第18話 ラドとレイトリーフ その2

「うん、昨日よりは良くなってきたか……」


 ベッドから体を起こし、上体を捻ってみる、

 鈍い痛みは確かにあるが……昨日ほど酷いわけではない。


 ここまで回復したのも、昨日の夕食のおかげかもしれない。

 クマーシュとコロルが獲ってきてくれた魔獣の肉はとても美味で、何度もおかわりをした。

 それが体の回復を助けてくれたのか……。


 ただ、たくさん食べたせいで保存する分もなくなってしまい、

 ぷんすかとコロルが怒っていたが、レイトリーフがなんとかなだめてくれた。


 そして、今日もまたクマーシュとコロルは外へ出ている。

 九層への入口は、昨日の様子からすると見つけられなかったのだろう。

 そろそろ、おれも活動を再開して、あいつらに貢献しなくちゃな。

 ずっと尽されていたら、落ち着かない。

 いくら怪我人でも、やれる事があるはずだ。


 下半身をしっかりとズボンで隠し(元々だ――おれは裸族じゃない)、

 ベッドを下りて部屋を出る。

 出て、すぐにキッチンがあり、隣の玄関に繋がる通路には、トイレや風呂がある。

 内装はレンガ造りの、一般的な一軒家って感じだ。


 おれの家も、もうちょっと広いけど、まあこんな感じだった。

 そのため、安心感がある。


「レイトリーフ?」


 呼びかけたが、声がしない。

 いない? 階段を上がって二階へ。

 部屋が二つあったが、どちらにも彼女の姿がなかった。


「あれ?」

 レイトリーフの姿が見えない。


 見つけた窓を開け、外を見回す。

 石壁の天井に空いている穴から差し込む光が、庭を照らしている。

 スポットライトのように注目を集めていたのは、レイトリーフだ。


 庭で屈み、生い茂る雑草を抜いていた。

 フードの代わりに麦わら帽子を被り、はめた手袋で額の汗を拭う。


「……健康的なおばあちゃんみたいだな」


 立ち上る蒸気のように、赤色が薄っすら見えた気がしたが……、

 まさか聞こえてないよな……?


