第13話 三津五郎の推理

三津五郎は真剣な表情で話し始めた。

「宗吉という男は継ぎ足を持っていませんでしたが、わたしはまだ怪しいと思っています。出くわしたときの様子はおかしかったのに、船着き場では落ち着いていました。継ぎ足をどこかへ隠したか、誰かに渡したのでしょう。弟子を有明座にやったら、黙って姿を消したことがわかりました。吟香さんはどう思われますか」

「おそらく盗んだのはその男だね。楽屋の押し入れを見せてもらったが、並の男では気づかれずに盗むことなど到底できない。軽業師と聞いて合点がいったよ。行方をくらませたのも大きな証しだ」

吟香の言葉に、三津五郎はほっとしたような笑みを浮かべた。

「康次郎さん、有明座へ行って調べてきてくれ」

 改まった顔で切り出すと、康次郎も真剣に耳を傾ける。

「宗吉が下田座へ来たのは偶然なのか、芝居や役者にくわしいのか、まず聞いてほしい。それから関内の立ち寄りそうな所や、知り合いがいたのかも調べてくれ」

任せてください、と康次郎が勢いよく飛び出して行くと、三津五郎に向き直った。

「ありがとう。忙しいのにすまなかったね」

三津五郎は、はにかんだ様子で頭を下げ戻って行った。

大工たちが手直ししていたのは「田楽返し」と呼ばれる大道具である。

背景の書き割りの一部を四角に切り取って同じ絵をはめ込み、真ん中に心棒を入れて回転させ、役者を瞬時に出入りさせる仕掛けになっている。

田楽豆腐の串をくるりと回すのに似ていることから名がついた。

心棒の調子もよくなったらしく、三津五郎は書き割りの前に立ち、さっと姿を消す所作をくり返し練習している。

妖術を使い変幻自在に動き回る星影土右衛門をつとめるのは、三津五郎なのだ。江戸ではなかなか回ってこない大きな役をもらい張り切っているのだろう。熱心に取り組んでいる三津五郎を、吟香は頼もしく思った。

 舞台を降りようとした吟香に、話がありますと一番若い大工が歩み寄った。

「宗吉さんにハワイ国はどんな所かと聞かれたことがあります」

「えっ、ふた月前に移民船が出たハワイ国のことかい」

吟香はけげんな顔で聞き返した。

「はい。うんと遠くて暖かい所らしいと言ったら、それくらいは知っているようでした。他にはと聞くので、わからないと答えるとそれっきりでした」

「宗吉は別の大工にも聞いたのかね」

「いえ、俺だけだったようです。あまり口をきかない人なんですよ」

「たぶん横浜へ来て間もなく移民船が出たから、聞いてみたのかもしれないね」

 童顔の大工は納得したようにうなずき、戻って行った。

日本とハワイ国はまだ正式な国交はなかったが、去年幕府は「日本ハワイ臨時親善協定」を結んだ。

今年になって人手不足に悩むハワイ国の政府から、新政府に移民派遣の要請があった。150名の日本人が乗り込んだイギリス国籍のサイオト号が横浜港を出港したのは4月26日である。

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