第11話 仮花道

 次に吟香たちは舞台にいる棟梁に会いに行った。

 廊下を通って舞台の袖に上がると、真ん中あたりで大工と道具方が仕掛けの手直しをしていた。そばでは腕組みした棟梁と三津五郎が作業を見守っている。

「おお、仮花道がある。よく架けたなあ」

康次郎の声に見物席を振り返ると、下手の本花道のほかに上手に仮花道も架けられている。

仮花道は演目によって臨時に架けられるものである。本花道より幅が狭く、幽霊や妖怪などの役が出入りするすっぽん(切穴)もない。

「絵看板にあった『御所五郎蔵』の出会いの場で使うのでしょう。本花道から出てきた星影土右衛門どえもんたちと、仮花道から出てくる御所五郎蔵たちが、向かい合って渡りぜりふを言うのが気持ちがいいんです」

江戸の市村座でその芝居を見たという康次郎は、二本の花道を指さしながらうれしそうに言った。

吟香はしばし探索のことを忘れ、初めて見た両花道が見物席をまっすぐ貫いて延びていくさまを見下ろしている。

両花道は芝居の世界を大きく広げることができる。

たとえば本花道に水布を敷き川に見立て仮花道を土手としたり、見物席を川になぞらえ両花道を土手として使う。

客は右を見たり左を見たり忙しいが、芝居の中に我が身を置いているような楽しさを味わえるので人気がある。

康次郎の口ぶりからすると、ふつう下田座の広さでは仮花道を架けないのだろう。座主たちは、江戸に負けない芝居小屋を横浜にも作るという心意気で両花道を用意したのかもしれない。

 その思いに応えるために何としても継ぎ足を見つけ、この興行を成功させたいと吟香は強く思った。

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