第9話 盗っ人は忍者か
いや、昔を偲んでいる場合ではないと表情を引き締めた吟香は、お歌に向き直った。
「今日この部屋を空けたときはあったのかい」
「昼前は、あたしもけいこを見に行ったので誰もいませんでした。継ぎ足をはずしてからは片時も離れていません。太夫がお
「その間に怪しい物音を聞きませんでしたか」
今度は康次郎が田之助たちを見回してたずねたが、皆一様に首を横に振っている。
盗っ人はあらかじめ釘を抜き、天井板をはずせるようにしておいたのだろう。昼飯時に忍びこみ、音もなく田之助の継ぎ足と竹の継ぎ足を入れ替えたのだ。
「では押入れを見せてもらおう。三すじさん、手燭を用意してくれないか」
吟香はのっそりと立ち上がり、一間の押入れの前に立った。襖を開けると上段に衣装を入れたつづらや風呂敷包みが置かれ、下段に座布団などが収められている。
中に入ってもよいかとお歌に聞いてから、吟香は小柄な康次郎を上段に上がらせた。康次郎が隅の三枚の天井板をはずすと、人ひとりが通れるくらいの穴があいた。
「ここから入ったんだな」
康次郎は届けられた手燭を慎重に天井裏に置き、顔を突き出してまわりを見回している。
「どんな様子だい」
「天井が低いですが、かがめばなんとか歩けます」
「盗っ人が歩いた跡はわかるかい」
「わかりません。ずいぶんクモの巣が張っています」
「そうか。では上がって静かに歩いてみてくれ」
康次郎は天井裏に這い上がり、ゆっくりと歩き始める。
だがその足音が今どこにいるのかわかるほど大きく響いたので、皆天井を見上げてくすくすと笑っている。
「どうしたら忍び足ができるんだろう。盗っ人は忍びの者ではないですか」
押入れから出てきてくやしそうな顔で言う。
吟香は苦笑したが、気を取り直して頭取に向き直った。
「一階の部屋の並びはどうなっているのかい」
「となりは囃子方、次が頭取部屋で、階段をはさんで小道具部屋、床山、衣装方、それから楽屋番の詰め所となっております」
「ほう、いろいろな部屋が並んでいるもんだ。大勢の裏方が芝居を支えている証しだね」
吟香の言葉に頭取は照れたように笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます