第20話 消えて、現れる

 喧嘩中の二人を仲直りさせようとは思わなかった。

 二人の問題だし、口を出すと、さらに厄介な事になりそうだ。


 それから昼食後、クマーシュとコロルは、九層への入口を探すために再び外へ出かけた。

 どうせ二人きりだ、そこで進展があればいいが……。


 しかし、玄関の先では、

「わたしはこっち、あんたはそっちね」

「でも、一人になると危ないだろ」

「そりゃ危ないわよ、ダンジョンなんだから」


 それでもいかなきゃ先には進めないの、と、

 コロルがずんずんと進んでいってしまう。

 クマーシュは迷いながらも、反対方向へ歩き始めた。


 結局、二人きりじゃなくなってるじゃねえか……。

 仲直りする日は遠い……、しないまま別れるかもしれないな。


「仲裁した方がいいかな……」

「やめとけ。まあ、心配しなくても、大丈夫だと思うけどな」


 不安そうなレイトリーフに、おれは言ってやった。


「そろそろ、クマーシュも動くだろ」


 おれの言葉に安心感を抱いたのか、そっか、と、レイトリーフが緊張を解いた。

 心配で仕方がなかったらしい。

 もう、お母さんみたいだな。ほんと、年不相応で、大人びている。


「あ、コロルの奴、帽子を忘れてるじゃん」


 あの耳は隠さなくていいのだろうか。

 ダンジョンの中に入ってしまえば、隠す意味もあんまりないか。

 人と会う事も少ないだろうし。

 亜人だとばれないための変装だったらしいからな。


 レイトリーフは、汚れたコロルの服を洗濯していた。

 当然、クマーシュの服装は、そのまま。


 おれも午前中、外に出ただけじゃあ、服なんて洗わないし、

 そこはさすが女の子か……コロルはちゃっかりと着替えている。


 帽子を指でくるくると回しながら、二階へ。

 コロルの部屋だ。

 回した帽子をそのままフリスビーのように、リュックの上へ投げる。


「よし」

 上手く乗って、ガッツポーズ。


「…………」

 そういえば、さっき。


 ――コインが消えた。

 確かにおれは見たはずだが、まだ信じられない。

 リュックの近くに屈んで、積まれたコインを見る。

 紙幣を持ち、掲げ、ひらひらと観察してみる。


 透かしてみた。

 端っこの番号も見比べてみた。

 なんの変哲もない、ただの紙幣だ。


「消えるなんて、そんなの――」


 そこで、おれの目の前に突然コインが降ってきた。

 咄嗟に目をつぶるが、額や鼻に、コインの襲撃を喰らう。

 驚き、倒れ、コインが床を鳴らした。


「いっ、つう……」

 目頭を押さえる――くそっ、直撃したぞ……。


「なんだっつうんだよ……」

 落ちたコインが、辺りに転がっていた。


 全て集めて、またコインと紙幣の山に投げ入れ……、ちょっと待て――紙幣は。

 手に持っていた、紙幣は?


