第17話 ラドとレイトリーフ その1

 そんな情報を、ふと、思い出したのだ。

 噂、だったかもしれないが。


 兎人の耳を持つ、小さな盗賊。

 身軽な動きで精神的にも物理的にも素早く懐に入り、

 金目のものを奪って、逃走していく――まるで風のような手際。


 すぐに分からなかったのは、帽子を被って耳を隠していたからか。


 お尋ね者として有名なので、つまり悪事の全ても広まっている。

 それをおれたちが抱えているというのは、不安で仕方ないけど。


「大丈夫だよ、コロちゃんは」

 レイトリーフは優しく微笑んだ。


「コロちゃんと話してみて、悪い子じゃないって、ラドも分かってるでしょ? 

 コロちゃんは悪人からしか奪わない。あとは、自分に敵意のある人、とか。

 私達は違うもん。コロちゃんをどうこうしないし。

 それに、コロちゃんは命を救われたの――ラドに」


 おれに。


 ……違う。


 コロルを救ったのは、クマーシュだ。

 敵の本拠地で、敵の全てを壊滅させようとして、作戦を組んだのはあいつだし、

 それをほとんど達成させたのも、あいつだ。

 おれは、囮になっただけだ。

 庇っただけだ。頭を使わないで、体を張っただけだ――。


「充分だよ」


 レイトリーフの手が伸びる。

 ぽふっ、と、頭に置かれた。


「偉い偉い。痛いと分かって体を張って庇うって、あんまりできないよ?」


「自然と体が動いてたんだ。もしかしたら、おれが、マゾなだけかもしれない」


「じゃあ、もしもラドが死んだら、自縛霊だね」

 そんな冗談めかした言葉を返された。


 黙っていると、

「い、いや、死んじゃ駄目だからねっ!?」


 そんなの、分かってるよ。


「……おれは今回、なにもできなかった事を悔んでる。

 許せないって、自分で自分を殴りたい気分だ」


 できれば馬乗りになって、ボコボコにしたい。

 罵倒を浴びせながら、気が済むまで。


 そしてスッキリしたら、もっと強くなってやる。

 今回みたいな、まったく手も足も出ないなんて事にならないように。


「あれ? 慰めようとしたら、もう立ち直ってる?」


「おれは落ち込んじゃいないぜ、レイトリーフ。

 許せなかっただけだ――ムカついたんだよ、おれ自身に」


 だからレイトリーフ……。

「おれを、罵倒しろ!」

「……え?」


 顔が青ざめ、うっ、と引き気味のレイトリーフ。

 感情の色が紫……、それは恐怖だ。

 おい、なんで怖がってるんだ、おれを見て!


「いや、だって……」

「だー、もうっ! 今の話、聞いてたか!? 

 別に、おれの趣味じゃねえよ、不甲斐ないおれを痛めつけて、一皮剥けさせてくれって話だ。

 そのためには女の子に罵倒されるのが、一番なんだよ!!」


「いや、ごめん、理解できない」


 理解できなくていいよこの際! 

 いいから! じゃないと、おれが立ち直れない……っ。


「うう……分かったよ。

 言う、言うから、無理に体を起こさないでっ! また傷が開いちゃう!」


 おっと、そうだった。

 上半身をふかふかベッドに沈めさせる……ふう、これが楽な体勢だ。


「下半身がすーすーするな。そういや、穿いてないんだったな……」


 すると、レイトリーフがほんのりと頬を赤らめ、

 しかし、感情は桃色……っぽい?


「なんで照れてるの?」

「な、なんでもないよ!」


 両手をぶんぶん振って誤魔化す。

 ……さては、おれの下半身を見たか。


 おれが下半身って言ったから、その時の事を思い出したり……、

 まあ、さすがにしていないか。


 とにかく、今はそれよりも、おれの気が済むまで罵倒してくれって。


「えー。……本当に言わないと駄目なの……?」


 駄目だ。

 じゃないとおれは、前に進めない。


「それ、便利な言葉じゃないからね……?」


 もう、しょうがないなあ、と、レイトリーフが納得してくれた。


「こういう事、本当はしたくないんだからね。

 だって、人の悪口を言うなんて、なんか可哀想って思うし、悪いし……」


「おれが言わせてるんだから、それくらい理解してる。大丈夫だ、どんとこいっ」


「なら……うん、分かった。頑張って罵倒するね!」


 今更だが、すげえ言葉だな、それも。


 ともかく、情けないおれをぶちのめしてくれ。

 思う存分、貶し殺せ。


「……が、小さい」


 あ、今、照れの中に微かな悪意があった。


 そして、レイトリーフの本性が、徐々に顔を出してくる。

 腕を組み、足を上げ、ベッドの上にどすんと乗せる。

 寝転ぶおれを、見下しながら――、


「小さくて、情けないねー!」

「視線が完全に下半身だ!」


 こいつ、しっかりと見て、チェックしてるじゃねえか!



 大声で罵倒され、もっと、もっとだ! 

 と叫んでいるのを聞かれたおれたちは――、怒られた。


「特殊なプレイをしないでくれる? 家の外まで聞こえたんだけど……」


 ベッドの上で正座する、おれとレイトリーフ。

 目の前には目線の高さが同じくらいの、コロルが仁王立ちしている。

 目が冷たい……、冷静に怒ってるなあ。


「せ、説明の二度目はいる……いりますか?」


「いらない。さっき理解した。

 理解したけど、あんたたち、途中から互いに楽しんでたでしょ」


 おれとレイトリーフは、びくうっ、と体を反応させる。

 途中から、確かに叫んでいるから、色々と晒け出してしまっていた。

 気分がハイになって、ちょっと興奮していたのもある。


「こ、興奮してたの!?」

「テンションが上がっただけだっての」


 お前が考えているような事じゃないからな?


「こそこそとうるさいなあ」


 ああっ! こいつは耳が良いんだった。

 内緒話の意味がなくなったぞ……っ。


「まあ、わたしが止めるのもおかしな話だからしないけど、

 あんまり、わたしたちが外出中の時に変な事をしないでね。

 帰ってきた時、わたしとあいつ……、

 クマーシュの間に流れる変な空気……、もうあんなのごめんだから」


 ふんっ、と言い残し、扉を閉めて出ていくコロル。

 うーむ、機嫌があまり良くないらしい。

 クマーシュが失敗でもしたか? 

 あの感じだと、あいつ、コロルを助けたのが自分だと言っていないっぽいな。


 手柄をおれに押し付けるそれは、なんて嫌がらせなんだ、まったく。

 おれへの礼だとしたらいらない――見合わない出世なんて、プライドが許さないからな。


「ラド……」

「ん?」


「もう、いい? 罵倒しなくて、いい……?」

「……うん、サンキュ」


「じゃあ、私はラドの、力になれたのかな?」


 そりゃもちろん。

 そう答えると、レイトリーフは、花が咲いたような笑顔を見せた。

 喜びの色は、桃色と、黄色――、心の底から嬉しいと思ってくれている。


 おれの前では、感情に嘘はつけないのだ。

 だからこそ、好意の真意までもが分かってしまって、

 それだけはこの力にオンオフがあればいいのになあ、と、ひたすらに願う。


 ちくしょう。

 おれのストライクゾーンは年上なのに……、

 彼女のそんな笑顔に、思わず惚れそうになった。

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