第15話 ナワバリ荒らし
ああそうかい、なら――と、
相手の言葉の途中で、俺は駆け出し、相手に近づく。
不意を突かれたレックスは驚いていたが、しかし冷静に。
背後を取ろうとした俺を、尻尾で叩く。
防御は完璧だ――だが痛い。
尻尾を地面に叩きつけ――バチンっ、と、破裂したような音が響く。
「こっちにもやる事があるんだよ、邪魔すんな。
持っていきたきゃ勝手に持っていけよ、俺が欲しいのはこいつ自体じゃねえんだ」
「そんな嘘に、誰が引っかかるか……」
「面倒くさいヤツだな、嘘じゃねえってのに」
ああもちろん、それは知っている。
だからこれは時間稼ぎだ。
ラドが必死に時間を稼いでいる間に、俺も時間を稼ぐという、
なんだか、二人の首を絞めているようなものだが――必要な事だ。
カバンはなくなったが、必要なものは身に着けている。
爪のついたロープも、ベルトのようにして腰に回している。
それと同じで、ナイフもズボンの内側に収納しているのだ。
それを取り出した。
思い出の品、ではない。
替えの利く、量産品。
俺の人殺しナイフは、あの孤児院に埋めてある。
ナイフを構える。
それを見て、レックスの方も冗談ではなくなったようだ。
「口で言って分からないなら、もういいよ。ちゃちゃっと埋めてやる」
目立たなかった鋭い爪が、俺に狙いを定めた。
ナイフ一本に比べ、相手はナイフよりも切れ味の鋭いものを、十本も持っている。
うお……っ、懐に入ってくるのが、早い。
ぬるり、と滑りの良いカーブを曲がるような、奇妙な動きだった。
まるで、化かされているみたいだ。
なんとか、相手の爪をナイフ一本で弾く事ができたが、長くは続かない。
近づかれた分、下がって距離を保つけど、
その距離をたったの一歩で潰してくる。
相手の、長身のアドバンテージ。
真っ直ぐ伸ばすと、長い足が間合いの余裕を取らせてくれない。
「くそっ」
爪を警戒し過ぎていた。
長い足だと描写しておきながら、可能性の端っこにもなかった。
伸びた足が俺の腹を蹴り飛ばす。
一気に壁へ追いやられ、激突する。
それでもナイフを離さなかったのは、コロルがリュックを離さなかったのと同じことか。
いや、ナイフにも、持つ事にも、こだわりも意地もないけど。
それでも才能はある。
望んではいないが、持ってしまっているのだ。
「クマッシュ!」
「……出て、くるな……」
顔を出したレイトリーフは、レックスと目が合い、怯えた様子だったが、
しかし、俺の元へ駆け寄ってきた。
そっか……、意外に早かったのか。
隣では、レイトリーフが大丈夫かと、何度も何度も声をかけてくれる。
俺はレックスをひたすら睨み付ける。
「なんだよ、お前の女かよ。
これじゃあ俺が悪いみたいじゃねえか……、勘弁してくれや」
「お前が……」
「俺が欲しいのは荷物であり、女じゃねえ。
もういちど言う。これは最後のチャンスだ。
女なんてくれてやる。さっさと連れて、出ていけ」
俺に関わるな――、
そう言って、レックスはコロルのリュックから、
金を移し替える作業に戻ろうとする。
「……分かった。こっちも、金なんていらない。それよりも、コロルの方が大事だ」
「当たり前だ」
そう言い残し、レックスはコロルのカバンの中からコインと紙幣を取り出した。
俺はしばらくしてから、ゆっくりと体を起こす。
蹴られた場所の痛みはあるが、がまんできる痛みだ。
レックスのこれまでの攻撃も、
普通に、勝つために戦っていれば、間違いなく致命傷になっていたが、
防御に専念していたからこそ、大した怪我にはなっていない。
レイトリーフと共に立ち上がったと同時、入口には新しい足音。
――二体のレックス。
それを見た、金を詰めているレックスは――、
口を開け、呆然とした表情を浮かべている。
お金は山分けのはずだ。
それはこのアジトの中で取り決められたルールのはずだ。
しかし、レックスの一体は、それを破っていた。
では、それを見た他のレックスは、まず、どう思うか。
これもこれで賭けではある。
一緒になって抜け駆けをしてしまったら……。
まあ、それはそれで、コロルを救い出せる事はできるが。
つまり目的、第一は達成できる。
困った事に、囮になっているラドを救い、逃げ出すのは困難になるが。
しかし、俺がその賭けに勝ったのならば。
そう、こうなるはずだ。
「裏切り者……、裏切り者だ――――ッ!」
部屋に入ってきたレックスの一体が叫ぶ。
その声量は、アジト全体に響いた。
あみだくじだからこそ、音と情報は、一気に全体へ広がっていく。
そして、感覚器官が鋭いレックスたちは、発信源がどこかなど、簡単に観測できる。
一か所に集まっているはず(ラドの囮のせいで)のレックスたちは、
ほとんどまとまって、ここにやってくるだろう。
今からここは戦場になる。
仲間割れが起こり、裏切り者が吊し上げられ、
混乱に乗じて、抜け駆けをする者も出てくるだろう。
俺はレックスには勝てない。
だから、レックスには、レックスを当てる。
どちらか片方ではなく、
あわよくば両方くたばってくれれば、それが一番良いのだ。
「お前ら、待て、誤解だ!」
「なにが誤解だ、思い切り金を持っていこうとしてんじゃねえか!
