Episode17:超戦士たち

「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」


 ユリシーズが凄まじい咆哮と共に、右手のヴェルブレイドに魔力を集中させる。するとそれは恐ろしい勢いで肥大化し、同時にこれまでにない濃密な魔力が凝縮された超高密度の黒炎剣となる。それを見たアムドゥキアスが目を瞠った。


「馬鹿な……私の『絶対なる公平アブソルートフェア』が追いつかない!? 君は……いや、君の『中』にいるソレ・・は何だ!?」


「うるせぇ……さっさと、どけぇぇっっ!!」


 ユリシーズは異常なまでに高まった魔力で構成されたヴェルブレイドを真横に薙ぎ払った。アムドゥキアスも自身の魔力を全開にしてそれを迎え撃つが……


「何だと……!?」


「ぬぅぅぅぅぅぅっ!!!」


 ユリシーズの振るう黒炎剣は圧倒的な魔力でその防御を突き破り、驚愕に目を見開くアムドゥキアスをそのまま一刀両断してのけた。


「げばぁっ!!! ば、馬鹿、な……」


 大量の血反吐を吐きながら、その血反吐ごと黒炎に焼き尽くされて消滅していくアムドゥキアス。



*****



「あの野郎……あんな力を隠し持ってやがったのか。ち……俺もこうしちゃいられねぇな!」


 ユリシーズが突如として凄まじい魔力を放出してアムドゥキアスを屠ったのを見てサディークは瞠目した。そしてかつてない程発奮した。


「奴に倒せて俺に倒せねぇ道理はねぇ! 俺様は超絶天才剣士サディーク様だぁぁぁっ!!!」


 サディークは自身の限界まで……いや、限界以上・・・・の霊力を発現させる。それはかつてニューヨークでセルゲイと戦った時をも超える上昇ぶりであった。その勢いを保ったまま彼は『霊空連刃』を叩き込む。


「ぬ、ぬ、ぬ……!!」


 同じく『霊空連刃』を繰り出すアムドゥキアスの顔から徐々に余裕が無くなっていく。同じ技を繰り出しているはずなのに、明らかに自分の方が押されているからだ。サディークの霊力が更に上がっていくのが感じられる。


「何故だ……! 何故、これ程の力が!」


「あんま人間を見くびるんじゃねぇぞ、猿真似野郎っ!!」


 無機質な悪魔の力と違い、人間は想いの強さを力に変える事ができる。それは時に自分の限界以上の力を引き出す事さえ可能とするのだ。


 サディークの連刃はアムドゥキアスのそれを一方的に押し込んでいき、そして遂に……


「ぬぐぁぁぁぁぁっ!!!」


 無数の『霊空連刃』がアムドゥキアスの身体をズタズタに裁断した。断末魔を残して消滅していくアムドゥキアス。それを見届けてサディークはその場に膝をついて崩れ落ちた。


「は……思い知ったか、この大天才サディーク様の力を……」


 一時的とは言え自らの限界以上の力を振り絞った反動で立っている事さえ覚束なかったが、それでも何とかユリシーズに遅れを取らずに済んだ安堵感と高揚から不敵に笑うサディークであった。



*****



 ユリシーズの戦果に触発されたのはサディークだけではなかった。


「やるな。このままでは埒が明かん。俺も覚悟を決めるか。……『倍速機動モード、発動』」


 アダムはこのタイミングで切り札を切った。彼の身体から半透明の赤い光が放散される。恐ろしい燃費の悪さと引き換えに文字通り戦闘能力を倍増させるモード。その凄まじい高速機動に、アダムと同じ力を持っているはずのアムドゥキアスが翻弄される。


「まだこんな奥の手を隠し持っていたとは。だがそれなら私も模倣するまでさ!」


 アムドゥキアスが嗤うと、やはりその身体からも赤い光が放出される。擬似的に倍速機動モードを再現したアムドゥキアスも、アダムに劣らないスピードを獲得して再び互角に持ち込む……はずだった。


「馬鹿な……何故だ!?」


 確かにスピードは互角になった。しかし感覚がそれに追いつかず、逆に自身のスピードに翻弄されるアムドゥキアス。


「当然だ。俺はこのモードに適合するために数百時間のシミュレーター訓練及び実戦・・訓練を経ている。付け焼き刃で使いこなせる能力だと思うな」


「……!!」


 得たばかりの力を使いこなせずに翻弄されるアムドゥキアスと、感覚を馴染ませて完璧な精度で倍速機動を制御するアダム。その差は即座に、そして如実に現れた。


「終わりだ!」


 アムドゥキアスを圧倒したアダムはブレードを一閃。奴の首を一撃で刎ね飛ばす事に成功した。頭を失ったアムドゥキアスが消滅していく。それを見届けてアダムは即座に倍速機動モードを解除した。


