第3話 見殺しの鳥カゴ その2

 あの時、遠くからでは小さな覗き穴でしかなかった狭まれた視界から、

 一瞬だけ横切ったプテラに掴まれた女の子を、ラドは見たって……? 

 いくらオレンジ色だからって……、目が良いってレベルじゃない!


『おれは感情がなんとなく、色で見えるんだよなあ。だから倒せた』


 とか、四足歩行の獣を二撃で倒した時、そんな意味不明な事を言っていたが、

 その場しのぎの嘘ではないのかもしれない。


 直接、見たわけではなく……、

 ラドにとっての見え方で、女の子を見た――だとしたら、納得する。


 この世界には魔獣がいる。

 亜人がいる。魔法使い、錬金術師。


 人の才能、未来を見抜く能力を持つ者もいる。

 じゃあもう、なんでもありだ。

 ラドのその言葉を、嘘だと断言はできない。


「……よし」


 ここまできたらしょうがないか。

 ラドに任せるにしても、このままじゃあ、長引きそうだし、

 俺もこの鳥カゴからは逃げられない。


 関わり合いにならないようにするには、もう遅い。


 それに。

 気づいてしまったやり方を知っていながら、見捨てるのは後味が悪い。

 成功できると思っていながら、見て見ぬ振りをするのも。


 助かったはずの命を失くすのは、バカらしいだろう。


「付き合うよ」


 指南してくれたお礼だ。

 まあ、ほとんど聞いていなかったけど。




 ラドが戦いあぐねているのは、

 もちろん、助けるべき女の子の存在があるからだ。


 ラドがプテラを攻撃し、撃退するのは簡単だ。

 だが、ダメージによって、プテラの足から落下した女の子は、

 浅い水溜まりか、水晶の壁に打ち付けられる。

 それを危惧しているため、ラドは現状、なにもできないでいた。


 でも、俺はここにいる。

 受け止められなくても、クッションにはなる。


「ラド!」

「クマーシュ!」


 声を出す事に危険はあった。

 声の出所から、俺の居場所がばれてしまう可能性があるからだ。


 いくら目が悪くとも、大体の場所くらいは分かるだろう。

 たとえ目が悪くとも、自分の家の中にある物を把握しているように。


 だからここからは時間の勝負。

 分かっているのかよ――ラドはしかし、さっさと落としてくれない。


 意図が伝わっていないわけではないんだけども……。

 棍棒を取り出した事で片手になり、しがみつけない、とか? 

 あいつ! じたばたともがくプテラに、振り回されてる!


 それでも。


 ラドは振り落とされる事を前提として立ち上がり、

 背中を駆け抜け、棍棒をプテラの脳天に叩き付けた。


 鐘を叩くような音と共に、プテラが離した女の子が落下する。


 ちょ――っ!


「遠い!」


 俺の足じゃ無理だ。

 このままじゃ、地面に叩きつけられる!


 計算したのか、偶然なのか――、

 しかし成功させてしまうところが、ラドという男なのかもしれない。


 なんだかんだと、なるようになる。

 結果が最悪にならない――、

 ある人の言葉を借りるなら、人助けの、いや、英雄の才能。


 脳天を叩かれ、怒ったプテラは、

 空中で身動きの取れないラドを、翼で地面に叩き付けた。


 ラドも人間だ、痛みはあるし怪我もする。

 しかしそれを感じさせもせず、

 彼は追い抜いた女の子の落下を、その両手で受け止めた。


 お姫様抱っこで、格好良く。


 あとから合流し、

 追いつけなかった俺を見て。


 にかっ、と笑って。


 もったいない言葉を俺に言った。


「クマーシュ、サンキュな」

「いや、……ああ、うん」


 俺、なにもしてないんだけどね。




 大怪我に見えたラドの体は、意外にも無事だったらしい。

 打ちどころが良かったのか……、

 いやでも、巨大なプテラの翼で叩きつけられたのだから、

 どこを打たれようが、痛いとは思うが……。


「大丈夫だよ」


 そっか、と答える。

 ラドよりも、聞くべきは女の子か。


 ラドが両手で支える女の子は、まだ目を覚まさない。

 外傷はなさそうに見える……、

 息もしてるから、無事だとは思うんだけど。


 ただ、目を覚まさないだけなのだ。

 再び、見慣れた洞窟内を進む。




 鳥カゴを抜けるのは一苦労だった。


 傾斜を上って元の穴に戻るには、

 たくさんの魔獣から狙い撃ちにされるし、女の子を抱えながらだとラドがつらい。

 背負ったとしても、やはり魔獣が気になる。

 また攫われたら目も当てられないし……、繰り返す気力も、こっちにもなかった。


 ダンジョン六層(……恐らく)に入ってからは、一本道だった。

 突き当りがこの鳥カゴならば、引き返したところで、前に進めない。


 別ルートなどは見つけられなかった。

(まあ、見つけられなかっただけで、あったのかもしれないけど)


 なので、この鳥カゴ内に別の道があると思った俺達は、

 一番、怪しい水溜まりに目をつけた。

 案の定、水溜まりの中を手で探っていると、取っ手のようなものが引っかかった。


 引っ張ると、あっさりと蓋が開く。

 水溜まりは全てそこに流れ、正方形の穴が現れる。

 中を見れば、ハシゴが真下に続いていた。


 ラドが女の子を背負ってハシゴを降り、

 俺が最後に降りて、蓋を閉める。

 水が流れる音がした。

 上では、また水溜まりになっているのだろう。


 ……さり気なく戻れなくなったぞ。戻る予定もないのでいいけど。

 ともかく、降りた先は、さっきまでと同じような石壁に囲まれた洞窟だった。

 道幅はちょっと広いけど……、こうも同じ景色だと眠くなる。


 疲れた後だから、尚更だった。

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