「ラドー? してないと思うけど、怪しいぞぅ」


 背中から声をかけられ、振り向くと、レイトリーフが立っていた。


「あれ? 洗濯してたんじゃ……」


「だいぶ前に終わったんだけど……、

 下でのんびりしてても、ラドがぜんぜん姿を見せないから、こうして探しにきたの。

 それで、なにしてるの?」


 おれと同じように屈むレイトリーフ。

 目線の位置が同じになる。


 彼女も、指を伸ばしてコインをつまむ。

 一般的な、よく見るコインだ。

 レイトリーフもそれには同意らしい。


「コロルの事だ、金額くらい、把握してそうだから盗んだりはしないよ。

 盗むと言えば、あいつの方だろう」


「コロちゃんはそんな事しない!」

「いや、だって、盗賊じゃん……」


 まあ、おれたちに向かって、そんな事はしないって意味だろうけど。

 しかし、盗賊に向かって盗みはしないと言い切るのも変な感じだ。


 変な感じと言えばだ……、


「けど、おかしな事はなにもないんだよな……」


「おかしな事? なにかあったの?」


 ああ、まあ――な、と言いかけたところで、

 足元にころころと音を立てながら転がるコインがあった。


 股を抜け、部屋の壁にぶつかる。

 くわんくわんと、残像を描きながら動いた後、

 コインは表を上にして、やっと動きを止めた。


「まただ。なにもしていないのに、コインが動くんだよ」

「……偶然じゃあ」

 と、そこでレイトリーフが、言葉を止める。


 偶然だろう、と言うとしたら、おれの方だろう。

 気にし過ぎだろ、と言い捨てるのは、いつだっておれの方だ。


 レイトリーフじゃない。

 だからおれが、これだけ気にしているって事は、

 つまり、ただ事じゃないのだと、レイトリーフも理解した。


 しかし、理解してくれたところで悪いけど、偶然で終わる場合だってある。


「それならそれでいいよ。なにもないのが一番なんだから」


 レイトリーフは両こぶしを握って、おれに突き出した。


「調べてみよう!」


 ……そうだな、と、おれも同じように拳を突き出し、こつんと合わせた。


 しかし、コロルのリュックから出したコインを一枚一枚、隅々まで見ても、

 おかしな点は見つからず、そもそもで、おれたちはなにを調べているのかも、

 実ははっきりしないまま、時間だけが過ぎていく。


 そして、日が落ちる。

 差し込む光が無くなり、辺りが暗くなったのだ。

 部屋の電気は自動で点いていた。なんでちょっとハイテクなんだよ。


「分からねえ」

 おかしな点の原因ではなく、なにがおかしいのかさえ、分からない。


 コインが勝手に動く、突然現れる、たまに消える……、

 おれが体験したのはそれくらいだ。

 ともかく、おれよりも疲弊が多いのは、レイトリーフだ。

 彼女はおれが体験したそれを、なに一つ、実際に目撃していない。


 つまり、不思議体験をしないままに調べていたわけで、

 モチベーション的に、おれよりもしんどいはずだ。


 おれはまだ、実際に体験しているから手が進むが、

 レイトリーフからすれば、おれが嘘をついている可能性だって捨て切れないわけで、

 この作業は無駄なのではないかと、心の隅では思っているはずだ。


 無意識でも。

 自覚なくともストレスとして、ゆっくりと内面をむしばむ。


 表には決して出さないし、それについて、おれに当たりもしない。

 それがレイトリーフ。自身を滅ぼしやすい天使だな。


「……見間違いなのか……?」


 おれはそう言って、後ろに倒れる。


 積まれたコインのベッドがあった。

 ――見間違いなら、その可能性はある。

 だが、実際に手に持っていたものが消えるその感触は、忘れられなかった。


「もういいよ、レイトリーフ」

「え、でも」

「疲れてる。もう休もう」


 ……うん、と分かりやすく落ち込んでいた。

 フードを被ったオレンジは、ブルーになって部屋を出る。


 さて、おれも下に降りよう。

 と、その前に。

 出した分のお金をリュックに戻しておこう。

 上から抱えて戻していくと、おれはその瞬間を見る。


「…………消えた」


 下に埋まっていたコインの一枚が消え、二枚、三枚と……続々と、

 ふっ、とあっけなく、消えていく。


 止まったかと思えば、少し距離を離したコインが消え、現象が動きを止めた。

 ……なんだ。

 なにかが分かりそうなんだが、分からない。


 下の方に埋まっていたコインが消え始めたと思いきや、


 次に、別の場所のコインが消え始めた。


 ランダムだ。

 リュックの中で、今もまだコインが消えているかもしれない。


 それに、まだ分からない部分がある。

 紙幣が消え、コインが現れたことだ。


 消えるだけじゃなくて、現れる。

 それは減りながらも、増えていく事を意味している。


 はずだ。

 ……ちっ、駄目だ、分からねえ。

 おれには難易度が高過ぎる。


 おれにはこのお金よりも、

 この家に潜むおれたち以外の気配の方が、解決できそうだ。

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