第27話 唐物屋の主

 次に吟香たちは和泉屋を訪れた。

入口の扉の両側に置かれた花台に朝顔の鉢が飾られている。

店の中に入ると、壁に掛けられた大きな西洋鏡の前で、若い雇い人が男の客と話をしていた。吟香たちを見て会釈し、奥に向かってだんな様と声をかけた。

 奥では、散切り頭をきれいになでつけた四十がらみの着物姿の男が、机の前に座り書き物をしている。

 ふたりがあいさつをすると、

「前にヘボン館におられた岸田吟香さんですね。わたしはこの店の主、和泉屋藤兵衛でございます」

 と丁寧に頭を下げた。吟香は面識がなかったが、主は吟香のことを知っているようだ。

 机の右端に立て掛けてある二本の杖をつかみ、脇の下にはさんでゆっくりと立ち上がった。上背があり、がっしりした体格の男である。

 杖を器用に扱い、なめらかな動きで近づいてきた。

 お上手ですね、と康次郎が感心している。

「これはとても使い勝手のいい杖なんですよ。居留地のオランダの施療所で使っているものを、ヘボン先生が取り寄せてくださいました」

「そうだったのかい。ところで今日は尋ね人のことで寄らせてもらった」

 吟香が取り出した人相書きを見た主は、ゆっくりと首を横に振った。

「見かけたことはありません。なぜこの人をお探しなんですか」

「江戸の知り合いに、横浜へ行ったきり帰ってこない息子を探してくれと頼まれたのだ」

「それは難儀なことですね。何もお役に立てず、誠に申し訳ございません」

 と丁重に詫びたので、吟香たちも恐縮して頭を下げた。

「ヘボン先生はお元気ですか。藤兵衛はこの通り元気にやっておりますとお伝えください」

 ふたりが店を出るときには笑顔で送り出した。

 本町通りを抜けて路地に入ると、吟香が小声でたずねる。

「和泉屋さんのことをどう思うかい」

「うそをついているようには見えませんでしたが、何か引っかかるんです」

「そうだね。他の商人に比べると、どこか構えているような気がするんだ。だがあの体では太夫の継ぎ足をつけるのは無理だね」

「たぶん和泉屋さんは盗っ人とは関わりがないのでしょう」

「残るは平八さんだ。また店の近所で聞いてみよう」

 吟香たちは本町通りを南に折れ,弁天通りに出た。

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