第9話 ひとりの冒険

 一人になった途端、攻略進度が遅くなった……わけじゃないと思う。

 この層は恐らく、道が迷路のようになっているのだ。


 逃げたコロルが、俺たちの前に再び現れた時の事を思い出す。

 あれから迷路に困らされた事はなかったが……、いや。


「単に、気づけていなかっただけかも」


 迷った事に、気づけていなかった。


 延々とループしていても、見える景色は同じなので、気づくタイミングがない。

 いま通っているこの道も、一度、通った道かもしれないし……、

 思ったが、宝箱を見つけた事で、安心に変わった。


 どうやら前には進めているらしい。


「これくらいでいいか。また見つけるだろうし」


 蓋を開けると、コインと紙幣が詰まっており、

 これまで通りに、紙幣だけを集めて束にし、ポケットに詰める。


「そうだ」


 こういう時こそ、コインを落としながら進むのがいいんじゃないか?

 宝箱からコインをごっそりと取り、コインを落としながら、前へ進む。


 落としたコインを金額にしたら、紙幣の束を越えるだろう。

 このダンジョンから早く出ないと、金銭感覚が麻痺しそうだった。



 最悪とは、唐突に訪れるものだと再認識した。

 ただしそれは奇跡的な偶然ではなく、自身の不手際によって、だ。


 コインを落とし続けたら、

 俺の居場所が当然、分かってしまうだろう。


 音に敏感な魔獣なら、尚更。


 ばったりと曲がり角で出会ったのは、翼竜の親玉だった。

 さっき、自分の炎の壁を突っ切って先へ進んだ魔獣だ。

 案の定、やはり通路は続いていたようだ。


 既に興味を失っていた魔獣に、再び火をつけてしまった。

 魔獣にとって、人を襲う事に理由はいらない。

 さっきはコロルが奪った卵を取り返すという理由があったが、

 それがなくとも、魔獣は人を襲う。


 ――食糧として。

 中には、娯楽として襲う魔獣だっている。


 しかしそう考えると、人間と大差はなかったりするのだ。


「!」


 鋭いくちばしが、俺のいた地面を突き刺す。

 俺はきた道を戻る――、落としたコインを辿っていく。


 背中に当たる咆哮の圧力。

 石壁を削る音が、再び耳にこびりついてくる。


 何度か転びそうになりながらも、速度は緩められない。

 そして途中で気づいたが、いつの間にか落としたはずのコインがなくなっていた。


「道を、間違えた……?」


 充分にある可能性だ。

 魔獣に追われているのだ、混乱していてもおかしくはない。


 となると、ここから先は未知の世界だ。

 これまでにはなかったが、行き止まりに当たったりもする。


 すると一直線、俺に向かって炎が放射された。

 背中を焼かれながら、俺は転がる。

 後ろの道は真っ赤に燃え上がっており、洞窟の中にいながら眩しい。


 服が燃え、身にまとう炎は、まるでハリネズミのようだ。


 炎から姿を現し、ゆっくりとこちらに近づいてくる魔獣。

 赤い鱗は炎を弾き、再び口の中には、赤い炎が生み出されていた。

 炎はこのままだと増え続ける。一刻も早く、ここから逃げるべきだ。


 足を踏み出したら、炎が球体の形に集まり、飛んできた。

 俺の目の前に落ち、道を塞ぐ――さっきと同じ構図だ。


 行き先を封じてから、ゆっくりと仕留める。

 しかも、今の俺は炎を浴びており、

 さっきのように炎の壁の手前に道があるわけじゃない。


 さっきとは違う。

 魔獣の方へと、勝率が傾いている。


 炎をまとう背中を、横の石壁に預ける。

 圧迫して消化しようと試みるが、その程度で消せる規模を越えてしまっていた。

 背中の炎はやがて、胸にも回ってくる。……熱い。


 熱いどころじゃないのだが。

 今なら拳に移して、炎をまとわせたパンチでも繰り出せそうだ。


 手の平を見つめる。

 燃え上がっていた。

 しかしそれでも、自分の手は黒いのだと、そう思う。


「……あーあ、ここが死に場所か……」


 魔獣に喰われて死ぬ。


 ……なんとも普通な死に方だったな――。




「――え」


 首が締まるってくらい、服が後ろへ引っ張られ、体が浮き上がる。

 炎の壁を通り抜け、俺は仰向けで、ぽかんと口を開けたままだった。

 すると、全身にかかる水で、意識がはっきりしてくる。


 空になった水筒が、かこーん、と音を立て、

 同時に頭部に激しい痛みが……っ!



