第26話 江戸の客
朝飯を終えた吟香と康次郎は、本町へ向かった。
幅の広い通りの両側に、唐物屋や異人相手の土産物屋が軒を連ねている。
間口三間の大きな和泉屋はすぐ見つかったが、まず斜向かいの三好屋ののれんをくぐった。
店内には錦絵や人形、こけしなどがきれいに並べられている。
吟香はヘボンの知人が帰国するときに、この店に案内したことがある。
主はふたりを丁重に出迎えた。
「おはようございます。下田座の芝居もいよいよ明日からですね。『もしほ草』を読んだ江戸のお客様も来てくださると、皆楽しみにしております」
継ぎ足を盗まれたことをまだ知らない主が、いつもにも増して如才ない口をきくので、吟香は背中に冷い汗が流れるのを感じた。
印刷と江戸での販売を任せている日本橋の
江戸ではあまり知られていない新聞だが、田之太夫がアメリカ製の継ぎ足をつけて舞台に立つという記事が、江戸っ子の耳目を集めているらしい。
客はその姿を見たくて来るのだろう。
黒衣に支えられて芝居をするのであれば、がっかりして横浜で買い物もせず帰ってしまうかもしれない。
吟香は人相書きを取り出し、主の前に広げた。
「この男を捜しているのだが、近くで見かけたことはないかい」
身を乗り出して絵をのぞいた主は、首をかしげている。
「さあ、見おぼえはないですね。どういう人なのですか」
「江戸から横浜へやってきた男だ。いっとき本町あたりで働いていたと聞いたので、店を回っている」
「すみません。お役に立てなくて」
主はなぜ探しているのかとも聞かず、あっさり頭を下げた。
ふたりは三好屋を出た後、両隣の二軒や和泉屋と同じ並びの三軒もたずねたが、どの店でも「人相書きの男は知らない」とはっきり言われた。
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