Episode18:苦渋の決断
「悪い、俺はビアンカ達の様子を見に行く! ここの招待客たちは任せるぞ!」
また余力のあるユリシーズは仲間たちにそう言いおいて、一人ホールから駆け出そうとする。アムドゥキアスがただの足止めに過ぎなかったという確信を得てから、彼の中で焦りが増幅されていた。
もう連中が決めたルールなど知った事ではない。女性陣たちが向かったルートへ駆け出すユリシーズだが、その足が止まった。
逆にこちらに向かって大急ぎで駆けつけてくる複数の足音を察知したからだ。その足音の主たちはホールの扉を勢いよく打ち開いて中に駆け込んできた。その人物たちを見やったユリシーズは大きく目を瞠った。いや、彼だけではなくサディーク達も全員だ。
扉を開けて息せき切ってホールに駆け込んできたのは
「ああ、サディーク様!! 良かった、ご無事だったのですね! でも、でも……」
「ナーディラ!?」
そのうちの1人、ビアンカの護衛として同行していたはずのナーディラが涙声で叫ぶ。彼女だけではない。ルイーザ、リンファ、オリガと、ビアンカに同行していた女性陣4人の姿がそこにあった。そして……肝心のビアンカの姿だけがなかった。
「ルイーザ、君達こそ無事で何よりだ。しかし一体何があったんだ? ビアンカは?」
アダムが相方の無事に安堵しつつも本題を問う。問われたルイーザは苦渋の表情を浮かべた。
「ご、ごめんなさい……。襲ってきた下級悪魔やシヴァンシカは撃退できたんだけど……」
女性陣のルートで何が起きたかは、主にルイーザとナーディラが説明してくれた。ルイーザ達は襲ってきた下級悪魔を個別に撃退し、ビアンカもまた直接襲ってきた『アスラ』の1人であるシヴァンシカを撃退した。そこまでは良かった。だが……
「そこに……
「……っ!!!」
ナーディラの挙げた名前を聞いたユリシーズが、目を吊り上げ身体を
「あ、あいつ、変な力であっという間にビアンカさんを操ってしまって……。あいつは彼女を連れてそのままジャングルの奥に消えてしまって、すぐに追いかけたんだけど……」
リンファも心苦しそうな顔で言葉を詰まらせる。彼女らはヴィクター達を発見できずにそのまま幻術で煙に巻かれて、気づいたら元のフロアに4人で立っていたらしい。周囲には気を失った他の女性客が折り重なって倒れていたらしいが、その中にビアンカの姿は無かった。
「私達、ビアンカさんを守るって約束したノに……。ご、ごめんなサい……ウ、ウゥ……!!」
「オ、オリガ……」
自責の念で悄然と泣き崩れるオリガに、イリヤも何と声をかけていいか解らず戸惑う。
「……アトランタで会ったあの男ですか。あれから更に力を付けたようですし、貴女方の責任ではありません。どうか気を落とされませんよう」
リキョウがかぶりを振った。曲がりなりにも上級悪魔と契約したカバール構成員が相手では、彼女達にはどうする事も出来なかっただろう。むしろ殺されなかっただけでも僥倖だ。
「……奴はまだこのホテルにいるのか? 今すぐ奴を殺しにいくぞ」
「ひっ……!?」
抑えても抑えきれない憤怒が魔力となって漏れ出すユリシーズが低く唸ると、その剣呑な魔力を感じ取ったナーディラが小さく悲鳴を漏らす。魔力は感じ取れなくてもその怒りは充分に察せられる様子から、ビアンカを守りきれなかったという負い目がある他の女性陣も一様に顔を青ざめさせる。
「落ち着けアホ。女達が怯えてるだろうが」
しかしその頭をサディークが強めに殴りつける。ユリシーズは一瞬凄い目で彼を睨んだが、殴られた衝撃とその言葉に自分を省みるゆとりが生まれたらしく、また低く唸りながらも大きく息を吐いて魔力を収める。女性陣はホッと胸を撫で下ろした。
「……あ、あいつはビアンカを連れて消える直前、『パーティーはまだ
「……ッ!!」
ルイーザの伝える内容にユリシーズは再び瞠目した。横でアダムが眉をしかめる。
「パーティーだと? 主催者のヴァンサンは死んだというのにまだパーティーを続けるというのか?」
「それに彼がまだミス・ビアンカに手を付けずに、我々に救出に来いなどというのも不可解ですね。確かにアトランタでも密かにカバールに敵対してはいましたが」
リキョウも顎に手を当てて考え込む風になる。だが彼等にはここで悠長に話している暇はなかった。
「……! 他の人達が目を覚まし始めてルよ!」
イリヤが招待客たちを指さして叫ぶ。ここで彼等と鉢合わせすると面倒な事になる。
「話しは後だ! 一旦ここから脱出するぜ!」
サディークに促されて一行はビアンカを残したまま、やむを得ずに『砂漠の宝石』を後にするのだった。
******
逃げるようにホテルを脱したユリシーズ達だが、結局その後もビアンカ救出のための最善案が出る事はなかった。幻術に長けているヴィクターはビアンカの痕跡を完全に覆い隠しており、ユリシーズ達にも探知できないようにしているらしかった。
一般人の目も多いカジノホテルの内部を闇雲に捜索する訳にも行かない。となると次善なのはやはりヴィクターの言及していた『パーティー最終日に出席する』という事になる。
『砂漠の宝石』に多機能諜報センサーを内蔵したマイクロマシンを残していたアダムによると、招待客たちは今日の