「ぬぐ……。だがどれだけ訓練してもこの消耗と反動だけは克服できんな」


 アダムは激しいエネルギー消費からその場にひざまずきながら嘆息した。



*****



「リンファの様子も気になります。ここは……一気に片を付けます」


 このままではいつまで経ってもアムドゥキアスを倒せないと判断したリキョウは、遂に仙獣の

三体同時召喚・・・・・・を敢行する。自分と同格かそれ以上と判断した相手にしか解禁しない、文字通りの禁じ手だ。


 麟諷だけでなく冥蛇、そして煉鶯も召喚する。彼が今現在使役できる戦闘用の仙獣三体全てだ。ほぼ同時に凄まじいまでの『気』の消耗が始まる。


「……! 三体だと!? ならば私とて……!!」


 アムドゥキアスは驚愕に目を瞠って、自身も三体同時召喚を敢行する。元から麟諷と戦っていた肉骨の四足獣の他に、やはり骨とこびり付いた体組織のみで構成された不気味な骨蛇、そして真っ黒い巨大な鴉のような鳥の化け物を召喚してきた。


 三体の召喚獣同士のエネルギーの押し合いとなる。凝縮された膨大な『気』と魔力がぶつかり合い、激しい明滅と空間の歪みを生じさせる。双方膨大なエネルギーで、完全に互角かと思われたが……


「ぐ、ぬぬ……!!」


 アムドゥキアスの顔が徐々に歪んでくる。リキョウもまた激しい苦痛に苛まれながらもその口の端を吊り上げた。


「おや、どうしました……? 随分辛そうですね……!」


「何故だ……!? 何故君はこの苦痛に耐えられる!?」


 三体同時召喚によって急激に失われる『気』は、術者の精神をも飛ばしてしまう程の凄まじい衝撃と反動を与え続けている。それは到底常人が耐えきれるものではない。だが……


「耐えられるのですよ、信念・・さえあれば。そして……あなたにはソレ・・がない」


「……っ!!」


 この戦いに勝ってリンファを、ビアンカを守るという確固たる信念。欲望の赴くままに生きる悪魔にそのような信念はない。例え同等の力を持っていたとしても、それを支える信念がない虚ろなる力だ。そのようなものに断じて敗れる事はない。 


 その信念の差は結果となって現れた。アムドゥキアスの召喚した三体の怪物が徐々にその形を保てなくなり、仙獣の放つエネルギーの前に打ち破られた。そのまま三体の仙獣による同時攻撃がアムドゥキアスに直撃する!


「うギャァァァァァッ!!!」


 聞くに耐えないような断末魔と共にアムドゥキアスもまた消滅していく。それとほぼ同時に仙獣の召喚を解除するリキョウ。


「ぐっ…………だが、これで役目は果たしましたよ……」


 三体同時召喚で『気』の殆どを消耗しつくしたリキョウは、片膝を付きながら青白い顔でうっすら笑みを浮かべるのだった。



*****



(……!! み、皆倒しちゃった……! ま、マズい、僕だけ勝てないのはマズ過ぎる……!)


 ユリシーズを皮切りに、他のメンバーも尽く目の前の悪魔を倒したのを見て、イリヤの中に激しい焦燥と危機感が芽生える。これで彼だけが勝てずに他のメンバーに助けてもらったなどとなれば、オリガやビアンカにどんな目で見られるか。彼女達に失望される事だけは絶対に避けねばならない。


(……やってやる! 僕にだって出来るはずなんだ!)


 オリガ達に幻滅されるという恐怖・・は、イリヤにかつてない程の集中力をもたらした。彼はアムドゥキアスに向かってパイロキネシスを発動させる。敵に躱される可能性が一番低いのがこの能力だ。だが……


「無駄だよ! それは同じ能力・・・・で相殺出来るからね!」


 アムドゥキアスもパイロキネシスを発動してくる。奴の言う通り、2つの不可視の力は互いが相手を塗り潰して顕現しようとぶつかり合う。この押し合いに負けると一方的に着火され、最悪抵抗の間もなく焼き尽くされてしまう。


 敵を確実に殺せるが、反面押し合いに負けたら自分が死ぬことになる。それが怖くて今まで同じ能力を持つこの相手に使えなかったのだが、イリヤを突き動かす衝動は一時的にその恐怖を、別の恐怖・・・・で上書きさせた。


「かぁぁァァァッ!!!!」


「……!? 何……何だ、この力は!? こんな子供に、この私が力負けする……!?」


 イリヤのESPが際限なくその力を強めていく。年齢や経験的な問題から他のメンバーに一歩劣る扱いをされる事が多いイリヤだが、この若さで既にこれだけの力を扱える事から、逆に潜在能力・・・・ではメンバー中随一と目されている。


 その潜在能力の一部が急激に解放された結果、アムドゥキアスの『絶対なる公平』を一時的に上回る勢いを得る事となった。


 イリヤのパイロキネシスがアムドゥキアスのそれを打ち破る。自らのESPが破られた衝撃でアムドゥキアスが仰け反る。そこにイリヤのパイロキネシスが無防備なその身体に着火し、瞬く間に燃え上がった!


「ウゴヷァァァァァァァァッ!!!!」


 醜い断末魔と共に炎上し、文字通り消し炭となっていくアムドゥキアス。敵の死を確認してイリヤは大きく息を吐いた。


「はぁぁぁ……はぁぁぁ……! や、やった……。僕にも、倒せたよ、オリガ……」


 潜在能力を無理矢理解放した反動で半ば自失しながら、イリヤはそれでも深い安堵と達成感に包まれるのだった。

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