第22話 ダーツと巻き戻し

「うん。もうそろそろ大丈夫だと思うよ」


 おれは上半身裸で、レイトリーフと向かい合う。


 二人きりの昼食を終え、動きにぎこちなさが取れたね、

 とレイトリーフが気づいたため、傷を見てみたのだ。

 レイトリーフの指が、傷をなぞる。


 彼女は、どうやらじっと観察しているから気づいていないかもしれないけど、

 これ、恥ずかしいからな!?


 とんっ、と傷口を指で押された。


「痛い?」

「くすぐったい」

 痛くないのね、と再び聞かれ、頷く。


 真剣な眼差しは、おふざけを許さないと語っていた。


「もう大丈夫だな」

 そろそろ、おれも外へいきたい気分だったのだ。


「でもまだ安静。寝たきりじゃないけどね。

 筋トレとかなら、しても大丈夫だと思う。

 でも、あんまり無理をしないこと。

 また傷口が開いたらちゃんと私に言うこと――分かった?」


 顔を近づけ、レイトリーフの指先が、おれの鼻先を押す。


「わ、分かったよ」


 ならよろしい、と、妹と似た表情と仕草でそんなことをされたら……。


 ったく、お姉さんぶりやがって。

 お前は、おれがいないと……。


「ラド。私はラドの妹じゃないよ?」

「え、あ、ああ。そうだよな」


「あと、妹ちゃん」

 おれの妹が、なんだって?


「ラドが思っているよりも、ずっと大人になるの、早いんだよ? 

 おれがいないとなにもできないのに、とか思っているなら、

 それはたぶん、逆になってると思う」


 逆。

 ……なんだ?


「妹ちゃんがいないと、ラドは生きる目的がなくなっちゃう、とかかな?」


 そんなことはないか、とレイトリーフは、

 変なことを言ってごめんね、と言い残し、

 溜まっていた皿洗いをし始めた――、


 おれはそんなレイトリーフの背中を見つめたまま、考える。


 妹がいなくなったら……、あれ? 

 おれは、なにを目的に生きればいいんだっけ?




「考えた事もなかったなあ」


 妹のため、家族のため、必死にお金を稼いでいたから。


 おれのやりたい事と言えば、お金を稼ぐ事で、

 結局、妹の生活を潤したい、怪我を治してやりたい――、なんて、


 そういう願いに直結する。


 ここから妹と家族を取られたら、おれにはなにもない。


 魔獣ハンターも、その前に目指していた、騎士団も。

 金が先だ。なりたいと思っていたわけじゃない。


 強くなりたいと思った。

 それも、強くなれば騎士団に入れると思ったからであり、

 やはりお金が必要だったから、に戻ってきてしまう。


 金しかないのか、おれには。

 いや、金がないから、金を求めて、おれは魔獣ハンターをしているのか。


 やべえ……、さっきからぐるぐるぐるぐる、思考が回っている。

 やりたい事なんてまったくねえよ……、おれのこんな悩みは、おかしいのか?


