第21話 コインの世界
「ラド!」
おチビちゃんが腕を組んで、風呂上りのおれを通路で止めた。
夕食を終え、それぞれが休息を取っているところだった。
結局、コロルとクマーシュは、別行動をしたまま一日を終え、別々の時間で帰ってきた。
時間差が、わずか数分だったのは、引き上げる時間は決めていたのかもしれない。
ともかく、おチビちゃんの通せんぼを、どうにかしなければ。
でないと自分の部屋に戻れない。
おれは首にかけたタオルで、拭き取り残した水分を拭い、
「いい加減、仲直りしようぜ。
じゃないとレイトリーフがストレスで倒れそうだ」
「それは、確かにありそうね……」
しかし、仲直りをする気はなさそうだった。
嫌われてるなー、クマーシュの奴。
これは好感度を上げるのに、相当、骨が折れるぞ。
「その件じゃなくて。
いや、そもそもその件はこれから先、一切、触れる機会なんてないから」
意地っ張り。なんとでも。
そんなやり取りをした後、
「わたしの部屋に入ったでしょ」
「入った、けど……駄目、なのか? 何度も入ってるぞ」
「何度もってのは初耳」
ウサギだけにか? いや、上手くないな……。
「入るのはいいけど、リュック、漁ったでしょ?」
……あ。
漏れた言葉に、コロルがぴくんと反応する。
……やばい。
当たり前だけど、怒ってる――そりゃそうだよ。
「わ、悪かった。ちょっと気になる事があって……」
「数えてみたら金額は同じだったから信じるけど……、
これからは信用できる人にリュックを預けるから」
それって……、誰、と言うまでもなく、レイトリーフしかいないか。
つまり、男子は信用できないと。
確かにリュックを漁ったおれも悪いが、レイトリーフも一緒に漁ったんだがなあ……。
知らないのか、知った上で、レイトリーフに頼むのか。
まあ仕方ないが、これであのお金の謎を解く事はできなくなったわけだ。
なぜなら原因のお金がない。だから、調べようもないのだ。
「……あれ?」
部屋に戻ろうと階段に足をかけたところで、コロルを呼び止める。
なに、と、首を振り向かせたコロルへ、
「本当に、金額が同じだったのか?」
「どういう……? ……、まさか、盗ってないよね?」
「盗賊に言われるとは……」
茶化すな、と強めに言われた。
なんでこいつはこんなに強気なんだよ……、イライラしてるんだろうなあ。
クマーシュ、早くなんとかしてくれよ……。
おれにもレイトリーフにも、当たりが強くなってきてるんだよ。
「盗ってない。絶対にだ」
「ラドは盗らないって分かるよ」
おれ『は』か。
おれじゃない誰かは盗りそうだと、そう言っているわけか。
それ、聞きたくなかったなあ。
「わたし、念入りに数えるから、たぶん間違いないと思う。
……でも、そこまで言われると気になる。もう一回だけ、調べてみる」
違くても、同じでも、教えてくれと伝え、
コロルを見送り、おれも部屋へ戻る。
なにかが分かりそうなんだ。
閃きそうなんだ。
クマーシュに聞かなくとも、おれにだって、
腕っぷし以外で結果を残せる事ができる気がする。
思考を諦めるな、突飛な想像も、否定するな。
そして、しばらくしてからコロルが部屋を訪ねてくる。
睡魔に負け、落ちかけていたおれは、扉が開かれた音で意識を引っ張り起こされた。
「早かったな」
「一時間以上も経ってるってば」
寝ぼけないで、と言われ、寝ていた事に気づく。
いつの間に……、まったく自覚がなかった。
「数えた。同じだったよ」
……そう、か。
「それで、気になる事は解決できた?」
「まあ、ちょっとは」
どうだろ、まだ分からないけど。
明日になってみたら、変化があるかもしれない。
「ん」
すると小さな袋を渡された。
「一応、取り分。全員分があるから、受け取って」
袋の中身は、コインが数十枚ほど入っていた。
さて、いくらだろう。
コインだから期待はしないでおこう……が、その気持ちは充分に嬉しい。
「全員分?」
「……あるよ」
そっか、と頷くと、
そそくさと、コロルが扉を開けて出ていこうとする。
閉める寸前で、
「人を嫌う方だって、疲れるんだから。あと、レイトリーフのためにも!」
