第12話 軽業師

吟香さん、と後ろから控えめに声をかけられ振り向くと、三津五郎が継ぎ足探しを引き受けたことに丁寧に礼を言った。

田之助よりひとつ年下で、立役たちやくと女形を兼ねた役者である。五代目を襲名したが後に亡くなった父に追贈し、今では六代目坂東三津五郎を名乗っている。

目鼻立ちは整っているが、疱瘡ほうそうが治った跡のあばたが、ほおやひたいにいくつも残っている。誰が名づけたか「あば三津」というあだ名がついていた。

印半てんを羽織った恰幅のいい棟梁も近寄ってきた。吟香はあいさつをかわすと単刀直入にたずねる。

「念のため大工たちの持ち物も調べたそうだね」

「ああ、何も出てこなかったぞ。今日来ているのはわしと大工三人だが、この中に盗っ人などいるわけがないんだ」

「ひとり小屋を出ていった大工がいると聞いたよ」

吟香の言葉に、棟梁は困ったような顔をした。

「あいつは大工じゃねえ。近くの有明座という見世物小屋の軽業師だ」

「なるほど。軽業師なら忍者のように天井裏で動き回れるわけだ」

 吟香と康次郎は思わず顔を見合わせた。

「名は宗吉で、年は十九だと言っていた。手が足りないから向こうの座主に口利きを頼んだのさ。出番の合間に来て、ちょっと手伝ってくれるもんだから重宝していたんだ」

「どんな男だい」

「三月くらい前に江戸から来たらしい。軽業師になる前は大工の見習いをやっていたそうだ。座主からまじめな男だと聞いていたんだが」

 棟梁が言葉を濁したのは三津五郎から宗吉が怪しいと聞いているからだろう。

「どうして横浜に来たんだい」

「さあ、それは聞かなかったな。今日は昼前に呼んで上の明かり窓を直させたが、そのあとすぐ帰ったとばかり思っていた。三津五郎さんが宗吉と廊下でばったり会ったそうだ。わしはまだ手直しが残っているから、直に話を聞いてくれ」

棟梁はもう宗吉の話をしたくないようだ。下駄を預けるとそそくさと仕掛けの所へ戻って行った。

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