第4話 小さな盗人ちゃん

「大丈夫だよ」


「え、僕はなにも言ってないよ……?」


 ラドが幻聴に返事をしていた。

 ふらふらと、後ろから見ているけど、危なっかしい足取りだ。


 怪我をしたと言うよりは、眠気があるのだろう。

 俺は近くにあった焚火跡を見つけ、そこにラドを誘導する。

 ほとんど眠っている状態でも、背中の女の子を落とさないのはさすがだ。


「ちょっと休憩しようか」


 その一言と同時に、ラドは倒れ、いびきをかき始めた。

 地面に額を打ち付けていたが、構わず眠っている。

 大丈夫か……? 凄い音してたけど……。


 それと、女の子を放り出すなよ。

 俺が咄嗟に抱えたから良かったものの……。


 ラドはそのまま、うつ伏せで地面の布団を堪能してもらうとして、

 女の子の方は、どうしようか……。カバンを枕に……、ラドのがあるな。


「あ。僕のは、あの魔獣に取られたまんまだな……」


 一応、紙幣はポケットにも入れて分散させておいたので、一文無しではない。

 水溜まりのせいで、濡れてはいるけど。


 服……、上着を脱ぎ、女の子にかけておく。

 女の子のオレンジ色の服は、モコモコと暖かそうな上着だったので、

 もしくはそれをかければいいとも思ったが、脱がす勇気はなかった。

 その瞬間に起きられたらと思うとゾッとする。


 誤解を解くための会話が面倒くさ過ぎる。

 無難に俺の上着を……、しかし、ラドのでも良かったかもしれない。

 ラドは裸になるけど――、まあ、あいつは気にしなさそうだ。


 結局、俺の上着を貸した。

 目を覚まさない女の子と、ぐっすりと眠るラド。

 言い方は違うけど、同じ事だ。

 それを眺める俺も、視界がぼやけてくる――、


 やがて、一気に眠気がやってきた。


「なにもしていないけど……」


 動いていなかったわけじゃない。


 考えた。

 余計な事を、考えた。


 心配して、気力を使って。

 警戒をして。

 体は汚れていなくても、精神は摩耗する。

 そして、そういう疲れこそ、がまんが効かないのだった。


 ふっ、と。

 電池が切れるってこんな感じなんだと、

 すぐに忘れた事を――その時に思った。



「んー、あれ? 

 …………なるほど、たくさん手に入るから、

 コインは減らして、紙幣に切り替えたんだねー。

 手元に見える欲に溺れないのか、

 それとも単純に、重たい事にうんざりしたのか――」


 どっちかなー、と弾んだ声が聞こえる。

 意識がはっきりとはしていないから、まだ夢うつつの状態だ。


 しかし、なんだか、

 今ここで、目を開けてはいけない気がする。


 もう少し、泳がせておいた方がいい気がする。

 気がするだけで、その感覚が正解の保証もない。


「ポケットに、上着の内側……カバンの中まで? ……用心深いんだねえ。

 よくカツアゲでもされるのかな? 

 いくつも囮を仕掛けて、本命の高額は目がいきにくい足元に隠すなんて……」


 搾取される事を前提にして、結果を変えようとはしていないのが丸分かりだよ――と、

 ただのお金の隠し方で、自分の人との向き合い方が丸裸にされていくようだった。


 丸裸よりも。

 言葉の威力は皮を剥いでいる。

 どこまで見られるんだ、これは?


「それに比べてこっちは……、

 カバンの中に、コイン? 

 いや、もうこれは意味わかんない」


 ラドは、そっか、俺の真似をしてコインを捨てようとしたけど、

 もったいないからって、おもりとしてカバンの中に入れたんだった。

 それは単純に、筋トレのためか?


 じゃらじゃら、とコインを別の……、これは、袋か? 

