第11話 生き残りのクマーシュ

「――お前、今なんて言った?」

「何度でも言うよ……、無理だ」


 今ので分かった。

 というより、今の一戦を体験して尚、挑むその思考回路が分からない。

 ラドでその大怪我なのだ、誰にも勝ち目なんてない。


「次は勝つに決まってるだろ!」


「まあ、ラドはそうかもしれない。でも、僕は無理だ。

 一緒にいったって、どうせ足手纏いになる。

 足手纏いになってラドに迷惑をかけたら、目も当てられない」


「それは、そうかもしれないけどさあ……」


 否定はしないか。

 まあそうか……、そうなんだよ。


 喧嘩腰だったラドは、荒くした息を収める。

 誤解させてしまったらしいが、なにも俺は勝つこと、

 そして、二人を救出する事を不可能だと言っているわけじゃない。


 それに関しては、ラドならばできるだろうと思っている。


 しかし、そこに俺が加わる事で、成功率はぐっと下がる。

 進んで迷惑をかけたいわけじゃないのだ。


「だから、俺はここで退く事にする。重荷になりたくない」


 勝ち目のない戦いにおもむくほど、俺は命知らずでもない。


 焚火を挟んで俺たちは向き合っている。

 ラドは、下ろしていたまぶたをゆっくりと上げた。


「そういうことなら仕方ねえな。

 お前はあの二人を見捨てたわけじゃない。

 成功率を上げるために、身を退くって言ってるんだから」


 ああ、そうだ、と頷く。

 言葉はその通りだ。

 しかし、中には恐怖だって、諦めだって、入り混じっている。


 卑怯な言い方だ、と自分でも思う。

 それっぽく言葉を装飾して、その実、逃げているだけなのだから。


「お前にはお前の考えがある。分かった――あとはおれに任せろ!」


 ラドが立ち上がる。

 傷の痛みはまだ癒えていないはずだ。

 立ち上がったラドの足は、まだ小刻みに震えている。

 着た服の胸には、新たな血が滲んでいるのが分かった。 


 今にも倒れそうなくせに、ラドはそれでも、諦める気配がなかった。


「おれはいくよ。この焚火、消しといてくれな」

「……おう、分かった」


 俺に背を向け、ラドの体が遠ざかる。

 それをずっと見つめ、その姿が闇に溶け込んだところで、俺は安堵の息を吐いた。


 …………終わった。

 もう、俺は危険な目には遭わない。

 このまま引き返し、少ないけどまあ、お金を回収して、

 すぐにでもこのダンジョンから出よう。


 死んだらなにも残らない。

 しかもダンジョンじゃあ、語り継がれもしない。

 自らの死が知られる事はなく、ダンジョンの一部として、栄養になってしまう。

 そんな死に方も、俺にはお似合いかもしれないが。


 回避できるのなら当然するだろう。

 進んで死にたいわけじゃないのだから。


 焚火を踏み潰して、消火した。

 ラドとは逆方向へ歩き出す。

 何度も振り向いた。ラドの姿が見える事はなかった。



「そう言えば、久しぶりだったな、あんなに仲良くしてくれたのは……」


 いつ以来だろうか……、

 孤児院で暮らしていた時、くらいだろうか。

 回想するが、案外、最近の事だった。

 俺の中では、かなり昔に感じるのに……、不思議だ。


 懐かしいと思うが、戻りたいとは思わない。

 なぜなら、故郷はもう……、

 今はもう既に潰れており、生存者もいないのだ。


 全員、死んでいる。

 二人は殺され、残りは俺が殺した。



 ――人間を殺した事がある……、しかも意図的に。


 とは言え、やらなければやられてしまう環境だった、と言えば、

 多くの人は正当防衛だと言って庇ってくれるかもしれない。

 しかし、絶対悪だと知りながらも、俺は殺したのだ。


 俺ではない俺がやったわけじゃなく、俺が。

 自分を僕と呼ぶ俺も、俺だ。


 たった一人の俺が全てを理解して尚、やり遂げた。

 そんな事件が、誰にも語られないが、確実にあったのだ。



 孤児院の院長である俺の母親は、人の才能を見抜く才能を持っており、

 集められた子供たちは、見た目は平凡な、ただの石ころだった。


 しかし母親の才能のおかげで、磨かれた石ころはダイヤへ変わる。

 平凡な子供は天才へ変わった。

 その孤児院はいつの間にか、天才たちが集まる孤児院へ変わっていた。


 俺もその内の一人だった。

 だが、随分後になってから、俺は自分の才能がなんなのか知らされた。

 母親が何者かに殺された後、幼馴染によって知らされた――、

 それは母親の、遺言のようなものだろう。


 殺しの才能。

 俺は自らの才能を、この時には既に自覚していたのだ。


 天才たちの孤児院は、悪人に目をつけられれば、

 そのまま悪用される、格好の標的にしかならない。


 しかも子供ばかりだ。

 院長である母親を殺せば、新たに現れた大人は、いとも簡単に王様になれる。

 孤児院は、いいように利用されたのだ。


 反逆する邪魔者は消された。

 母親と同じように、幼馴染も殺された。


 新たな王の手中に収まっている子供は――、俺以外だった。


 さて。

 俺の判断は正しいか?


