第12話 Tレックスの群れ

 コロルを攫った犯人の姿は、当たり前だがもう見えない。

 今から急いで追ったところで、その姿を見ることは不可能だろう。


 途中で休んでいたり、もしも寝ていたら、可能性はあるが。

 しかし、抱えているものは兎でも、相手はトカゲだ(……トカゲなのか?)。

 そう都合良くはいかない。


 こっちは亀のように、着実に進んでいこう。


 俺たちは、いや、俺ではなく、ラドは傷を負っているのだ。


「なんてことねえよ」

 と、彼は繰り返すが、それを信じるとでも?

 問答無用でゆっくりと歩かせる。


「再確認しよう。

 俺たちの目的は、コロルとレイトリーフの救出であり、あいつらの撃退じゃあない。

 分かってるか? 救出だ――、撃退じゃない」


「分かってるよ。なんでそんなに念入りに言ってくるんだよ」


 それはお前が目的を間違えて、喧嘩を売りそうだからだ。

 これだけ言っても、ラドはその身を犠牲にしそうだ――やりそうだ……心配だ。


「大丈夫だ。勝てる」

「だから、勝負をするなよ」


 まあ、俺が止めればいい話か。


 そして、亀よりは少し早い歩みで、洞窟内を進んでいくと、

 ラドが、肩を組んだ俺の背中を叩く。

 どうやらこの道を真っ直ぐではないらしい。


 示した方向は、しかし、石壁だった。

 大ざっぱな方向だけを示したのかもしれない。


「じゃあ、迂回するか」

「そうじゃない」


 すると、ラドが伸ばした手を石壁に当て、軽く押した。

 それだけで、石壁はその存在感をあっさりと崩し、正方形の形で回転した。

 ……回転扉。


「石壁をくり抜いて作ったのか、

 新たな横穴の周りを、石の欠片を練り込んで、壁を作ったのか……」


「まあ、どっちでもいいわな」

 確かに、ラドの言う通りだった。


 穴の先は涼しかった。

 ふっと、空気が一変する。


 それは安全地帯(でもなかったが)から、危険地帯へ変わった合図に思えた。

 着実と近づいている。

 ……コロルとレイトリーフを攫った、あいつら――。


 ここは、あいつらのアジトなのだろうか。

 もしかしたら、まったく違うって事もあり得るが……。


「しっ」


 ラドが俺の口を塞いだ。

 そして、石壁に押し付ける。


 すぐ近くには……、

 二体の、二足歩行をするトカゲがいた。

 トカゲかと思ったが、いや、小型のTレックスにも思えてきた。


 機敏な動きと、敏感な感覚器官、

 ずる賢くも強力なその攻撃力は、Tレックスのそれに似ている。


「ラド……こんなに近いと、気づかれるだろ……」

「――血だ」


 ラドが、自らの胸に手を当て、

 溢れ出るそれを手に付着させ、俺の頬にべったりとつける。

 さり気なく過去を思い起こしてしまう、トラウマものの事をされているのだが、

 自覚はないのか……、まあ、俺も気にしないようにはするが……。

 そこまで過剰に反応する時期は過ぎているし。


「元々、この場所は血の匂いで満たされてる。

 あいつらが食ってるんだろ。魔獣にしろ、人間にしろ。

 だからおれたちがいても、血の匂いに混じってしまえば気づかれない」


 なるほど、説得力がある。

 ラドは自分の頬の端から端まで、血を一直線に引いた……、一の字だ。


「なんの意味が……?」

「格好良いだろ」


 ……確かに。


 真似して俺も頬に血で線を引く。

 二つ引いて、×だ。

 またしてもなんの意味が? と問いたくなるが、これは一体感を出すためだ。


 とは言うが、関係なく、悪ノリではあるのだが。

 なんだかんだとこういうのが楽しかったりする。


 こんな状況でする事ではないが――、


「もしかしたら……あの二人、もう食われてるんじゃあ……」


 血の匂いが充満しているのなら、当然その可能性もあるわけで。


「お前、考えたくない事をあっさりと言うよな……けど、その心配はなさそうだ」


 なんの根拠が? 

 すると、くいっくいっ、と、ラドが親指で奴らを示す。


 話し声が聞こえたのだ。

 ――話し声、か……え、喋れたのか……?


「まあ、おかしくないけどな。

 魔獣よりも、亜人寄りに見えるし」


 コロルだってそうなのだから。

 だとすれば、喋れたとしても不思議ではない。

 見た目で判断してしまうと、やっぱり驚いてはしまうけど。


 そして二体のトカゲ……改め、レックスの話を聞くと――、


『連れてきた女』

『アドバイザー』

『お金』

『山分け』


 ……ばれないようにするため、ちょっと距離を離しているので、

 聞き取れた重要そうなキーワードは、それくらいだった。


 単純なパズルだが、

 得たお金は山分けにし、コロルとレイトリーフは、アドバイザーとする、と……、

 そう解釈できる。


 このダンジョンの攻略でも企んでいるのか? 

 だとすると、このダンジョンに住み着く亜人(もしくは魔獣)ではない、ってことだろうか。


「あんまり顔を出すな、ばれる」


 ラドに止められ、顔を引っ込める。

 もうちょっと踏み込んで聞きたいが、ここまでか。


 二体のレックスは道の先、ゆったりとした坂道を下っていく。


 充分に時間を取ってから、俺たちは息を吐いた。

 俺は慣れているが、隠れながら進む事が精神を疲弊させていく。

 ラドがすぐに力技を提案するのも分かる……、そっちの方がぜんぜん楽だ。


 しかし意外にも、ラドは冷静に身を潜めていた。


「ま、一度戦ってるからな」

 そして、ボコボコにされている。

 嫌な思い出だろう。


「けど、だからこそ貪欲になれるんだ」


 ――勝利に。


「はっ、油断をしないってのは、強いぞ」


 そりゃそうだ。

 油断こそ、付け入る隙だ。


 だからこそ、油断大敵と呼ばれる。




 坂道は螺旋のように繋がっていた。

 とは言っても、一周だけだ。

 渦巻きにはなれないただの円だった。


 下を覗くと、地面までは、さほど高くはない。

 ただ、下ったところには、多くのレックスがいた。


 八体くらいが群がっている。

 観察していると、ダンジョンに設置されてあった、見た事のある宝箱があった。


 これまで見てきたものと同じものだろう。

 奴らは、どうやら蓋を開けたいらしいのだが、

 あいつらの爪では開けられないらしい――。


 尻尾を使うが、

 足を使うが――、体を体当たりさせ、衝撃で開けようとするが、

 全て失敗に終わる。

 棒を使っても、蓋は一ミリも、隙間を開けてはくれなかった。


 交代交代で何度も挑戦するが、結果は同じ。

 それにしても、諦めないな……しかしその内、誰かが言った。


「連れてきた女に開けさせればいいじゃん」

 そうだな、そうしよう、なんて、次々と声が上がる。


 なぜもっと早く気づかなかったのだろう、そう思うが、

 目の前の宝箱に夢中になっていたからだろう。

 欲は視野を狭くするから、無理もない。


「あの女……、って、あの二人だと思う?」

「どうだろうな。でも、追わないってのはないだろ」


 二人だったらどうする? 


 ……それもそうだ。

 僅かでも手がかりがあるなら、向かうべきだ。


 下に溜まっている、あのレックスの誰にも見つからずに。


 俺たちは立ち去るレックスを追う。

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