だがあのパーティーに今日も再び出席するとなると『大きな問題』が一つ浮上する。それは……
「私達は
翌日の夕刻、『砂漠の宝石』での最終パーティーの時刻が迫ってきていた。
最終日も入場条件はこれまでと同じく『相方との熱烈なキス』であるらしかった。しかも今日は主催者のヴァンサンが直接
少し気遣ったようなリキョウの確認に、ユリシーズは低く唸る。パートナーがいない彼はパーティーに入場出来ないので、外部からの間接的な捜索しかできなくなる。だが他ならないビアンカを救出する作戦に直接関与できないというのは拷問に等しい。
さりとてこの一晩で散々考え抜いたが、結局妙案も出なかった。こんな事態をダイアンに報告できるはずもないので、ホワイトハウスからの援護や助言も得られない。ユリシーズにとって状況は八方塞がりと言えた。
「……そろそろ刻限が近い。ビアンカの救出は俺達に任せておけ。お前は――」
「――あら、彼もパーティーに入場する方法ならあるわよ? 実に
「「「ッ!!?」」」」
遠慮がちなアダムの言葉に被せるように突如会話に割り込んできた女の声に、その場にいたほぼ全員が目を瞠る。男性陣は無論この場に近づいてくる人間の存在に事前に気づいたが、女性陣とは
「お、お前……お前ハ……!」
「あぁ? シカゴで見た面だな」
その女性を見たイリヤの顔が激しい警戒に歪み、サディークは警戒とまでは行かないが怪訝な表情を向ける。
「我々はアラスカのあの地下基地以来ですね……」
「そうだな。あの時はまんまと一杯食わされたが……」
リキョウとアダムも不信感を滲ませた口調になる。そして彼等の中で最も驚き、続いて苦い表情になっているのがユリシーズだ。
「……
「ええ、久しぶり……という程でもないかしら、あなたには?」
そこに足を広げたモデルのようなポーズで艶然と佇むのは、因縁深きCIAのエージェントにしてユリシーズの
「CIAが何故ここに……? 今回の任務は大統領府の極秘作戦だぞ?」
「情報収集にかけて
アダムの言葉にマチルダは事もなげに答えた。確かに今回の任務はその性質上長丁場になりやすい上に、情報の完全な統制も難しい。CIAであれば1日で彼等の居場所を特定する事は可能だろう。
「それより先程気になる事を言っていましたね。彼がパーティーに入場できる簡単な方法があるとか。それはまさか……?」
女性の含みのある言い方に敏いリキョウが真っ先に気づいてその細目を見開く。マチルダは不敵に笑って肯定した。
「ええ、そのまさかよ。私がユリシーズの
「「……ッ!!?」」
これも主に女性陣が驚いて目を瞠った。
「な……このパーティーに出席するための条件は『相方との熱烈なキス』……。つまりあなたはビアンカがいると知っていながら彼と、その……接吻をしようというわけですの!?」
「ムスリムからしたら変かしら? でもあなた達だって複数の女性を妻としてる夫がいるのは事実でしょう? それと何か違うのかしら?」
「……っ」
マチルダに痛烈な痛烈な皮肉を浴びせられて言葉に詰まるナーディラ。それを鼻で笑ってユリシーズに向き直る。
「どうかしら? 私ならあなたに対して
「ユリシーズ! 馬鹿な事考えちゃ駄目よ! ビアンカを悲しませる気!?」
ユリシーズが何か言う前にルイーザが警告する。だが彼はマチルダから視線を外さない。
「……ここでCIAが俺達に手を貸す理由はヴァージン諸島の時と同じか?」
「それも肯定よ。カバールは決して一枚岩じゃない。ヴァンサンが『エンジェルハート』を独占してインドとも独自に関係を強める事を、少なくともピアース長官が危惧しているのは確かね」
マチルダは肩をすくめた。しかしその後すぐに真剣な……どこか切なささえ湛えた表情になる。
「ヴァンサンの妨害は長官の……CIAの意向だけど、
「…………」
ユリシーズは低く唸った。このままでは自分はビアンカの救出に関われない。アダム達だけに任せてもし万が一ビアンカを救出できなかったなどという事になれば、彼はこの先一生後悔し続けるだろう。マチルダの協力を得られれば少なくともその懸念は解消される。だがそれがビアンカに対する
そして彼が短い逡巡の末に下した結論は……
(ビアンカ……済まない)
「……解った。お前の提案を飲もう。俺を『砂漠の宝石』に入場させてくれ」
「「……っ!!!」」
ユリシーズの選択にやはり女性陣が一様に驚愕して、信じられないものを見るような目で彼を見てくる。彼女達からしたらユリシーズの選択はビアンカへの裏切り以外の何物でもなく、ビアンカへの友誼もあって尚更受け入れがたい事実であった。
「あぁ……まあ、そうなるかよ」
サディークが嘆息した。男性陣も驚いてはいるが、反面ユリシーズの心情を理解も出来てしまっていた。もし敵に捕まっているのが自分の相方だった場合を想像して、同じような状況で同じような選択を迫られた場合、彼等もまたユリシーズと同じ選択肢を取らないとは言い切れなかったのだ。
「ふふ、ええ、任せて。契約成立ね」
ユリシーズの選択を受けて彼と『情熱的なキス』をする事が確定したマチルダは、どこか昏い歓びのような感情を浮かべながら上機嫌に請け負うのであった……
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