第19話 クマーシュの意地

「ラドには、妹がいるんだね」


「そう。足が不自由で、車いす生活をしているんだけどな。

 今は、メイドが付きっきりで面倒を見てくれてる。

 おれはそのメイドに払う報酬を稼ぐために、魔獣ハンターをしてるんだよ」


 そのため、金はあるだけ欲しい。

 金さえあれば、妹の足も治るかもしれないのだから。


「妹ちゃんは、いくつなの?」

「年齢か? あいつはいま、何歳だっけか……、十一、くらいかな」


「ふーん。で、私と似てるんだ。へえー、十一歳に見えるんだー?」

「いや、そういう似てるって事じゃないからな?」


 雰囲気だよ。

 あと、顔もちょっと似てる。

 笑った顔とか、そっくりなんだよなあ……。


「それを見て、ちょっと照れたよね? 

 妹ちゃんの事、そういう目で見てたり?」


「そういう目で見てないよ。妹は妹だ。おれの宝だよ。

 あいつには、幸せになってほしいと思うんだ――」


 あと両親も。

 右手と左手、手を繋いだまま、

 落石によって片手を潰された二人は、片腕を失ったまま、けれど生きている。

 いつまでも生きていてほしいと思うんだ。

 そのためにも、俺が稼がなくちゃならない。


「レイトリーフを見て照れたのは、普通にお前の顔が整っているから、で……」


 妹には似てるけど、それを抜きにしても、普通に可愛いんだよ、と、

 そこまで言う前に、レイトリーフが顔を真っ赤にさせ、

 見える桃色で、彼女の後ろの背景が分からない。


 そこまで照れられると、おれも恥ずかしいんだが……。


「か、かわいいって……」


 レイトリーフは、手袋をはめた手で顔を隠す。

 指の隙間から、ちらちらとこちらを窺った――まるで、小動物みたいだ。


「って、まだそこまで言ってないだろ!」

「い、言ってたよ! 思い切り、かわいいって連呼してたよっ!」


「おれまた声に出してた!? けど、連呼はしてないはずだ!」


 互いにパニックになっている。

 言いたい事を言い過ぎだ。


「とにかくだ。レイトリーフはなんだか妹に似ていて、放っておけないっていうか……、

 目で追っちゃうというか。そういうわけだから、勝手にどっかいったりはしないよ。

 なんなら、おれとチームでも組むか? 確か、トレジャーハンターなんだろ?」


「ふふんっ、どうでしょー?」


 まともに戻ったレイトリーフが、指を立て、唇に当てる。

 いや、なんでそこで隠すんだよ。


「女の子には秘密があるのだぞ」


 これまた妹と同じ事を……。

 じゃあ、そのセリフは一般的なものなのか。


「そっか。

 じゃあトレジャーハンターとか関係なく、おれとチームでも組むか? おれは大歓迎だ」


 隣に並んだまま、密着するほどの近さで、おれは手を伸ばす。

 目をぱちくりとさせ、レイトリーフは、微笑んだ。


「うん。一緒にいこう」


 手袋をはずしたレイトリーフの手を握る。


 その指は細くて、冷たい手だった。




 草むしりをしたおかげで、庭がすっきりした。

 バーベキューをするには、もう少し整理をする必要があるだろうけど……、


 それは明日や明後日にでもすればいい。


「しかし、そうなると、

 おれたちはどれだけこの家に泊まる事になるんだ……」


「ラドの怪我が治るまで!」


 中途半端に、治りかけのまま出たらまた傷が開いちゃうよ、とレイトリーフ。


 腰に手を当て、むー、と、じっとおれを見る。

 これは、完治するまで手放してはくれなさそうだ。


「一緒にいくんでしょ? だったら、ラドの体調は私が管理する」


 う。

 ありがたいけど、おれとしては拘束されているようで、伸び伸びできないな。

 妹に会わせたら、意気投合して二人して、おれのために世話を焼きそうだ。


 そこまで似なくていいのに……。


 庭に足を出して、ウッドデッキに座っていた時、後ろの扉が開いた。

 荒々しい開け方で、ああ、不機嫌なんだなあ、と分かる。


 ただいまも言わず、おれを見て、

「あ、もう大丈夫なんだ」

 と言ったのは、コロルだ。


「もう充分に動けるぞ」

「ラド……?」


「いや、まだダメだな。まだ、安静に近い状態じゃないとな」


 隣から聞こえた低い声に、慌てて訂正をする。

 元からあてにしていなかったように、コロルは、「ふうん」と流す。


「レイトリーフ、ごはん作ろ」

 あ、そっか、とレイトリーフが立ち上がった。


 そう言えば、草むしりに夢中になって忘れていたが、昼食を食べていなかった。

 コロルも同じだったらしい。なので、遅めの昼食になる。


「クマーシュはどうしたんだ?」

「は? 知らないよ」


 いや、一緒に出ていったんじゃないのか? 

 もしかして、途中ではぐれたか? もしくは、合意の上で別れたか。

 あいつ、戻ってこないわけじゃないよな……?


