第31話 叔父と甥

「あんたの話はわかった。継ぎ足は一体どこにあるのかね」

 吟香は腹が立ったが気持ちを押さえ淡々と聞いた。

「部屋の床下にあります」

 素直に答えた平八は、壁に立てかけた杖を取りぎこちなく歩み始めた。

 奥ののれんを上げると、一段高くなった四畳半の部屋になっている。

 上がりがまちにゆっくりと腰を下ろし、ふたりに言った。

「真ん中の半畳の畳を上げてください」

 吟香たちは部屋に上がり、小さなちゃぶ台を動かしてすり切れた畳を上げた。下には薄い板が張ってあり、使い古した道具箱が置かれている。

 中を改めると、木とゴムでできた継ぎ足が入っていた。

「この継ぎ足はあんたの足に合ったのかい」

「それが、脱疽が移るんじゃないかと気味が悪くなって、結局つけませんでした」

「ふざけるな」

 平八が悪びれもせず言ったので、吟香は声を荒らげた。

「脱疽は人には移らないぞ。そんな程度の覚悟で甥っ子に盗ませたのか。あんたは、太夫だけが継ぎ足を使えるのがくやしかったんだろう。気の毒だが、これは仕方ないことなんだよ」

 諭すように言うと、平八はくちびるを噛みしめている。歯ぎしりをせんばかりの平八に、康次郎が話しかける。

「太夫が払った二百両は大半が借金らしい。それを返すために継ぎ足をつけて芝居をするのがどんなに大変なのか、手術を受けた人ならわかるだろう」

 交互に話しかけたが、そっぽを向いている平八の耳には届かないようだ。

 吟香があきらめて道具箱を抱え立ち上がったとき、

「あれっ、下田座と同じ腰掛けがある」

 康次郎が大声を上げた。

 指差している廊下を見ると、やはり同じ腰かけが置いてある。両脇の取っ手にはひもが通してあった。

「えっ、どうして下田座にもあるんですか」

「太夫のために作ってくれと、宗吉が棟梁に頼んだのさ」

「あいつがそんなことを」

 平八は何度も首を横に振っている。

「せめてもの罪滅ぼしに、あんたと同じ腰掛けを使ってほしかったのだろう。少しは宗吉の気持ちを考えてごらん」

 甥の心根を知り己の罪の重さに初めて気づいたのか、平八の表情が一変した。

「宗吉が作ってくれた腰掛けは、体を拭いたり服を着替えるのに重宝でね、毎日の暮らしにはなくてはならない物なんです。わたしは、あのやさしい子をひどい目に遭わせてしまったのですね」

 吟香は道具箱を脇に置き、穏やかな顔で平八のそばに坐った。

「わしはこれから継ぎ足を返しに行くが、ふたりのことを話すつもりはない。たとえ継ぎ足が戻ってきても太夫は許さないだろう。宗吉を探し出してしかるべき所へ差し出すかもしれない。宗吉は罪を犯したが同情の余地もある。わしはまだ若い者の芽を摘みたくないのだよ。康次郎さんはどう思うかい」

「わたしも同じことを考えていました。話を聞いてみるといい奴ですよ」

康次郎ははっきりした口調で答えた。

「宗吉のことをそう言ってもらえるのは、ありがたいです。どうかあの子を許してやってください。わたしが悪うございました」

 平八は涙声で言い、深く頭を下げた。

 えたように小さくなっている姿に、大きな夢も甥との絆も失った男の哀れさを吟香は見た。

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