 中には既に別の物が入っているようだ。


 コインが、積まれていく音。

 音だけで判断すれば、さっき助けたあの女の子が、

 俺達が眠っている隙に、お金を盗ろうとしている――と言える。


 俺の紙幣はほとんど盗られ(全てではなく)、今はラドの番だった。


 ラドだったら、気づけば真っ先に起きているだろうから、まだ眠っているはず。

 うるさいいびきも、演技とは思えないし、マジでまだ寝てやがるな……。


「この子は……、あれ? お金はないんだ」


 この子? ……そうか、予想がはずれた。


 俺達の金を盗っているのは、助けたオレンジ色の女の子じゃない。


「!」


 がばっと起き上がった俺に反応し、帽子を被った小柄な女の子が袋を落とす。

 中のコインが数枚、落ち、たった数枚だが、しかし洞窟内には響く音だった。


 寝落ちしたのが幸いだった。

 焚火は消えていない。だから燃える木を蹴り飛ばす。

 灰になりかけている木と火の粉が、小柄な女の子に降りかかる。


「あうっ」

 と、一瞬でも目を潰せたその隙に、女の子の両手を取ろうとするが、


「あぎっ!?」

 瞬間、全身に電流が走った感覚。


 実際に電流が走った。

 俺の脇腹に押し付けられていた、

 リモコンのような形状をした黒い物体の先っぽからは、青白い波線が出ている。


 バヂィッ! と。

 ……二度と味わいたくないなあ、それは。


 スイッチ、一つで、電流を出せる……、

 痛いに抑えていることを考えると、脅しに使うのか――悪趣味なアイテムだ。


「動くな……っす」

「はい、動かないです」


 痛みを思い出し、電流の音に反応して、思わず敬語になる。

 脅しとしての効果は抜群だ。できれば、もう喰らいたくはない。


「動けば、またさっきの」


「動かないです」

 俺は両手を上げてすぐに降参をする。


「諦めが早い……まあ、こっちとしてはいいっすけど」


 しかし、警戒を解いてはくれない。

 俺を見つめながら、盗んだものを自分のカバンに詰める。


「コインをあっさりと捨て、紙幣だけを持ち運ぶ、

 その思い切りの良さとギャンブル根性にちょっとだけ面白そうな相手かも、

 と思ったっすけど、思い違いでしたね」


 男と女っすよ? と盗人は挑発してくる。

 さっさとそれを持って逃げればいいのに……、と思いながらも、相槌を打つ。


「そうだね」

「そっちがわたしを押し倒せば、現状はひっくり返るっすよ」


「そうだね。脇腹に電流が流れて痛いけど」

「手を押さえれば動きを封じる事もできるのに」


「手を押さえる前に、僕の体に電流が当たるね」

「そもそもで、この電流を押さえてしまえば」


「押さえた手に電流が触れたら痛いからね」


 呆れた顔で、盗人が俺を見る。


「……あんたは本当にハンターっすか?」


「ハンターだよ。トレジャーハンター」


 戦いは得意じゃないんだ。

 魔獣よりも、人とは特に。


 まあいいっす、と盗人が俺を見下し、大きなリュックを背負う。

 彼女の体をすっぽりと覆ってしまうくらいの、大きなリュックだった。


 その中には、俺とラド、

 そしてたぶん、これまでのたくさんの人の盗品を詰めているのだろう。

 このダンジョンでの成果だとしたら、ほとんどがお金か。


 それ以上、まだまだ手に入るだろうお金があるだろうに。

 その時は、どうするのだろうか。


「決まってるっす。全部、盗るに決まってるっすよ」


 そのやる気には感心してしまう。

 今でさえ、背中は重いだろうに。

 既に、少しふらついている……、危なっかしい足取りだ。


「手伝おうか?」

「油断大敵!」

 っす、と、忘れたように特徴的な語尾をつけ、

 待て、と俺に手の平を見せる。


 小さな手には手袋がはめられていた。


「……その親切心は普通に怖い」


 そもそも、取り返しにこないんすか? と。

 言われて、まあそりゃそうかと納得する。


 お金が盗られた、じゃあ取り返しに向かうのが普通か……そりゃあ。


 お金を重要視している人からすれば、の普通だ。


「いやまあ、どうでもいいって言うか、嫌いって言うか……」

「お金が!?」


 うん、と頷く。

 んー、やっぱりこういう意見は少数派なのかもしれない。


 少数派ならばまだいい。

 派閥ですらなくなった孤独は、考えの間違いを押し付けられる。

 嫌いなものは嫌いなのだから、放っておいてほしいと思うけど。


 多数派の重圧、集団心理、

 表面的な世界を、簡単に捻じ曲げる方法。


「…………」

 盗人は、きょとんとした顔で俺を見る。


「ん。どうしたの?」

「いや……」


 なんでもない、とは思えないけど、重ねて聞くほどでもなかった。


「なら、早く逃げれば? 

 そっちの男の子は、盗まれたと知ったら間違いなく追いかけるよ?」


「でも、今……」





「――ああっ!」


 突然のその声に、俺も盗人もびっくりしてしまう。

 起き上がったのは、つい今まで気絶していた、オレンジ色の女の子だった。

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