第14話 レックスのナワバリへ その2

 目的の場所に辿り着き、恐る恐る中に入ってみると、

 腕を後ろで縛られ、寝転ぶレイトリーフがいた。


 ここで一目散に駆け寄る喜びよりも、

 広くはないが、人一人だけが放置されていると、

 空きスペースが多いと感じるこの部屋の罠を警戒してしまう気持ちの方が強かった。


 地面、天井、壁……、

 レイトリーフ自体が罠の可能性もある。


 駆け寄ったら扉が閉まって……、

 周囲のレックスが集まってくる、とか、ありそうな気もする。


 ……足踏みが続く。

 いくしかないか。


 嫌な考えが思いついても、対策は思いつかない。

 なら、もういってしまおう。


「……罠、ないのかよ」


 いや、まだ分からない。

 横になって、すぅすぅと寝息を立てるレイトリーフの肩を叩く。

 揺さぶる。

 でも、ぜんぜん起きずに、むにゃむにゃと寝言を言っているので、頬を引っ張った。


「ひたいひたい……ぐー、すやすや」

「本物だ……」


 返事をもらってはいないが、もう分かった。

 この能天気な感じは、レイトリーフだ。

 やっと、安堵の溜息を吐く事ができた……、緊張が抜ける。


「……ったく、のんびり、寝やがって」


 こっちはこれまで大変だったのに。

 そういう不満を込めて、レイトリーフの両頬を引っ張る事で発散した。



「うぅ……、まだほっぺたが痛いよ……、これはほっぺたが落ちるかも」


「美味しいものでも食べたの?」


 レイトリーフを救出し、部屋から出て再び、

 あみだくじの形をしたアジトを探索。

 両頬を押さえるオレンジ色は、俺を恨んだような視線で見てくる。


 睨んでいないだけ良かったけど……。


「クマッシュ、なんか変わった?」

「変わってないよ。姿も名前も。さっきと一緒」

「口調が変わってると思う」


 まあね、と面倒そうに相槌を返す。


「本領発揮?」

「本性……かな?」


 仮面がはずれたって感じだからね。

 さっきと比べると、いくらか攻撃的な口調になっているかもしれない。

 もしかしたら、怖がらせてしまっているか?


「ううん。そんなことないよ。

 誰かのために周りを警戒している時は、さっきのクマッシュも今のクマッシュも一緒だよ。

 確かに変わったけど、本質は変わってない」


 だから安心っ。

 と、レイトリーフは、そして俺の腕を抱きしめてくる。

 だから、近いんだよ……、それにこれ、歩きにくいし。


「っ! レイトリーフ、壁の窪みに入れ!!」

「わぷっ!?」


 肩で押して窪みの奥へ。

 暗がりを利用して、通路先から走ってくるレックスから隠れる。

 通り過ぎていった――、無事に、ばれる事はなかったようだ。


「……今、侵入者を迎撃って、言ってたよな……」

「うん。ラド、だよね?」


 レイトリーフには、ラドが囮になってくれている、と伝えている。

 嫌な予感は、言わずとも、互いに共有ができた。


 身長の差がほとんどない俺たちは向き合い、見つめ合う形になる。

 そんな状況よりも、ラドへの心配が思考を占める。


「クマッシュ、ラドを……!」


「いいや、助けない」


 クマッシュッ! と、目の前で頼まれても、これだけは譲れない。

 レイトリーフを助ける事ができた。

 だが、それだけを土産にして帰れば、俺がラドにボコボコにされる。


「あいつはいま、七体以上、

 もしかしたら倍以上の数を相手にしているかもしれない。

 囮だ……、それがあいつの仕事なんだ。

 俺たちは、あいつの頑張りが報われるように、がら空きになったこのアジトから、

 コロルを助け出さなければいけない――ラドを助けるよりも、まずは!」


 俺は、そのためにここにきている。


「……分かってる」

 そう、レイトリーフは答えた。


「感情的になっちゃった、ごめん……」

「いや」

 気持ちは分かるから。


 レイトリーフを助けたのはラドで、

 そのラドを助けたいって思うのは、

 レイトリーフからしたら、当然の気持ちなのだから。


「コロちゃんの居場所、分かるかもしれない」

「道、詳しいのか?」

 攫われている時に、コロルの行き先でも見たのだろうか?


「おかしな事かもしれないけど、なんとなく?」


 勘、というやつだろうか。

 だとしたら、おかしい事はなにもない。

 その成功に、保証がないだけだ。


 手を握られた。

 微かに震えている。

 しかし、レイトリーフは俺を引っ張り、先行する。


 ボディタッチが多いなあ、と、

 ちょっとコミュニケーション方法に文句を言おうとしたけど、やめた。


 震える手を、俺は強く握り返す。



 コロルが囚われていた部屋に辿り着いた。

 それだけでも驚きなのに、道筋を考えると、最短距離のようにも感じる。

 レイトリーフの勘……恐るべし。


「でも、見張りがいるね……」

「見張りというか、あれは……」


 レイトリーフの時と同じように、

 寝転んでいるコロルが背負うカバンを開け、

 中の金を取り出し、別の袋に入れて持ち出そうとしている――、

 見張りではなく、抜け駆けしているようにしか見えない。


 ラドの元へと向かわなかった、レックスの一体だ。


「……ほんとに大丈夫?」

 俺の手を離してくれないレイトリーフが、心配そうな顔をする。


 断言をする事はできない。

 自信を持って、大丈夫、とは言えない。

 俺はラドじゃない。

 だからやられる可能性だってあるんだと、きちんと伝える。


「それでも。言われて安心するなら――大丈夫」


 レイトリーフなにも言わなかったが、手を離してくれた。

 それを返事と受け取り、俺は横穴へ入る。

 コロルとレックスがいる、その部屋へ足を踏み入れる。


 手が止まり、コインの音が止む。

 レックスの赤い目が、俺を見た。

 ゆっくりと、立ち上がる。


「侵入者がこんなところまでくるとは。

 まさか、全員を倒してきたわけじゃないだろ?」


「誰も倒していない。ここで騒がれてる侵入者ってのは、俺の仲間の事だと思う。

 囮ってわけ。そしてまあ、その囮に向かわなかったのは、あんた一体ってわけだ」


「なるほど」

 コロルをまたぎ、二足歩行のレックス……、


 屈んでいたから分からなかったが、長身だった。

 小型のレックス、とはもう言えない。

 これまで出会ったレックスは、一般的な大人くらいだったが、

 このレックスの身長は、二メートル以上だ。

 上からの威圧が、戦力差を明確にする。


「で?」


「攫われた仲間を、返してもらいにきた」

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