第20話 人相書き

 吟香は下田座に戻ると、人相書きを描くためまっすぐ三津五郎の楽屋へ向かった。二度宗吉に会っているうえ、様々な人物を演じる役者ならば、宗吉の顔の特徴もとらえているだろうと考えたのだ。

廊下や階段を行き来する者は少なく、どの部屋も静まり返っている。すれちがった男衆や裏方たちの顔には覇気がなく、投げやりな態度にも見えた。

 楽屋は二階の中ほどにある。のれんの前で声をかけると、三津五郎は待ちかねたようにすぐ奥へ招き入れた。

「宗吉のおじが横浜にいることがわかった。関内に住んでいるらしい。三津五郎さんが言ったように、宗吉はおじか知り合いに継ぎ足を渡したのだろう」

 吟香が早速告げると、そうですかとうれしそうに笑った。

「宗吉は横浜に住んでいたことがあるそうだ。わしは人相書きを描いて知っている人がいないか調べてみる。宗吉の顔を思い出してほしい」

 吟香は矢立てと紙を取り出し、福笑いのようにまず顔の輪郭を描いた。

「散切り頭で丸顔、でこが広かったですね。目鼻立ちは普通でしたが、唇は厚いほうでした」

 三津五郎はすらすらと顔の特徴を並べた。

 もう一度ゆっくり頼むよと言い、髪を描き、目、眉、鼻、口と描き入れていく。

「目はもう少し小さかったと思います。下の唇が特に厚かったですね」

 吟香が書き直すと、真面目そうな若い男の顔が出来上がった。

「そうです。そんな感じの男でした」

 三津五郎は満足そうにうなずいた。

「船着き場で宗吉はどんな様子だったのかい」

「道具箱の中を見せてほしいと頼んだときは本気で怒っていました。でも船が出るときはとても悲しそうな顔をしていましたね。横浜を離れることが心底つらかったのかもしれません。継ぎ足を盗めと言われても断れない事情があったのでしょうか」

「そうかもしれない。大きな罪を犯したが、太夫に対して気遣いすら感じる。とても嫌がらせとは思えない」

「わたしもそんな気がします。太夫がけいこで竹の継ぎ足をつけてみたら、坐ることはできないのですが、思ったよりもなめらかに歩けたそうです。人形師の足よりずっと工夫してあると、お歌さんが感心していました。宗吉は本気で代わりとして道具箱の中に入れたのかもしれません」

 お歌の話によると、最初は浅草の人形師松本喜三郎に継ぎ足を頼んだという。喜三郎は、等身大のまるで生きているような木彫りの人形を作るので「いき人形師」と呼ばれている。

 それだけに本物そっくりのきれいな足だったが、田之助は立っているのが精一杯で歩くことはできなかったらしい。

「竹の継ぎ足は片足を切った者のために作ったとすると、その男を捜さないといけませんね」

「この国ではひざ上の切断手術はまだ行われていないと、ヘボン先生に聞いたことがある。ひざの上と下では、手術のむずかしさや手術後の具合に大きな差があるそうだ。先生の手術を受けた患者の中に、宗吉と関わりのある者がいるかもしれない。この人相書きを使って調べてみるよ。ありがとう」

 大したことは何も、と三津五郎は首を横に振った。

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