 良かった、いるのなら安心した。

 おれは下に降りようと、部屋を出る。


「……ん?」


 その時、コインの音がした――振り向いてみたが……ふむ。


 コロルの荷物……だろう。

 膨らんだリュック、その後ろに入り切らなかった、コインと紙幣が積まれてあった。

 昨日の探索で、まさかこんなに……。


 不用心にも思えるが、ここに放置するくらい、

 おれたちの事は信用してくれているのか、と分かってしまう。

 嬉しいが、それをあいつには見抜かれないようにしないとな。


 すると、コインが転がってくる。

 テキトーに積んでいるから、バランスが崩れたのだろう。

 まったく、整理整頓ができてないぜ――人の事も言えないが。


 転がったコインを回収して、同じように積んでおく。

 つまり、同じ事が起こるかもしれないが、これは仕方ないのだ。


 と、諦めるのも、

 さすがに目の前で起こってからは、なかなかできない。


「やれやれ」

 積まれた山から落ちたコインを拾い、バランス良く積もうとして――、


「……どこいった?」

 持っていたコインの感触が、さっぱりと消えた。



「――にゃんで!?」

「動揺し過ぎ」


 おれが声をかけると、レイトリーフは驚き……過ぎて、

 手に持っていた、抜いた雑草を放り投げる。

 紙吹雪みたいに雑草を浴びるレイトリーフは、緑だらけで葉っぱ臭い。


 ぺっぺっ、と口に入ったのか、苦そうな顔をする。


 おれは彼女の帽子や肩に乗っかった雑草を取りながら、

「手伝うよ」


「だ、ダメだよ! ラドは安静にしてないと!」


「こうして動けてるんだし、胸の傷に巻いた包帯も赤くなってないだろ?」


 服をめくり上げる。

 レイトリーフは、「確かにそうだけど、でも――」と、

 まだおれを動かしたくないらしく、理由を探していたが、


 なるほど、とおれが納得できるような理由は、遂に出てこなかった。


 というか、

「あんまりベッドで寝た切りだと、おれがおかしくなりそうだ」


 適度に動いていないとな、やっぱり。

 さすがに激しい動きは自粛するけど、雑草抜きくらいならできるだろ。


「でも、意外と大変なんだよ? 怪我人ならもっとしんどいかも」

「しんどいくらいで、おれはちょうどいいよ」


 それにたぶん、しんどくはならないと思う。

 隣に誰かいてくれるっていうのは、とても助かるから。


 しばらく二人で雑草抜きをする。

 たまにおれがバランスを崩すと、レイトリーフがすかさず支えてくれる。


「おう、悪いな」

「そこはありがとうでいいんだよ」


 言って、すぐに作業を再開する。


 自然に助けてくれる。

 身構えた様子もなく、目に入ったから、って感じで。

 それにしても、ずっと支えられている気がするけど、

 もしかして常に見ているのか、おれの事を。


 気を遣い過ぎな気もするけどな。


「……暑いね」

「そうか? おれはあったかいって感じだけど」


 始めた時間の問題だろう。

 さっき始めたばかりのおれは、まだこの日向ひなたに出てきて、そう時間が経っていない。

 ぽかぽかと暖かいままだ。


 だが、レイトリーフは違う。

 いつからやっているのかは知らないけど、

 ここでずっと作業をしていれば、暑くなるのは当然だろう。

 大粒の汗が流れているところを見ると、短い時間ではなさそうだ。


 ぽた、と汗が滴り落ちる。


「大丈夫か? というか、なんで突然、雑草抜きなんて。

 誰の家かも分からないんだから、手入れなんてしなくてもいいだろうに」


「いやあ、手入れをして、

 ここでバーベキューでもできたらいいなー、って思って」


 ……それだけ?


「うん。そうだよ」

 口と一緒に、手も動かす。


「じゃあ、みんなでやればいいじゃん。なんでわざわざ一人で」


「いや、でも、ただ私がやりたいだけで、

 みんなを付き合わせるのはなんだかなー、って思って。

 迷惑じゃないかなーって。あとは、うん、サプライズ!」


 最後のは土壇場で、それっぽく、でっち上げたんだろうなあ。

 ……仲良くしてくれてるのは分かるけど、なんだか壁を感じる。


 コロルやクマーシュとは、対立したからこそ今では仲間だと言えるけど、

 レイトリーフだけは、なんだかそういう感じじゃない。


 こっちからしても、踏み込みにくいってのもある。

 向こうの怯えも、ひしひしと感じてしまう時も、多々あるのだ。


「……なにに怯えてんだ……?」


 おれたちが怖い? 

 いや、そんなわけがない。


 壁を感じてはいるけど、仲は良いはずだ。

 怖いから機嫌を損ねないように気を遣っている、って感じじゃない。


 いや……、仲が良いからこそ。

 これが崩れるのを怖がって、気を遣っている?


「ふえ?」

 レイトリーフの声だった。


「どうした? もしかしておれ、声に出してたか?」

 うん、と頷くレイトリーフ。


 そうか、完全に無意識だったな。

 でもまあ、ちょうどいいや。このまま直球で聞いてしまおう。


「で、そういうことなの?」

「な、なにが?」


「もしかして、嫌われたくないから気を遣ってるの?」


 気配りができたり、みんなを楽しませようとしたり、

 喧嘩の仲裁をしたり、意見をまとめたり……停滞した空気を打破しようとしたり。


 自分だけじゃなくて、他人から他人への評価も気にしている。

 周りに目がいき過ぎてる。

 そんなんじゃあ、疲れて、レイトリーフが倒れそうだ。


「だとしたら考え過ぎだと思うけどな。嫌うわけがないし、崩れも……」


 しない、とは言い切れないか。

 何度も崩れて、積み直して、チームというのは出来上がっていくのだと思う。

 同業者の体験談から抜粋だ。


「崩れてもまた組み直せばいい。簡単な事だ。

 おれが保証するけど、クマーシュは大丈夫だと思うぞ。

 あいつはこの空間を気に入っているっぽい。

 ただ、コロルは分からないなあ。あいつはすんなりと出ていきそうだがな」


「……ラドは?」


 初めて、レイトリーフが手を止めた。

 抜いた雑草を握り締めたままだった。


「ラドも、すぐにどこかにいっちゃうんでしょ?」


 その時、

 おれがどうしてレイトリーフのことが妙に気になってしまうのか、理由が分かった。


 おれの看病をしてくれた、いつも世話を焼いてくれる、

 だから目で追ってしまうのかも、と思っていたが、元を辿れば始まりはおれなのだ。


 竜の巣で、おれはレイトリーフを見つけ、助けた。

 じゃあなぜ、そこでおれは助けたのかと理由を探せば、特にない――本当に。


 でも、見つけてしまったらとりあえず助けるだろ。

 それが当たり前じゃないのか? 

 だって、放っておくのは、心にしこりが残って落ち着かない。


 しかしまあ、これはある程度の強さを持つ者が言えることだ――、

 と、クマーシュなら言いそうだ……確かにな。


 困っている人を助けるのに、理由はいらない。

 しかし、言い方は悪いが、もしも相手がレイトリーフほど顔が整っていなければ? 

 頑張れば自分でどうにかできそうな屈強な男だったら……?


 わざわざ、危険を冒してまで助けようとは思わないかもしれない。

 おれだって、咄嗟に動きが止まるかもしれない。


 レイトリーフだから助けた。

 顔を見て? それもあるかもしれない。


 しかし、まずは彼女の持つその雰囲気を感じた。

 助けたいと思う、おれにとっては身近な空気をまとっていた。


 レイトリーフは、おれが最も大切にしているものに、似ていたのだった。

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