第8話 別れ道

「え!? みんな同い年なんすか!? 

 ……なら、敬語を使わなくて良かったじゃん……」


 もしかして、これまでの口調で出てきた『っす』というのは、敬語のつもりだったのか……。


 敬語のつもりで言っているのなら、やめた方がいいよ……、

 まず、できてないし。


 伝えると、盗人……は、なしにして、コロルは、


「でも、師匠はこれで完璧って……」


 と、首を傾げていた。


 どうやら、コロルの師匠は遊び心が満載らしい。

 たぶん、弟子で遊んでいる。


「コロちゃん、敬語なんていらないよぉ。同じ十五歳なんだから」


「――わわっ!?」


 コロルの真横から抱き着いたのは、レイトリーフだ。

 おっとっと、と大きなリュックを背負ったコロルは、

 危なっかしくも、倒れたりはしなかった。


 レイトリーフと比べると身長、他にも色々と成長していないが、俺とラドよりは力が強い。


 ラドなら分からないが、俺だったら今ので倒れているはずである。

 というかまず、その大きなリュックは背負えない。

 元々、鍛えているわけじゃないから、非力なのだ。


「ちょっ、レイトリーフ……、べたべたとくっつかないでよ、歩きづらいでしょ」


「薄暗くて転んじゃいそうだから、助けてあげる」


 ふーん、と、コロルは相槌を打つが、


「って、わたしが転ぶってことじゃないのそれ!」


 ……気づいたらしい。


 女子二人は、ダンジョンの中でも楽しそうにお喋りをしていた。

 今のところ、魔獣の気配はない。


 声が魔獣を呼び寄せてしまうと思ったが、

 現れても危険度の少ない魔獣ばかりで、

 ラドが掴んでは投げ、掴んでは捨て、と対応している。


 頼れる奴だった。そのため、俺の仕事は一つもない。


 そんな頼れるラドは拾った岩(ラドの上半身よりも大きかった)を片手で持ち、

 上げたり下げたり、と筋トレをしていた。

 なぜいきなりそんな事をし出したのかと言えば、コロルに対抗している。


 俺とは違って力に自信のあるラドは、やはり負けたくないらしく、

 亜人だと知ってはいても、女の子よりも劣っている事にプライドが許せなくて、

 まあ、こんな事をしているらしい。


 後ろの、ふんっ、ふんっ、という息遣いが正直、鬱陶うっとうしいが、

 魔獣から守ってくれているラドを責めるのは違うだろう。


「クマーシュ、水あるか? 喉が渇いてさ」

「ちょっと待って」


 できるだけ、ラドが欲している物はすぐに渡せるようにしたかった。


 しかし、カバンを失くした俺には渡せる水がなく(まあ元より持っていないが)、

 周囲にも、飲み水が湧き出ている場所もなかった。


 レイトリーフも(なぜか)手ぶらだし、

 だから大きなリュックを背負っているコロルにしか、可能性がなかった。


「あ。……コロル、ちょっと水をもらうよ」


 リュックのサイドポケットの水筒を取り、後ろにいるラドに投げ渡す。


 コロルは、

「あーッ!」と叫んでいたが……、


 ラドは水筒を逆さまにし、大口を開けて全てを飲み干した。

 中身は多くなかったらしい……ラドはまだ足りないと言いたげな表情だ。


「サンキュ、クマーシュ」

「お礼ならコロルに言って……。はい、返す。空だけど」


 受け取ったコロルは、睨み付けるように俺を見ている……。


「飲んだのはラドだよ」

「渡したのはクマーシュでしょ!」


 そんなに怒らないでよ……、あ、もしかして間接キスとか気にしてる?


 大丈夫。

 ラドも気を遣って口をつけてないでしょ?


「違う! ダンジョンにいるのに危機感がなさ過ぎな事に怒っているのよ! 

 あんたたち、全員荷物が少ないから、飲料水も節約しなくちゃいけないのに!

 それをまさか、一気に飲み干すとか!」


 信じられない! とご立腹だった。

 まあまあ、とレイトリーフがなだめるが――、

 あんたもよ! と矛先が彼女にも向けられていた。

 言われている事は分かるけど……、しかし、考えなしってわけじゃない。


「へえー」


 話しながらも足を進めているのは、さすが全員がハンターだからこそか。

 立ち止まると魔獣に狙い撃ちにされるし、効率が悪い。

 そう言えば、レイトリーフはハンターなのか?


