第13話 レックスのナワバリへ その1

 立ち去ったレックスは一体だけだった。

 しかし、つまり七体のレックスは、未だに宝箱の周りにいる事になる。

 螺旋の坂道を下る……しか、道はないか――、

 遮蔽物でもあればいいのだが。


「ないものねだりをしても仕方ないか」

「かと言って、バカ正直に進むってのもどうだろうって感じがするけどな」


 おっ、ラドにしては……と、違う違う、ラドだって学習している。

 さっき言ったばかりだ。

 一度、負けた相手なのだ、ラドだって万全を期するはず。


 バカなままじゃいられない。


「おい。前のおれをバカみたいに言うんじゃねえよ」

「悪い意味のバカじゃないよ。バカ力って意味だ」


 ふーん、ならいい、と許された……、ラドがいいならいいや。


 俺たちはうつ伏せで、

 レックスたちが固まっている階層を見下ろしながら。


「立ち去ったレックスは、近くの穴の中に入ったよな……、

 三つくらいあるけど、まさか中でこんがらがっていたりして」


「アジトが迷路って、使いにくいだろ」


 どうだろ、住めば都って言うし。

 都でなくとも慣れるだろう。


「それは、入ってみなくちゃ分からないな。

 だからこそ、尾行したかったんだけどな……、

 ま、最悪、入口だけでも分かっているんだから、力づくで突破しちまってもいいけどな」


 力づく、ねえ――嫌な予感しかしないよ。


「まさかとは思うけど……」


「したくはないけどな、仕方ないだろ。

 こうしている間にも、レイトリーフかコロルかは分からないが、

 ここに連れてこられるかもしれない」


 ……ん? でも、それはそれでいいんじゃないのか?


「バカか、せっかく一体だけが向かったのに、

 わざわざ八体が集まった場所で、しかもあの二人を守りながら戦うつもりかよ」


 まあ、単純に考えて。

 八体を相手にすよりは、一体の方が比べものにならないくらいに楽ではあるが。

 だからって、勝てるわけでもないんだぞ。


「出会うな。

 先行するレックスに見つけられずに追い抜き、

 二人を救い出せ――それがお前の役目だ」


 ……無茶を言ってくれる。

 となると、流れを先に言ってしまえば、

 下にいる七体のレックスは、ラドが相手をするわけだ。


 囮作戦。

 一体を相手にしても瀕死になったラドが、今度は八体も相手にする。

 しかも、手負いのままだ。まず、勝ち目などないだろう。


「だから勝ちにはいかない。ひたすらに時間を稼ぐ」


「にしてもだ。逃げ切るのだって、勝つのと同じくらい難しいだろ」


 ラドは得意げに、

「逃げ『切る』のは難しいけどな」


 ……ふうん。

 逃げ切るのは無理でも、逃げ続ける事はできるとでも言いたいのだろう。


 同じことだぞ、それだって難しい。


「それに……、俺も結構、危ないよな?」


 ダンジョンに入っているのだから、今更な気もしたが、

 目に見える光景がある分、心の余裕はラドの方がある。


 俺の場合、穴の先、もしかしたら今の倍以上の数、

 レックスが住み着いているかもしれないのだ。


「可能性の話だってば。

 誰もいないかもしれないだろ。

 コロルもレイトリーフも、いないかもしれない」


「それはいてくれないと困る」


 本当に。

 なんのための救出作戦だ、なんのための囮だ。


 いなかったら囮損だろ。

 苦しむのがラドだけじゃないか。


「頑張れ。一応、戦えるだろ? 