「喧嘩したのか?」

「……別に。してない」


 してるっぽいんだよなあ……、

 そして不愛想に、汚れた服を脱いで、ラフな格好に着替えるコロル。

 上を脱いだだけなので、おれが目を隠す必要もなかった。


 すると、遅れて扉が開き、クマーシュが現れた。


「あ、庭がきれいになってる」


 まずそこに気が付くのは、さすがクマーシュと言うべきだけど、

 今はそこよりも、コロルに気づいてほしい。


 たぶん、気づいていながら見て見ぬ振りをしているんだろうけど。

 これも、クマーシュらしく、目を背けている。


 関係ないと言わんばかりだった。


「レイトリーフ、ちょっと手伝ってくれるか? 持ってきた食材が多いんだ」


「あ、うん。いまいくね」


 すると、コロルが嫌味のように、


「女の子に手伝わせるのね。あの大荷物を――、しかも、か弱い女の子に」


 敵意を染み込ませた言い分に、クマーシュは、しかしいつも通りに答えた。


「男でも力が弱い奴はいるからな。

 俺はそっちの部類に入る。だから遠慮なく、助けを求めるよ」



 俺はそういう格好良い男じゃないからな、と。

 ……開き直ってるなあ。いっそ清々しいか。


「――あっそ」


 コロルとクマーシュを見て、真ん中でおろおろしているレイトリーフは、

 ここで、困った顔でおれを見る。

 確かに、どっちに声をかけても、良い方向には転びそうにないなあ。

 だからこそ、レイトリーフも動けなかったのだろう。


 コロルには、今なにを言っても火に油。

 クマーシュは、のれんに腕押しって感じか。


 とりあえず、クマーシュを手伝ってあげて、と視線で伝えると、彼女が頷いた。


 クマーシュとレイトリーフは、家の外にある食材を取りに戻る。

 扉が閉まってから、コロルは主張を強めに、


「だっさい男」


 と言う。


 クマーシュは、まあそう見えるだろうな。

 分かりにくい強さを持っている上に、

 自分の強さを言わず、伝えず、見せずって、スタンスだからな。

 コロルが勘違いしていてもおかしくはない。


 そして厄介な事に。


「……あの、ラド」

 もじもじしながら、コロルはおれを見る。


 帽子を深めに被り直して、口元だけが見えた。


「あり、がと」


 ……助けてくれて、と続いた。

 思った通りに、コロルは勘違いしてるな……。


 それは、あのレックスたち、

 モンスターズ・ドットコムから助けたことを言っているのだろう。

 ……それは、おれじゃない、とは、しかし、言い切れない。


 コロルを助けたのはクマーシュだ。

 救い出した、という意味で。

 おれは、貫かれそうになったクマーシュと、背負っていたコロルを守った、と言える。

 だからコロルの感謝も、まったくの見当違いじゃあ、ないのだけども。


「おれが救い出したと思われて、

 クマーシュがなにもしていないって事になってるんだよな……」


 クマーシュの手柄が、全ておれに移動している。

 あいつ自身がそう仕組んで――。


 計画通りではないにせよ、面倒な部分をおれに押し付けているのだ。

 いらないのにさあ……。

 あいつがおれに、

 このままでいてくれと頼まなければ、すぐにでも明かしているところだ。


「……どういたしまして」


 心苦しいが、ありがとうと言われたら、こう返すと教わっている。


「で、クマーシュとなにがあった? 

 いや、クマーシュは、なにをしたんだ?」


 なにかをするとは思えないが。

 真実、その通りらしく、


「わたしには、なにもしてないよ」


 コロルは目を逸らした……意外な反応だな。


「まあ、基本的に、なにもしていないかな。

 後ろ向きな発言で士気を下げられるのがムカついただけ。

 一言目には『無理』、二言目には『別のにしよう』、

 こっちが考えて意見を言っても、まずは『不可能』って。

 悪い方向に物事を考え過ぎて――もううんざり!」


 ああ……、クマーシュだなあ。

 リスクをまず潰そうとしているんだろうけど、

 確かに、淡々と言われたらやる気がなくなる。


 それが毎回となると、チャンスを棒に振っているようで、ストレスになる。

 しかもクマーシュの言い分は、否定できない。

 今のところは最善だと思えてしまうからなあ。


 ガツガツ前に進むコロルと、

 下準備を怠らないクマーシュでは、相性は合わなかったか……。

 分かりやすい、すごいところを、あいつは見せないから、誤解をされやすい。

 しかしコロルは、クマーシュのやり方に理解があると思っていたけど、意外だった。


 おれみたいな力バカじゃないんだし。


「そうだけど、あそこまで足踏みはしないよ。

 時には危険と分かっていても突っ込まなくちゃいけない時だってあるの。

 なのに、あいつはそれをしないで、うだうだぐだぐだ……っ」


 あーもうっ! 叫んだコロルは、ぴんっ! と耳を立たせ、帽子を飛ばす。


 怒りが爆発した!


 まずいな……、口止めされているけど、

 これ以上、クマーシュが誤解されるのはがまんできない。

 あいつだってすごいんだ――あいつこそが、すごいんだ!


「コロル、実はクマーシュは――」


 そこで、扉が開いた。

 食材を持つ、クマーシュとレイトリーフだ。


「ラド。食材を分けて、しまうことはできるか? 

 ほら、怪我の具合の感じ的に」


「……あ、ああ――、余裕だ」


 床に、食材を入れたカゴを置く。

 おれがそのカゴの中身を見ようと屈んだところで、


「言わなくていい」


 聞かれていた。

 あそこまで大声だったら、分かるか。


「……誤解されたまんまだぞ。

 お前が助けたがっていた、コロルに、嫌われるぞ!」


「あとから言った方が、男らしくないと思うけどな。

 いいんだよ、これで。俺は満足。

 それに、俺はコロルだけじゃなくて、レイトリーフも助けたかった。

 助けた事を、これでもかって主張する事もないし、そっちの方が、だっさい」


 狙ったのか、だっさいの言い方が、コロルとまったく同じだった。


「さて、まだまだあるから、運んでくるよ」

 言って、クマーシュは立ち上がる。


 レイトリーフも慌ててついていき、再びおれとコロル、二人きりになった。


 ……ったく、涼しそうな顔をしやがって。


 お前、おれでも分かるくらい、落ち込んでんじゃねえか。

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