全員が欲しいんだ、金が――お前だけが戻れると思うなよ!」
――言い合いから、
やがて、他のレックスも姿を現す。
黒い体と赤い瞳が、この部屋に大量に入ってくる。
抜け駆けをしようとしていたレックスは、既にもみくちゃにされ、
奥の方でレックスの固まりの中に沈んでいる。
というか、全員が同じ姿なので、誰がどれだか分からなかった。
混乱に紛れ、コロルを背負って逃げる。
大事そうにしていたリュックの中身は、全て奴らに渡し、
さっさとこの部屋から出る事にする。
すし詰め状態になっている部屋から、なんとか脱出でき、隣を見る。
レイトリーフも、きちんと手を繋いだままだった。
「コロちゃん、まだ寝てるんだね……」
「こんだけ大変な思いをして、すやすや寝やがって……。
ただ、レイトリーフよりは、いびきは静かだな」
「なっ! 私、いびきなんてかかないもん!」
まあ、本人は知らないだろうしな。
ぜったい嘘! と認めないレイトリーフは、ぐちぐち言うが、
あまり冗談を本気にしないでほしい。
いびきはなかったけど、でも、寝言はあったぞ?
「一件落着か?」
「ッ!」
後ろの声に反応し、すぐに振り向いたら、尻尾の一撃が俺の足を叩く。
膝を着くが、意地でも、コロルだけは離さない。
「……なんで、ここに」
いや、分かる。
働きアリの法則だ。
二対六対二。
全員がよく働くエリートだとしても、
必ず二割はよく働き、六割は普通に働き、二割はサボるという統計である。
つまり、目の前のレックスたち、数体は、二割のサボりの部類なのだろう。
ラドの囮の時も、俺はこの法則を使い、仲間割れを起こした。
ラドの囮に反応しない者が必ずいるだろうと思い、
抜け駆けしているレックスをあえて見せる事で、この騒ぎを作り出した。
さっき、利用したものが、まさかすぐに牙を剥いて襲ってくるとは思わなかった。
「金も欲しいが、女も欲しい。
お前はいらねえが、その背中の子と後ろの子は貰っていくぞ」
お前は死ね、と、
ナイフよりも鋭利で長い爪が、一直線に俺へ向かってくる。
レイトリーフが動くが、遅い。
すぐ背中のコロルを落とす……、
仕方ない、俺が貫かれたら、コロルも巻き添えになる。
だが俺も、コロルも、貫かれる事はなかった。
目の前に見える爪の先っぽから、滴る血が俺の頬に垂れてくる。
間一髪だった。
俺は。
しかし――貫かれたラドは、致命傷だ。
「――ラド!」
「……なに、これ」
起きたコロルは、状況だけを見て、放心している。
コロルに手を貸している余裕はなかった。
爪を引き抜かれたラドは、膝を着き、俺の方へ倒れてくる。
受け止めた瞬間、ラドの胸から、大量の血が流れ出てくる。
さっきといま、流した血の量が、本当にまずい……。
「や、やめろ……ちが、違うんだよ!」
そして、なぜかレックスは怯えた様子で、
いや、失望されるのがショックみたいな様子で、全員が背を向けて、
どうしてか、逃げ出していった。
……俺、じゃないよな?
振り向けば、コロルを介護するレイトリーフしかいない。
オレンジの彼女と、目が合う。
「う、うあ……ラドが、血が、たくさん出てて……っっ」
「コロル――大丈夫。絶対に、ラドのことを、助けるんだから」
袖をまくり、握りこぶしを作るレイトリーフの姿は、なんとも頼もしい。
ずっと被っていたオレンジ色のフードは、今の騒ぎの中で、取れていた。
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