第30話 アメリカの曲馬団

「それで、宗吉はあんたの身内なのかい」

 平八の話をさえぎるように吟香が口をはさんだ。

「やはりご存じでしたか。あれは姉の息子です。仕立職人にしてくれと頼まれてうちで預かっていました。でも異人の軽業の一座が初めて来たとき、すっかりとりこになってしまい『軽業師になる』と書き置きを残して出て行ったんです」

 開港の五年後、アメリカ人のリチャード・リズリーが率いる曲馬団が横浜を訪れ、居留地の空き地にテントを張りひと月余り興行した。

 出し物は曲馬だけでなく、玉乗りや輪乗り、ブランコなど日本人が初めて見る軽業が多かったので人気を集めた。

「異人曲馬」や「中天竺ちゅうてんじく舶来之軽業」など七点の錦絵まで売り出されたのである。

「宗吉が戻ってきたとき、あんたが足を切ったことを知っていたのかね」

「いいえ。姉には足に怪我をしたとしか知らせてなかったので、宗吉はとても驚いていました。人を雇う余裕もないのでひとりでやっていると言ったら、泣いて謝りました。それから同じ手術をした和泉屋さんを訪ねて、竹の継ぎ足のことを聞いてきたので作ってみました」

「ふたりで作ったんだね」

「はい。でもいろいろ工夫したんですが歩くのがやっとでした。ひと月ほど前には田之助の継ぎ足の話を聞いてきました。『河原乞食が二百両の継ぎ足とは、ちゃんちゃらおかしい』と、和泉屋さんはたいそうおかんむりだったそうです」

 田之助を妬み悔しがっている顔がまぶたに浮かび、吟香は苦々しい顔をしている。

 和泉屋は人相書きを見て宗吉だと気づき、何か面倒なことが起こったと、とっさに察したのだろう。己に火の粉が被らないように知らないふりをしたに違いない。

 吟香の様子には関心がないように、平八は話し続ける。

「田之助の話を聞いて、芝居者が継ぎ足をつけるよりわたしのほうがよほどお国のためになると思いました。ハワイ国へ渡る移民のために、体裁のいい服を作るという志を持っているんですからね」

 平八が平然と言ったので、吟香はあきれ返った。

「あんたはお国のためだと言って宗吉に盗ませたのかい」

 もしやと思いたずねると、そうですと平八は胸を張った。

「ちょうどいい具合に、下田座で大工の手伝いを探しているというので『お前が行って、隙あらば継ぎ足を盗んで来てくれ』と頼みました。宗吉はそんなことはできないとずっと拒んでいましたが、最後には折れました。あの子の素直さにつけこんで、わたしは取り返しのつかないことをさせてしまったようです。申し訳ありませんでした」

 宗吉の盗みに話が及ぶと、さすがにばつが悪そうに謝った。

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