「ばかっ! 炎の壁があっても、最後まで諦めずに逃げなさいよ、この根性なし!」



 すぐに諦めんな! と頬を引っ叩かれた。

 目の前には、さっき別れたはずのコロルとレイトリーフがいた。


 近くには水筒が三つあった。

 用意周到だと言い張るコロルらしい。

 もしかしたら、まだあるのかもしれない。


 そんな中の三つを、俺の炎を消すために使ってくれた。

 おかげで火傷をして黒くなってはいるものの、これ以上、酷くはならない。


 かこーん、かこーん、と、何度も何度も俺を水筒で叩いてくる。


「ちょ、やめっ」


 しかし、コロルはやめてくれなかった。

 夢中になっているせいか、帽子がはずれ、耳をぴんっと立てて。

 ……ああ、怒っている時は真っ直ぐに立つのか、と、そんな事を思った。


「コロちゃん、ずっと心配してたんだよ、クマッシュの事」


「……、そっか……」


 別れようと提案したのはそっちなのに、心配してくれたのか……。

 微笑んでくれてはいるけど、レイトリーフも少しだけ、怒っている。


 コロルを見ているから、いくらか冷静になっているらしいが、

 不満はいまも、びしびしと伝わってくる。



 俺に、仲間など必要なかった。

 これまで誰とも、積極的に関わってこなかったし、

 仕事だけを黙々とするから、同業者からは仕事人ワークマシンと呼ばれていた。


 まったく人間関係を重視していなかった――、

 ずっと、一人で生きていこうと思っていたのだ。

 だから、いつ死んでもいいとも、思っていた。


 しかし、そんな俺の事を見て、

 そんな顔で怒ってくれたのは、まあ、多少はやっぱり……嬉しかった。


 だから、


「……ありがとう」


「……諦めないで。たとえはぐれて一人になっても、絶対にわたしたちは追いつくから」


「コロちゃんはね、つまりここから先も一緒にいこうって言ってるんだよ?」


 ちょっ――、と、コロルがレイトリーフの口を塞ごうとするが、いや、遅過ぎるだろ。

 あと、言われなくとも理解できる。

 それくらいなら、俺も言葉の裏を読み取れる。


 いつもならここで素っ気なく返すところだが、

 コロルが俺に与えてくれたのは、大げさではなく、命だ。


 助けられた――、命の恩人。

 ここで素っ気なく返すほど、俺だって人間をやめてはいない。


「……うん。こんな僕で良ければ」


 そんなあんただから、心配なのよ、と。

 

 ――まったく、見た目に騙された。

 コロルは俺たちの中で一番、お姉さんをしていた。


「……そう言えば、ラドは?」

 なんとなく予想はついているが、聞いてみた。


 すると、炎の壁を通り抜け、姿を現したのは、ラドだった。

 両手で軽くはたいただけで、まとわりついていた体の炎が消えた。

 傷をいくつか体に残していたが、大怪我ではない。


「よっ、クマーシュ、久しぶりだな。はは、お前はやっぱり弱いな」

「相変わらず、ラドは強いな。あの魔獣を倒すなんて」


 まあな、おれだもん。

 その自信満々なところは変わらない。

 たった数時間、離れていただけなのに、とても懐かしいと感じてしまう。


 手を差し出された。

 その手に、自然と手が伸びていた。

 力強く引っ張られ、俺はなんの力も入れずに立ち上がる。


 俺の残った片方の手を、レイトリーフがぎゅっと握った。

 手だけではなく、そのまま腕を、

 その輪郭をなぞるように、指先をつー、と這わせてくる。


「なにしてるの?」

「火傷している部分を、チェックしてるの」


 ちょっと待ってて、と言われ、待っていると、

 火傷した部分の痛みが引いていくのが分かった。


 引いているだけで、なくなったわけではないが、

 さっきよりも随分と楽になった。


「……ほんとに、なにをしたの?」


「えへへー、秘密」


 レイトリーフには、怪我を治す能力でもあるのだろうか。

 聞いてみようかと思ったが、

 寸前に秘密と言われたので、どうせ教えてはくれないだろう。


 ありがとう、とお礼をして、

 そう言えばラドにもお礼を言っていなかったと思い、感謝の言葉を告げる。

 ……さっきから感謝をしてばかりだった。


 そして、誰よりも俺が感謝するべき相手は――、


 ……あれ?




「…………コロルは?」

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