅かによろめいたくらいの時間の隙間。

 しかし外を見たら、日が落ちてきている。

 巻き戻ったんじゃない――、何時間、進んだんだ……?


 手元にコインがない。

 使ってしまったのだから当たり前だった。


 なんだか、すごい喪失感だ。

 眠っていたのとは違う。

 大切な時間を、一瞬で奪われたこの感じ……、心に穴が開いたみたいだった。


「レイトリーフ?」


 とにかく、今は誰かの顔が見たかった。

 扉を開けて、キッチンへ出る。


 すると、いた。


 血溜まりの中で、仰向けで倒れている、が。




「あ?」

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