第24話 「ふわふわ豆腐」

 吟香が炊きたてのご飯に、納豆汁と沢庵をちゃぶ台に並べて

「先に食べていてくれ。これから珍しい豆腐料理を作るからな」

 と声をかけると、待っていますよと康次郎が言う。

 戸棚を開けて青い表紙の古ぼけた本を取り出し、

「これは『豆腐百珍』だ。眺めているだけで腹の虫が鳴くぞ」

 と渡した。

 目録には尋常品、通品、佳品、奇品、妙品、絶品の六つに分けられた百種類の豆腐料理の名がずらりと並んでいる。

 一の「木の芽田楽」から百の「真のうどん豆腐」まで順に目で追っているだけで、康次郎の腹の虫が鳴り出した。

 吟香が笑いながら小さめのどんぶりを差し出した。器の中には、少量の汁とふんわりと盛り上がった薄黄色の豆腐らしき物が入っている。 

「すり鉢でしっかりすった豆腐と、よく泡立てた卵で作った『ふわふわ豆腐』だよ。熱いすまし汁に流しこんで蓋をすると、膨らんでふわふわになるんだ」 

 康次郎は手を合わせてから食べ始め、うまい、うまいと言いながらあっという間にどの器も空にしてしまった。

「ごちそうさまでした。納豆や漬物を食べたのは久しぶりだなあ。おいしかったですよ。ふわふわ豆腐もよかった。本当に口の中でふわふわっと溶けるんですね」

 目を細めて言うので、吟香はほっとした。

「沢庵は、わしが一膳飯屋をやっていた頃から手作りなんだよ。ご飯や納豆汁のお替わりはどうかね」

 と聞くとうなづいた。

 二人分のお替わりをよそい沢庵も一皿用意して坐ると、康次郎が待ちかねたようにたずねる。

「新聞の『もしほ草』というのは草花の名ですか」

「いや、塩を作るときに使う海藻だよ」

 目を見張っている康次郎に、吟香は身振り手振りで話し始めた。

「もしほ草を集めて海の水を注ぎ、塩分を含ませる。これを焼いて水に溶かし、その上澄みを煮詰めたものが塩なんだ。わしはこの塩のように、ものごとを凝縮して一番大事なところを、仮名文字の多いやさしい文章で皆に伝えたいと思い、新聞を発行したのだよ」

 思いの丈を一気に吐き出した吟香の腹も鳴り出した。

 ふたりは思わず顔を見合わせて笑い、もりもり食べ始めた。

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