 その才能スキル、魔獣相手には使ってもいいと思うぞ」


 どうせ、罪悪感から封印していたんだろうけど。

 なんて当てずっぽうは、当てずっぽうらしく、はずしている。


 魔獣相手には意外と使っていたりする。

 ストレスと一緒で、たまに発散しておかないといけない。


 人でやるわけにもいかないので、魔獣に向かって。

 一応、本気でこっちが殺されかけた時に限定しているが。

 ……今回も、そんな状況になりそうだ。


「俺が殺せる範囲の相手を殺せるのであって、無理な奴には無理だ」


「それはおれもそうだ。誰だってそうだろうよ。

 ――って、うだうだすんのはもうやめだ。

 いこう。これはお前が言ったんだ……撃退じゃあない、救出だ」


 仕返しとばかりに繰り返す。


「撃退ではなく、救出」


「撃退ではなく、救出」


 と、俺も復唱する。軍隊みたいなやり取りだ。


 形から入ったが(テキトーな見様見真似)、気合いが入った。

 ラドが立ち上がり、下層へ向かって飛び降りた。


 その隙に、俺は螺旋の坂道を壁際に沿いながら、ゆっくりと下りて――、

 下層に辿り着き、坂道から近い、二番目の穴へ狙いを定めた。

 派手な登場の仕方をしたラドに、レックスたちの視線が一斉に向かう。


 ……ラド。

 ちらっと見るが、ラドは俺など見ていなかった。


 ここで見れば、ラドの視線から、俺がいる事が伝わってしまう可能性がある。

 それを危惧し、ラドは反応を示さない。


 よく考えている。

 ラドらしくない、と言うのはよそう。

 確かに喧嘩っぱやくて、力技で押し切る筋肉キャラではあるが、

 彼はれっきとした魔獣ハンターだ。

 力だけじゃやっていけないのが、この業界だ。


 ラドはバカみたいに正直なだけで、頭は切れる方だと思う……たぶん。


 離れた場所のラドの声は大きい。

 おれを見てくれと、言わんばかりの声量で、注目を集めた。


「連れ去ったオレンジの女、返してもらうぞ!」


 そんな宣言と共に、ラドとレックス、七体の戦いが始まった。


 どうでもいいが、お前の中にコロルの存在はないのか。



 回転扉を抜けてからだが、このアジトは洞窟内よりも明るい。

 壁にかかったランプの数が多いのだ。

 ランプからランプの間隔が狭いし、道の左右につけられており、先も見通せる。

 遠くにレックスがいても、これなら見つけられる。

 だが、逆に見つかりやすいって事でもあるのだが――。


 作られたばかりの道なのか、洞窟のように綺麗な道ではなかった。

 でこぼこと、左右の石壁は凹凸が激しく、小さな窪みもあった。

 俺にとっては好都合だ。


 予想通りにレックスが通路にいたのだが、窪みに入ることで、なんとかやり過ごした。

 ふう、心臓が止まるかと思ったぞ……。


 そして、どうやら三つの穴は、全て中で繋がっていたらしい。

 まるで、あみだくじのような構成になっており、

 横道に入れば、別の穴の通路へいけるらしい。

 いちばん先にはなにがあるのか、気になるが、今の目的はそれじゃない。


 話し声が聞こえる。

 窪みに隠れながら、耳を傾けると、


「連れてきた女の場所が分からないんだけど……」

「新入り? ああそっか、まだ覚えてないか」


 というやり取りが聞こえた。

 正直、全員が同じ姿をしているので、

 俺が追いかけていたあのレックスなのかは、分からなかった。


 連れ去った女、という言葉が出たあたり、あのレックスっぽいが……。


 声で分かったけど、片方のレックスは女だ。

 いや……、この場合、メス? と言うべきか。


「それならあっちだよ。一回、橋を渡って……、

 ああ、あみだくじみたいな造りをしているから、

 縦線を繋ぐ横線を、『橋』って呼んでいるのよ」


 へえー、と片方のレックスが頷く……なるほど、と俺も一緒に頷いた。


 あみだくじにしては、

 でこぼこと蛇行しているような道だけどね、と、相手は半笑いだった。


 そんな(おっとりしたお姉さん風の)

 レックスが、急にぐりんと、顔をこちらに向けた。


「どうしました?」


「ん? なんでもない、かな。私もまだ長くないからね、慣れてないだけかも。

 なんだか、鼻にきつい匂いを感じちゃって」


 片方のレックスも、鼻をくんくんさせる。


「僕は、なにも感じませんよ? 風邪気味ですけど」

「じゃあ感じないでしょ」


 雑談をしながらも、こっちをじっと見つめる。

 視線が痛い。

 こっちにくるな、これ以上の痛みは勘弁してほしい。

 ……痛いのは視線だけで充分だ。


「……あ、そう言えば、おつかいを頼むのを忘れてたね」

「そうでしたか……あれ? 頼む方なんですね」


 急ぎじゃないんだけど、あとに回すと面倒になるし……、

 ちょっとついてきて、暇潰しになってよ――なんて話をしながら、

 レックスの二体が、こちらに近づいてくる。


 …………まずい。


 二体のレックスの足音が近づき、やがて、俺の隣を通り過ぎる。


「やっぱり、なんもないかー」

 なにがです? いやなんでも。

 言いながら、足音が遠ざかっていく。


 俺は窪みのさらに奥、

 釣り針の返しのようになっている小さな隙間に入り込み、誤魔化す事ができた。


 入るのは簡単でも、抜けるのは厳しい。

 焦って無理やり入ったから、あとの事なんてまったく考えていなかった。

 ちょっと後悔だ。

 しばらくして、脱出でき、


「……さて」

 慎重に、通路を進む。


 さっきのレックスの道案内を思い出しながら……。


 確か、橋を渡って、左に進むと小部屋がある(横穴から入れる小さな空間だ)。

 手前から二番目、そこに、レイトリーフかコロルがいるはずだ。

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