第2話 見殺しの鳥カゴ その1

 ラドの戦闘指南が始まる。

 俺はそれをうんうんなるほど、ほうほう、と、

 おちょくっているようにも聞こえる相槌あいづちで暇を潰す。

 聞いてはいるけど頭には入っていない。

 こんなの、互いに沈黙を埋めるための話題だ。


 まあ、中には感心するような戦法もあるので、全てを聞き流すわけではない。

 相棒、と言えるほど、長い時間を一緒にいるわけじゃないけど、

 それでも魔獣という危険を一緒に逃れ、

 宝箱という喜びを一緒に分かち合った仲だ……、耳は傾ける。


 と、途中で首を傾げていたのは、ラドだ。


「……? どうした?」


「吹き抜けか……? 真っ直ぐ進んだ場所に、ちょっと広めの空間がある」


 ……? 目を細めて見てみるが、いや、分からない。


「まあ、クマーシュは目が悪いしなー」

 と言われ、驚く。


 俺、ラドに目が悪いなんて言った事ないんだけど……、


「いや、メガネをかけておいてそれはないだろ」


 ああ、そうか。

 慣れてしまうと、かけているのも忘れてしまう事がある。

 寝る時も常にかけているから、既に体の一部分になっているのだ。


「ちょっといって」

 ――くる、と最後まで言わずに、走り出したラド。


 最後の言葉はほぼ脳内補正だ。


 俺も仕方なく追う。

 なにを見たのか知らないけど、どうせ行き先は同じだ。

 さすがに走りはしないが、早歩きで目的地を目指す。


 ラドが勢い良く飛び出した先は、上下左右に広がる楕円形の空間だった。

 上下に長い。

 俺はちょうど、その中間地点くらいに顔を出したわけで……、

 降りるのもひと苦労だ。


 幸いにも、傾斜になっているので、滑る事で下にはいけるんだけど……、


「濡れてる」


 下は深い水溜りか、小さめの湖か……、

 さて、降りるべきか……。


「――クマーシュ!」


 切羽詰まったようなラドの声に反応し、視線を上げると、


 影、そしてくちばし!


