第5話 追跡ちゅう

 起き上がる、オレンジ色の女の子……。


 彼女が自分の胸元を手で触れて……、

 小さいが、確かに膨らむその形を、なぞるような手つきだった。

 ……視線が胸よりもその手にいくのは、この女の子の触り方のせいだと思う。


「――ペンダント、ペンダントがないよぉ!」

 そんな悲鳴に、やっとラドも起きた。


「うっす、おはよう!」

「ペンダントぉ!」


 ……なんだこれ。

 ラドは女の子のその一単語で状況を把握し、

 女の子は、助けてもらったとは言え、

 初対面の男の子にしがみついて、助けを求めている。


 そして、あーあ、と。

 俺は逃げ遅れた盗人の女の子に聞こえる声で、言ってやった。


「自業自得」


 大きなリュックを背負う女の子が、首にかけているペンダント。

 見てくださいと言わんばかりの位置にある。

 それを見たオレンジ色の女の子が、盗人の彼女を指差す。


「あ……、それ!」


 あっ、と、小さな声を漏らし、盗人が駆け出した。

 そしてラドもそれを追い、思い切り駆け出すが、しかし顔から地面に突っ込んだ。


「足が軽っ!?」

 そりゃ、詰めてたおもりのコインがないしね。


 あれは、そう簡単には捕まらないかもしれないな――軽いがゆえに。


 思いながら、ゆっくりと立ち上がり、焚火を消していると、手を握られた。

 助けた女の子だ。


 短い、オレンジ色の髪。白い指。不安そうな表情。

 あのペンダントは、かなり大事なものだったのかもしれない。

 少しだけ、盗人を捕まえなかった事に、今更だけど罪悪感が浮き上がる。


 ぐいぐい、と引っ張られる。


「一緒に、いこっ」


 ……了解。

 守りたくなるような、放っておけない感じの女の子だった。

 だからこそ、俺とラドは魔獣の巣から、この子を必死に助けたんだけどね。



「待て、ラド――速い!」

 お前の足に、女の子がついていけていない。


「お前もな!」

 そうだ、俺もだ。

 そして、そんなラドから逃げ切っているあの盗人は、どんな足をしているんだ?


「足じゃないっ」


 ラドが言いながら、若干、速度を落とす。

 すると不思議と、盗人も速度を緩めた気がした……まあ、微々たるものだったが。


 実際、あのままいけば、姿はすぐに見えなくなるはずだった。

 だが、視界に収まる程度に、距離が保たれているという事は、

 安全地帯を基準に、向こうも速度を維持している。


 あの女の子も、ギリギリだったってわけか。


「なるほど、コース取り」


 それと、異常に多い曲がり角のせいだ。

 ラドは曲がり角を曲がる度に、若干だが、速度を落とす。

 それでもほとんど落としていないのだから、素直に凄いのだが……、


 盗人の方は違う。

 曲がりながら、垂直の壁を走り、再び地面に戻っていた。

 これで、速度が落ちないのだ。


 これが、足の速いラドが追いつけない理由。


「あ――」


 がつっ、と、足元から音がしたと思ったら、

 並走していたオレンジ色の女の子の姿が、視界から消えた。

 咄嗟に手を取るが、膝は地面に擦れてしまい、切り傷になってしまう。


「――あう!? い、いたぁ……」

「大丈夫か!?」


 女の子の片方の手を掴んで、引っ張るラド。

 ……なんで俺と二人で、女の子を支えているんだ――。


 ラドがいるなら、俺はいらないじゃないか。


 手を離すと、


「……あ」と、不安そうな表情に変わる。


 ……甘える相手は目の前にいるだろう。

 手に残る震えた女の子の手。

 魔獣に襲われた時の記憶でも思い出したのだろうか……、

 残念だけど、その恐怖は埋められない。


「ありがとう」

「気にするなよ。大丈夫だ。おれらがいる。恐くない」


 ……うん、と女の子が頷く。


 おい、さり気なく俺を入れるな。

 見捨てはしないけど、積極的に関わらないからな?


 まあ、ラドには気持ちは通じず、


「どうする、クマーシュ」

 と、横目で聞かれる。


 相手を見失った事……? 知らないよ……。


 とにかく、可能性のある道を追うしかないでしょ。


「だよなー。まあいいか。

 一人で人海戦術は、おれの得意分野だ!」


 恐らくは、虱潰しらみつぶしで代用できる気がするが、まあ。

 ラドらしい言い方ではある。


「クマッシュ……」

 と、オレンジ色の女の子に、名前を呟かれた。


 ……そんな勢いのある名前じゃないから。

 クマーシュだよ。

 そう訂正する間もなく、ぽつんと、音が一人で飛び立っていく。




「あ」


 体をすっぽりと隠すほどに大きなリュックを背負った女の子が、

 なぜか、前から勢い良く飛び出してきた。

 先ほど盗人が曲がった道とは、反対の道から。


 両足のかかとでブレーキをかけ、砂埃が舞う。

 よほどの勢いがあったのだろう、なかなか止まらない。


 目の前で止まった女の子は、気まずそうにしながら、

 えへへ、愛想笑いを振りまき、その場でターンをしたが、

 ラドにリュックを掴まれ、浮いた足だけが、高速回転する。


 発電しそうな回転だ(リモコンがあるけど、まあ、電流使いだけに)。


「よっ」


 ラドが手を離し、同時にジャンプ――飛び蹴りをリュックに浴びせる。

 すると、自分の力とラドの力が合わさって、支えきれない勢いのまま、

 盗人は顔面から、地面を数十メートル転がった。


 ……見てて面白いな、これ。

 痛そー、と、隣の女の子まで同情のまなざしだった。


「い、いきなりなにするんすかッ!」

「出会い頭にお金とペンダントを盗まれました被害者ッスけど、文句あるんスかー?」


 下っ端のような嫌味を言いながら、ラドが近づく。

 その口調は、お前がいちばん似合うな。


「お金は……、今は別にいい。とりあえず、ペンダントだけは返せ」


「いや!」


 やー! と、両手でぎゅっと握り締める。

 ラドはその手を離そうと、力づくの手段に出た。

 ……じゃれ合っているようにしか見えないんだが。


 自分のものを取り合う二人を見て、あたふたしているオレンジ……、

 えっと……、そろそろ名前がないと不便に感じてきたな。


「あ、そうだよね……私は、レイトリーフ」


 ――らしい。


 俺とラドの名前は、会話の中から拾ったらしくて、向こうは知っていた。

 だけど、一応、クマッシュじゃないからな?

 クマーシュだ。

 あだ名で呼ばれるなんて恐れ多い……俺は、普通に呼ばれる方が気が楽だ。


「そうなんだ……じゃあ、クマッシュって呼ぶね」


 彼女はウインク一つ、歯を見せ、ニカッと笑う。


 ……確信犯。

 良かれと思ってやってるな?


 まあいい。

 俺がレイトリーフをあだ名で呼ばなければいいだけだ。

 あだ名での呼び合いは、特別感が出てしまう。

 特別感というか、親しい感じが。


 だから、レイトリーフのまま。


 すると、彼女がなにかに気づいた――よりも早く。


 全身に纏う空気を、いち早く変えた者がいた。

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