「ん、ズボンの裾のところ……」


 まくった内側の部分。

 反射した光が見えたと思って手を伸ばすと、コインがあった。


 なんでこんなところに……、ああ、コロルの部屋のコインか。

 屈んだ時にでも潜り込んだのだろう。

 山のように積まれていたから、高低差も関係ない。


 気晴らしに親指で弾く。

 落ちてきたコインを両手を使い、手の甲と手の平で挟んだ。

 おれからコインは見えない。


 さて……、


「裏だ」


 見てみると、表だった。


 消えるんじゃないかとちょっと期待したが、

 こういう時、都合良く思い通りには起こらないものなのだ。


 期待はしていたが、はずれてもガッカリはしない――その程度だ。



 自室のベッドで寝転ぶおれは、暇で暇で仕方がない。

 一応、安静って事だからな……、あまりはしゃがないように。


 ぼーっと、部屋を見回す。

 そう言えば、ずっと気になっていたものがあった。


 ダーツの的が、壁にかけてあるのだが、矢がないのだ。

 そのため、気になってはいたものの、手をつけていなかった。

 しかし暇である今、やってみたいと好奇心が顔を出す。


「やっぱ的だけだな。しかも、すげえ雑。紐で吊るしてるだけ……お」


 壁に刺さったピンに、紐で吊るされている的を持ち上げると、

 裏の壁には縦に細長い、小さな穴があった。


 これみよがしに、入れてくださいと言わんばかりの穴だ。

 下には機械的な文字で、『投入口』と書かれてある。


 印刷されている、の方がしっくりする文字だ。


「えーと、つまり、こういう事か?」


 手に持っていたコインを投入する。

 ぴったりだった。


 中に入っていったコインは、

 すぐさま、ガチャン、とスイッチを入れた音を響かせる。


 壁の一部が長方形の形で、くるん、と回った。

 小さな回転扉。そこには矢が三本、並んで置いてある。


 地面には緑色の蛍光線。

 壁に垂直に、二本の線がおれの後ろへ引かれ、

 向こうの壁際に近い場所で、横一文字が引かれた。


 ……つまり、そこから投げろ、と。


 いいぜ、おもしれえじゃん。

 線の場所まで移動し、一本の矢を構える。


 おれにとっては、動かない的を当てる事なんて、難しくもない。

 そして、真ん中の赤い丸だけを狙う。


 周りの細い、扇形のポイントなんてどうでもいい。

 真ん中以外の部分にも、高得点はあるけど、やっぱり男は真ん中だ。


 一本目を投げ、真ん中に突き刺さる。

 音と共に、壁に現れた光の数値が、加算されていく。

 

 二本目を投げ、真ん中に刺さった一本目の矢に突き刺さる。

 銃声のような音と共に、数値が跳ね上がった。


 三本目。

 少しだけ、しなった二本目に、これまた突き刺さる。


 三本、連続、真ん中の丸を獲った! 

 祝福の曲と共に、加算された数値は増加し続け、九百で止まった。


 うわ、あと少しで千だったなあ、と、

 リベンジに燃えていたところで、投入したコインと、得たポイントの数が表示される。


『――九百倍』


 総合成績をすっ飛ばして現れた文字。

 つまり、コイン一枚が、九百倍になるって事でいいのか……? 


 じゃあ――。

 ダーツの的の下。


 壁の一部分が内側へ倒れ、

 中から大量のコインが滑り落ちてくる。


 たぶん、九百枚あるんじゃないか……? 


 足下に、小さな山が積み上がる。


「なんだ、これ……」

 まるでカジノだ。

 この部屋は、いや、この家は、一体……。


 そしておれは、コインに触れる。


 すると、景色が一変した。


 いや、知っている風景ではある。

 単純に、自室からキッチンへ出ただけなのだが……。


「うん。もうそろそろ大丈夫だと思うよ」


 おれは――、

 上半身裸で、レイトリーフと向かい合う。


 そして、傷口を指で押された。


「痛い?」

「……いや、大丈夫だ」


 混乱する頭を使って、なんとか絞り出した。


 不思議に思われていないだろな?


「でもまだ安静。寝たきりじゃないけどね。

 筋トレとかならしても大丈夫だと思う。

 でも、あんまり無理をしないこと。

 また傷口が開いたらちゃんと私に言うこと――分かった?」


 顔を近づけ、レイトリーフの指先が、おれの鼻先を押す。


「分かった」


 ……知っている。


 この会話は、ついさっきも、したはずなんだ。

 ならよろしい、とまた同じく、妹と似た表情と仕草で、レイトリーフが言う。


「皿洗いは……」

 キッチンのシンクを見ると、洗っていない皿が溜まっていた。


「これからするよ。どうしたの? あっ、手伝ってくれるの?」


 嬉しそうに聞かれたら、断れない。


 しかし、良い機会かもしれないな。

 まずは色々と整理をしたい。

 考え事をしながらなにかをする時、皿洗いという作業は、ちょうどいい。


「よし、洗うぞー」


 そんな、変なテンションにも、レイトリーフはきちんと一緒にノッてくれている。


 さあ、おれの苦手な、頭脳労働だ。

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