 迫ってくる圧が感じられて、咄嗟に体を後方へ飛ばす。

 迫ってきたそいつが起こした風のおかげもあると思う。


 あとほんの少し、後ろへ下がるのが遅れていたら――、

 目の前の長いくちばしに、体が一突きにされていただろう。


「…………魔獣」


 でかい。そのおかげか、翼でつっかえて、細い洞窟の中までは入ってこれていない。

 ばたばたともがくが、石壁を破壊しない限りは無駄な努力だ。


 一応、ひと安心ではあるが、これじゃあ俺は先に進めない。

 ラドは……、しかし、大丈夫だろう。


「さっき助けてくれた時に倒した魔獣の方が、強そうだ」


 四足歩行の巨大な獣。

 それを拾ったとか言っていた木の棍棒こんぼう一つで、しかも二撃で倒していた。

 それと比べれば、この鳥など楽勝だろう。


 問題があるとすれば、その動きか。

 さっきの獣は巨大だからこそ狙いがつけやすいし、

 動きも遅かったからこそラドでも倒せたとも言える。


 この魔獣は飛ぶし素早いし……、

 ラドの棍棒が当たればいいんだけど。


「おっ」


 俺を狙うのは諦めたのか、魔獣が顔を引っ込めた。

 翼をはばたかせ、洞窟内と比べれば明るい、楕円空間を縦横無尽に飛び回る。


 ここからでも分かった。

 数体じゃない、楕円空間には、数十体以上の魔獣がいる。


「同じ種類……。じゃあ」


 ……巣、か。


 形状的にも、なるほど――鳥カゴにも似ている。


 青色の水晶が石壁に貼りついており、それが光を放っているため、明るい。

 神秘的な空間だが、所々に見える人間の白骨化した食べカスがあるため、

 さすがにこれを絶景とは思えなかった。


 さっきとは別の、同種類の魔獣にも注意しながら、俺は顔を出す。


 ラドはどこに……。


 ――いた。

 魔獣の背中にしがみついていた。

 首に手を回し、振り落とされないように。


 良いポジションだとは思うけど、ラドの動きが妙だった。

 なんだか、割れないように、大事に卵を抱えているかのような慎重さだった。

 首までくれば、あとは一瞬で勝負がつくのに……、

 ハンターであるラドなら簡単だろう。


 メガネをしてても、やっぱり遠方は良く見えない。

 ぼやける。かろうじて見えるのは……、

 ラドが乗る魔獣が、足で掴んでいるオレンジ色――、


 恐らく、あれがラドの動きを鈍くさせているのだろう。


 不規則に動く魔獣の飛行ルートを見破るのは難しい。

 だからこれは、運だ。

 近くまできた時を狙って、あのオレンジ色の正体を見抜く。


 今は遠い。もう少し、近くに。

 徐々に近づいてきてはいるけど、やはりぼやけて見えない。

 ああ、また遠ざかる。

 しかも同じ種類の魔獣がたくさん飛んでいるため、混ざる時がある。

 ……見逃すと厄介だ。


 黄ばんだ魔獣の中にいる、

 目立つオレンジ色のおかげで、目標が見つけやすいのが幸いだ。


 見失ってもまた見つけ出せる。

 そして、これは自業自得だった。


「うおっ――」


 近づこうとするあまり、俺は体を前に出し過ぎてしまっていた。

 洞窟出口であり、鳥カゴ入口である穴から体の三分の一も顔を出していたら、

 さすがに向こうも気づく。

 群れの中の一体が、俺に向かってダーツのように突進してきたのが視界に入った。


 今度は後退しない。

 それをしていたら遅過ぎる。


 だから前方に進んだ。

 体を投げ出し、傾斜を滑り落ちる俺は、そのまま湖の中へ……、

 と思ったら、勘違いしていたが、ただの水溜りで浅かった。

 膝まで、まさか水深がないとは……。


 水中に身を隠そうと思ったのに……、その計画は使えない。

 魔獣が俺を掴もうと、低空飛行から足を伸ばしてくる。

 肩にかけたカバンを盾にし、それを掴ませる。


 そのまま、俺を残し、魔獣が上昇していく。

 それっきり、魔獣は俺に構ってはこなくなった。


「……? ――あのカバンを、僕と勘違いした?」


 侵入者に見えたカバンを排除したから、片割れの俺には興味がないって?


 もしかして、一旦見逃してしまうと、すぐには見つけられない?


「さっきは……、まあ、あれは物理的に届かないから諦めたのか」


 洞窟内でくちばしが届かない時、魔獣は俺の事を諦めた。


 考えるための頭はあっても、見て判断する視力はないのか。

 予測ができ、先読みができ、布石を張る事ができても、

 見えないものには気づかない……、単純な事だった。


 明るいとか暗いとか関係なく……じゃあ、俺は今――、


「敵の本拠地にいながら、自由なのか」


 身代わりのカバンが、身代わりだと気づかれなければ。


 浅い水溜まりを歩く。

 水の音は、意外と大きいのだ。


「おっと」


 ……耳は聞こえるか、そりゃそうか。

 じゃないと、魔獣同士の会話で、鳴き声なんて使わない。


 音に反応して数体はこっちを見るが、首を傾げ、真上を見る。

 ラドが乗る魔獣を、目で追っていた。

 見えづらいくせに。

 でも、魔獣からすれば、同じ種類の魔獣でも顔が違うのかもしれない。


 人間だってそうだ。

 たとえ目が悪くても、

 友達二人を目の前にして、どっちが誰だか分からなくなる事はないし。


 ラドが乗るあの魔獣……、ややこしいから、一旦、プテラと呼ぼう。

 どれが首領ドンなのかも分からないからな。


 ……魔獣同士なら、プテラを見失ったとしても、すぐに見つけられる。

 プテラの顔は魔獣からすれば、固定された顔なのだから。


「僕は今、見失いやすく、見つけにくい状態なのか」


 ちょうど、服も青色だ。

 それが水溜まり、水晶に上手く保護色となって、見つけにくい。

 いやほんと、目が悪い人に同色同士を重ねると、

 手前の小さなものって溶け込むからなあ。


 あのオレンジ色とは真逆だ。

 だからすぐに見つける事ができた。



 …………女の子? 


 プテラが足でがっしりと掴んでいるそれは……女の子だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る