第10話 かんざしが飛ぶ

「ところで、この小屋には隠し階段とか隠し部屋はないのかい」

「そういうものは一切ございません」

「となると、継ぎ足はもう外へ持ち出されたことになる。出入り口は楽屋口だけだったね。昼頃出入りした者を調べたのかい」

「はい。昼飯がすむまで一座の方と裏方は誰も出入りしておりません。楽屋番の話では、芝居茶屋『浜屋』の若い衆ふたりが弁当を届けに来て、帰りは風呂敷をたたみ持ち帰ったそうです。ほかに大工の手伝いがひとり出て行ったと聞きました」

「三すじさんたちが追いかけて行ったのがその男だね。名前はわかっているのかい」

「大工のことは棟梁に任せておりますので、わたしは存じません。棟梁に聞いていただけませんか」

言いにくそうに答えた頭取は、このたびは誠に申し訳ございません、と畳にひたいをこすりつけた。

すると今まで気だるそうにやり取りを聞いていた田之助が、ほおを紅潮させ切れ長の目で頭取をきっとにらみつけた。

「それでもあんたは頭取か。わっちは日のもとで初めて継ぎ足をつけたんだぞ。そのお広目を台無しにしやがって」

 おやっ、ヘボン先生へのお礼興行ではなかったのか、とあきれている吟香の目の前をさっとかんざしが飛んでいった。

 田之助が髪に挿していた銀のかんざしを抜き、頭取の頭をめがけ投げつけたのである。みなはっと息を呑んだ。

頭取は血のにじんだ月代さかやきを手で押さえ、まだ畳にはいつくばっている。

「おい、目に当たったらどうするんだ」

 吟香が声を荒らげたが、田之助はふんと鼻先で笑った。

 お歌や三すじは申し訳なさそうに頭を下げている。

片足を失った田之助は、癇癪を起こすと姉や弟子たちに手当たりしだい物を投げているのかもしれない。まわりの者は田之助を持て余し、たしなめることさえできないようだ。

手を上げてください、と頭取に声をかけてから吟香は田之助を見据えた。

「太夫、頭取を責めても仕方がないだろう。わしたちが捜すから、見つかるまでその継ぎ足で間に合わせてくれないか」

吟香が三すじの脇に置かれた風呂敷包みを指差したとたん、

「そんな玩具のようなもんで芝居ができるかぁ」

悲痛な叫び声が部屋に響いた。田之助は悔しさのあまり体をふるわせている。

ひざ上で足を切断した深刻なありさまに比べ、お粗末な竹の継ぎ足を思い浮かべているのか、皆言葉もなく田之助を見つめるばかりである。

「継ぎ足はわしたちが全力で捜すから、けいこに専念してくれないか」

 再び話しかけても、田之助はぷいと横を向いたまま荒い息をしている。

「吟香さんたちが必ず見つけてくださいますよ。あたしたちは信じて待っていましょう」

お歌がなだめるように声をかけると、田之助は眉間にしわを寄せしばらく考えていたが、しぶしぶうなずいた。

やれやれと、吟香は息をついた。ふとかたわらの康次郎に目をやると、田之助の役者子どもぶりにあきれ果てたような顔をしている。

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