ぱたん、と優しく閉められた扉を見つめ、おれは呟く。
「クマーシュ、お前、余計な事を言うんじゃねえぞ……」
このままいけば解決しそうだが、
あいつは綺麗にぶち壊しそうで、心配になってきた。
目が覚めた時、クマーシュとコロルの姿はもうなかった。
庭には光が差し込んでおり、朝になったのだと分かる。
あいつら、早い出発だな。
いや、おれが起きるのが遅いのか。
「おはよっ」
レイトリーフは上機嫌で、昨日の食材の余りで、簡単なサンドイッチを作ってくれた。
女の子のためのメニューだなあ。
おれはもっと、朝からガッツリ食べたかったんだけど。
しかし、食べ終わったら意外と満腹になった。
挟まっていたお肉の密度がぎゅうぎゅうで、一枚でも十枚分くらいのカロリーだ。
さすがは魔獣の肉。
レイトリーフはさり気なく、おれが起きてくるのを待っていてくれたらしい。
野菜だけを挟んだ、サンドイッチを口に運ぶ。
小さな口で少しずつ食べている。
こぼれたソースを指で拭って、ちゅぱっと吸った。
……って、見過ぎだ、おれ。
「野菜だけでお腹、空かないのか?」
おれは無理やり、意識を切り替える。
「朝からガッツリお肉なんて食べられないよー」
……ふーん、そういうもんなのか。
そういうものなのー、と、内容のない会話をしながら朝食を済ませ、
レイトリーフは鼻歌混じりに掃除をし、おれは二階へ上がる。
向かうのはコロルの部屋だ。
扉を開ける。
見慣れた空間。
一時的に借りているだけなので、模様替えなんてしていない。
部屋にその人の個性が出る事もないだろう。
コロルの部屋だが、面白味のない内装だ。
棚がいくつかあり、小さなベッドが置いてある。
おれの部屋とほとんど同じ。
ベッドが小さいのは、コロルの形に合わせて……、ではなく、偶然だろうな。
ともかく、おれは見つける。
無造作に置いてある、積まれたお金だ。
「……コロルのリュックは、ないんだよな」
昨日、移動させると言っていた。
たぶん、レイトリーフが知っているんだろうけど、そこはどうでもいい。
知りたいのは、ここに残っているお金……、これはコロルのものなのか?
「……見たぞ」
そして、決定的な瞬間を、おれは見た。
紙幣がいま、消え、コインが姿を現した。
十枚の百アルマ。
そして、その百アルマは、十枚の十アルマに増えていき、
最後は十枚の、一アルマになった。
ぽんぽんぽんっ、とテンポ良く変化していくコインは、
ほとんど一秒ほどで、その数を爆発的に増やしていった。
そして、一アルマが順々に消えていく。
規則性は……、まだ分からない。
数が増えていても、金額は減っている。
まだスッキリしない部分はあるが、それでも、一歩前進ってところか。
突然、動き出すコインも、これが原因なのだと納得できた。
音が鳴ったのもそうだ。
紙幣からコイン、コインからコインへ、両替される時の反動で転がったのだ。
積まれたコインの山の中、
コインが一枚でも二枚でも消えれば、均等になっていたバランスが崩れて、
コインが落ちるのもおかしくない。
おれはいつも動き出した後を、この目で見ていたんだ。
「なるほどなあ。良かったぜ、幽霊とかの怪奇現象とかじゃなくて」
ここは神獣による加護が効いている国じゃない。
ダンジョンだ。
悪霊は、だから至る所にいる。
呪い殺されたらたまったもんじゃない。
その予兆なのかもと思ったが、どうやらそうではないらしい。
このお金が減ったところで、おれたちに害はないのだから。
コロルは言っていた。
「金額は変わってないし……」
だから、おれたちのお金じゃないため、消えても損はない。
……しかし、そうなると、
「じゃあ、このお金は、誰のなんだ……?」
お前のなのか?
そう問いかけてみるが、壁にいるそいつは、音もなく姿を消した。
姿なんて誰にも見えていないんだけど。
「お前はなんで、ここにいるんだよ?」
お前の色に、黒はない。
悪意なんて、だから持っていないのだ。
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