第16話 見世物小屋

 吟香はまもなく表通りのはずれにある有明座の前に立った。下田座より一回り小さな平屋の小屋である。

 明かり窓から中をのぞくと、横長の凹型に舞台を囲んだ見物席のむしろに、大勢の客が腰を下ろしている。

 舞台では羽織袴姿の軽業師が横たわり両足を上げている。足を使って矢で的を射る足芸を披露しようとしているようだ。

 小屋の中が静まり返った。やがて見事に的に命中したのか、客たちが歓声を上げ拍手がわき起こった。

 吟香もゆっくり手をたたき、裏手へ回った。

 楽屋口のそばの大きな掘立小屋から「ワン、ツー、スリー」とくり返す声が聞こえてくる。

 中をうかがうと、軽業に使う俵や綱などが積まれている陰で、康次郎が小ぶりの玉に腰を下ろし楽しそうに体を前後に揺すっていた。

「康次郎さん、何をやっているのかね」

 吟香の声にあわてて立ち上がろうとした康次郎は、前へつんのめって転んでしまった。ばつが悪そうに起き上がり、うわずった声で言う。

「わたしは決して遊んでいたわけではありません。座主にいろいろな話を聞いてきました。宗吉が釜抜けの手妻に出ている太一という子を可愛がっていたと言うので、出番が終わるのを待っているのです」

「そうかい。では話を聞かせてもらおうか」

 吟香がくすりと笑うと、康次郎は咳払いをした。

「宗吉が黙っていなくなったので、座主は何が気に入らなかったのかと怒っていました。松井源水の弟子だった軽業師のもとで修業しただけあって曲独楽や綱渡りなどうまいので給金もたっぷり払い、好きな出し物をやらせていたそうです。太夫の継ぎ足を盗んで逃げたようだと言うと、とんでもない奴だと驚いていました」

「ほう、源水の孫弟子とは大したものだ」

 松井源水は浅草で曲独楽を演じて客を集め、薬や歯磨きを売る軽業師として江戸では有名である。

「それで宗吉が下田座へ来るようになったいきさつはわかったのかい」

「はい。皆黙っているので、前に大工の見習いをしていたと手を挙げたそうです。自然な流れで宗吉に決まったと座主は言っていました。芝居にはくわしくないようで、仲間と尾上おのえ菊五郎の話をしていたときに『おのうえ』ではないのかと聞いたそうです。まあこれは芝居かもしれませんが」

「関内には宗吉の知り合いはいたのかい」

「わかりません。前に横浜に住んでいたようですが、細かいことは何も話さなかったそうです。宗吉は無口な男ですが、太一とはよく遊んでいたので、何か聞いているかもしれないと言われました」

「座主の話は信じられそうかい」

「はい。宗吉をかばっているとか何か隠している様子はなかったです。残っていた荷物も改めてもらいましたが、大したものはありませんでした」

「下田座では厳重に口止めしているようだが、座主から漏れる心配はないのかい」

「大丈夫です。初日を前に騒がないほうがいいから、継ぎ足のことは誰にも言わないと約束してくれました」

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