「うん、まあ一応……、トレジャーハンター」


 確かに、魔獣ハンターではなさそうだ。

 ダンジョン内で同業者に会うと、お宝の奪い合いになるのだけど、

 レイトリーフは譲るか、半分ずつにするか、

 自分だけで独占するようには見えないから安心できる。


 まあ、全て演技で、

 最後に良いところをぜんぶ持っていくという可能性もあるわけだけど。


「じゃあクマーシュ。その考えとやら、聞かせてくれる?」


 っす、という口調がなくなった途端、

 コロルから発せられるお姉さんオーラがすごいのだけど、

 見てしまうと、言い方は悪いが、チビなので、なんかちぐはぐだった。


 慣れないなあ。


 ともかく。


「ダンジョンにだって水飲み場くらいあるし、そこで飲めばいいかなって」

「危機感がなさ過ぎるでしょ……」


 あれ? 最初の評価と変わってない。


 ラドに視線を送ると、


「サバイバルってそういうもんだろ? おれも食糧と水は現地調達だ」


 だよなー、と二人で頷き合う。


「あんたたちのは行き当たりばったりなのよ。

 最低限の荷物は持っておきなさいよ……」


 水筒がないって……、持ち運ぶ気がまったくないじゃない……、

 と、額に手を当て、呆れた様子のコロル。


 隣ではレイトリーフも頷いていた。

 ええ……、彼女は俺たち側なんだけど……。

 それをいま言うと、コロルの膝が崩れそうだった。


 考えに考え抜いたコロルは、


「別行動をさせてもらうわ」


 こんなんじゃやっていけないよ! と、俺たちに向かって吠えてくる。


「そんな、コロちゃん……!」


 悲しそうな顔のレイトリーフに、うぐっ、と息を詰まらせるコロルだが、

 しかし意外にも、折れる事はなく、


「れ、レイトリーフは連れていくけど!」


 俺たちの事は置いていくらしい。

 まあ、いいけど……、元々、一緒にダンジョン攻略をするわけじゃない。

 目的は同じであっても、必ずしもルートが同じなわけではないし。

 別れたら、どこかでまた出会えるだろう。


 生きて会えるだけ、全然マシだ。


「僕はいいけど、でも、道は一本だから途中まで必然的に一緒にいく事になるよ」


「次の分かれ道で別れよう。どっちがはずれでも恨みっこなし。文句ある?」


 ないです。

 というか、耳の良いコロルは、

 分かれ道の先がだいたい分かりそうな気がするんだけど……、


 最初から俺たちには、勝ち目がない気がする。


 それを分かっていての、文句ある? かもしれないが、

 たとえ把握していても、俺の言葉は変わらない。


「コロちゃん……みんなでいこうよ……」


 いかない! とコロルは頑なだった。


 まあ、逆の立場だったら、厄介なお荷物を背負いたくはない。

 コロルは既に、大きな荷物を背負っているわけで、

 これ以上はとてもじゃないが、増やせないのだろう。


 そう言えば、さっきから黙っているが、ラドは文句ないのだろうか?


 大きな岩を後ろに転がし、身軽になったラドは、事情を把握し、そして言う。


「多い方についていくよ」


 となると……、こうして俺は一人になった。

 これまで行動を共にした相棒ではあったが、

 ずっと一緒にいるという決まりはなかった。


 だから止めなかったし、これを裏切りと言うのか……、

 仮に裏切りだと言ったとして、俺にラドを責める権利はない。


 コロルも、

「まあ一人くらいなら……」と、ラドを囲い込んでいたし、確定だろう。


 戦力は多い方が良いと、コロルも理解している。

 戦えない、サバイバル力も行き当たりばったりの俺をはずして、正解だ。




 やがて、道を進んでいくと、分かれ道があった。

 Y字に分かれた道、コロルは耳を立て、左を選んだ。

 必然的に、俺は右へ進む事になる。


「……じゃあ、生きていたら、また」

「じゃあな、クマーシュ、死ぬなよー」


「…………」

 レイトリーフだけは、なぜか俺をじっと見つめていた。


「…………なに?」

「やっぱり、一緒に――」


「レイトリーフ」


 彼女はやっぱり優しい。

 でも俺は、混ざりたいけど、勇気の出ない弱虫じゃないから。


「レイトリーフは、どうしてこのダンジョンにきたの?」

「え、と」


「さっき聞いた時、コロルはダンジョン最終層に眠るお宝、

 ラドはダンジョン攻略、って聞いたよ。

 レイトリーフも同じって言ってたけどさ、

 トレジャーハンターって、戦わない人が多いから、攻略まではしない事が多いんだ」


 そう、序盤のお宝を漁って、ダンジョンから出て、換金する。

 それで生活する人が多い。


「……だから僕も、なにも奥まではいかなくてもいいんだよ。

 ただ、見ての通り一文無しだから、仕方なく奥に進むけど……。

 だから二人とは目的が違うんだ。わざわざ、一緒にいく事もない」


 一緒にいく気はないと、レイトリーフに告げる。


 しかし彼女は、

「それでも……」

 だが、言葉はそこで止まり、俯かせていた顔を上げた。


「……だよね。ごめんね、困らせちゃって。

 ――うん! また、奥で会えたらいいよね!」


 つらそうな笑顔を向けてくる。

 悪いと思いながらも、俺は手を振り、選んだ道を進む。


「レイトリーフ、早くー!」

 という声が聞こえ、

「うん!」と、


 とててて、と走る足音が響く。


 短い間だったが、おかえり一人の旅。


 こうして、俺の『いつも通り』が戻ってくる。

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