第29話 ハワイ移民

「ではハワイ国に移民を送ったのも金儲けのためだったのですか」

 青ざめた顔で問いかける平八に、それはどうかなと吟香は首をかしげた。

「商人だから手数料で儲けることは考えていただろう。だが働き者の日本人を呼ぼうとして、志半ばで亡くなったハワイ国の役人の遺志を継いだのも事実だよ」

 吟香はそう言った後、厳しい表情になった。

「わしが納得できないのは、人集めのやり方だ。リードさんに代わって移民を募った口入くちいれ屋(仕事斡旋屋)の太田屋半兵衛さんは、あっちへ行っても好きな仕事ができると言っていたそうだ。だが実際には甘蔗かんしょ(さとうきび)畑で働くしかないと、ハワイ国へ行ったことのある異人に後で聞いたよ。これがリードさんの指図なのか、半兵衛さんが勝手にやったのかわからない。腕に覚えのある職人や商人、侍まで船に乗って行ったというから、皆どんな暮らしをしているのか心配だね」

「ああ、わたしもだまされた。あの人は『職人、オーケイね』と言ったんです」

 平八が頭を抱えて叫んだ。

「やはりリードさんの考えだったのか。何があったのか、全部話してくれるね」

 強い口調で言うと、平八は素直にうなずき話し始めた。

「リードさんが初めてこの店へ来たのは、3年前でした。世間話をしているうちに、ハワイ移民のことを聞いたんです。ハワイ国は一年中夏の国だそうで、日本人が向こうへ行ったら何を着ればいいのかと考えました。腹掛けや、着物の袖をまくりあげるのでは体裁が悪くて、馬鹿にされるじゃありませんか。それでわたしは着物の生地で、働きやすい半袖のシャツやズボンを作りたいと思いました。初めはこの店で仕立てるつもりでした。でも三百人以上の移民を送り出すと言うので、いっそのことわたしもハワイ国へ渡って店を出したいと思いました。その話をしたら『職人、オーケイね』と言われたんです」

「どんな方法を使ってでも、頭数を揃えようとしたのだな」

 康次郎がほおをふくらませている。

「ところが、わたしはまもなく大けがをしてしまいました。それでもわたしはあきらめませんでした。継ぎ足を使ってなんとしても歩けるようになり、二回目のハワイ移民に加わりたいと思ったんです」

 己のことばかりとうとうと話す平八を、吟香たちはあきれ顔で眺めている。

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