 俺は自分の才能が殺しの才能であると分かっていたからこそ、

 孤児院を支配する、王に挑んだ。

 寝返った子供きょうだいたちを殺し、椅子に座って支配者面した王を、

 死ぬよりも苦しい場所へ送り込んだ。


 これは正当防衛だと、言えるのか?


 俺は言えないと思った。

 だからこそ、できるだけ世間に貢献しようと思った。


 殺さなければならない魔獣ハンターは無理だから、

 ――トレジャーハンターになろうと。


 家族だった子供たちが敵に寝返ったのは、金が原因だったから。

 そんな金が大嫌いだから――、存分に使い潰してやろうと思った。


 今の俺が、正しいのか、未だに分からないが……。


 ただの自己満足だ。

 稼いだお金を世界中の孤児院の子供たちに寄付する事で、

 かつてのきょうだいを殺した罪悪感を紛らわせている。


 一生、この罪悪感は拭えないだろう。

 この罪悪感が残る限り、俺は心の底からは、笑えない。


 あの時、殺したみんなの手が、俺を引きずり込もうとしているから。




「――そんなわけで、

 俺はこれまで不愛想を貫き通していたわけだけど……どう思った?」


「どう思ったって……言われてもなあ」


 俺の隣にはラドがいる。

 焚火を消してから、俺はすぐに、ラドのあとを追った。


 全速力で。

 そして、ふらふらと頼りない足取りのラドを支えながら、そんな昔話をしてみた。


 ざっくりと、かいつまんだが、

 まあ知ってほしいところは、俺が人を殺したってところだ。


 忌避されるも良し。

 まあ、それを予想していたが、


「知ったことじゃないよな」

 と、ラドは興味なさそうに言う。

「人を殺して悪なら、魔獣を殺しても悪だろ?」


「いや、それはどうだろ……」

「なら、魔獣殺しは許されるのか?」


 そう言われたら、魔獣も等しく、同じ命だ。

 殺していいわけじゃない。

 だけど、殺さなくちゃ、魔獣に殺されてしまう――。


「一緒じゃねえか」

 と、ラドが呆れたように。


「お前の言う通りだよ。やらなくちゃ、やられる。

 じゃあ仕方ないだろ。

 その孤児院の状況だったら、クマーシュの判断は正しかったように思う」


「殺すべきだったと?」

「おまえが殺されるべきとは言えないからな」


 それに、と、ラドは続ける。


「お前が孤児院のその王を止めていなければ、仲間が悪用されてたんだろ? 

 どういう風にされるのかは知らないけど、

 もしかしたら起こっていたはずの一つの事件を、回避しているかもしれない。

 だからまあ、いいんじゃん? 殺された奴らも、もう許してるだろ」


「結構、最近のことなんだけどさ――」


 一年くらい前の話なんだけど。


「いやいや、充分だろ」


 充分……だろうか。


「じゃあ、お前はなんでこんな話をした? どういう答えが欲しいんだ?」


 俺は……、

 ただ、打ち明けたかっただけなのかもしれない。


 ずっと、罪悪感から仲間を作らなかったけど、

 ラドとコロルとレイトリーフ……、


 この三人といるのが、笑いたいほどに楽しかった。


 だから俺は……、


「笑いたかったのか」


 みんなと、お前と。


「――心の底から、笑いたかった」


「じゃあ笑え」

 ラドが、俺の胸倉を乱暴に掴む。


「納得できないなら言ってやる。

 お前が人殺しだろうが、知った事じゃない――どうでもいいんだよ。

 お前の不幸自慢なんかに、同情なんかしねえさ」


 気持ち良いくらいに、ズバズバと言ってくる。

 不幸自慢……、そういう面も、多少はあったか。


 慰めて欲しかったのか、俺は……? 

 まったくもって、気持ち悪い。


 ラドは、胸倉を掴んだ手の親指で、自らを指差し、


「殺しの数ならおれの方が上だ」

「それこそ、自慢じゃないと思うぞ……」


「まあそうだ。だからお前なんか大したことねえ。

 殺した奴らを忘れなければ、お前は笑っていいんだ。

 なんだったらくすぐって笑わせてやろうか? 無理やり、強引によ」


「やめろ、いらない。というか、その傷でよくもまあ動けるな、ラドは……」


「大したことないからな」


 じゃあ、組んでやった肩をはずしてやろうか?

 思ったが、そのまま支える。

 強がりだと分かった。だがその強がりを、俺は尊重する。


「死者には忘れずに祈れ。それで充分だ」

「そっか……」


 なんだか、全てを話した事で、すっとした気がした。


 口調も、いつの間にか、『僕』から変わっている。

 はめていた仮面が外れたのだ。


「二人は、この話を、どう思うかな?」


 どーだろうな、もしかしたらドン引きするかもな、と、

 縁起でもない事を言ってくれる。

 しかし、冗談めかしたその言い方は、なんだか笑えた。


「安心しろ、ドン引きされて、逃げられても――おれがいる」

「気持ち悪いな」


 ひっでえ、とラドが笑う。

 しかしまあ、嬉しかった。


 なんにせよ、だ。

 言いながら、ラドが前方を指差した。


「二人を助け出さなくちゃ、なにも始まらねえよ」

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