Episode10:作戦会議

 ヴァンサン達との対峙のあと、結局パーティーの間中シヴァンシカが夫から離れる事はなく、ヴァンサンを暗殺する隙を見出す事は出来なかった。


「ち……あの嫁さんをヤツから引き剥がさないと暗殺は厳しそうだな」


 彼らの隙を窺い続けていたユリシーズが舌打ちする。カバールの悪魔であるヴァンサンを暗殺するとなったら、確実に戦闘・・が予想される。シヴァンシカはれっきとした外国(インド)要人の親族であり、彼女をその超常戦闘の巻き添えにする事は避けたい。


 更に厄介なのがシヴァンシカが何も知らない訳ではなく、恐らく夫が悪魔と知った上で協力関係にあるという点だ。実際に巻き込んで・・・・・しまった場合にも、積極的にヴァンサンの味方をする可能性が高く、自身の立場を最大限に利用してこちらを妨害してくるはずだ。


 何とかして彼女をヴァンサンから引き離さなくてはならない。その機会を窺う必要がある。ビアンカはかぶりを振った。


「でもこのパーティーの間はちょっと難しそうね。基本的にあの夫婦・・が主役のパーティーだもの」


 同じ会場内で一時的に別々になる事はあっても、完全に目の届かない所に離れて行動する事は、少なくともこのパーティーの間には無いだろう。


「だな。しかしヴァンサンの奴が表に出てきて捕捉できるのはこのパーティーの期間中だけだ。これを逃せば暗殺の機会自体がなくなっちまう」


 ヴァンサンを暗殺できるのはこのパーティーの期間中だけだが、その間はあのシヴァンシカがずっと傍に張り付いているというジレンマ状態だ。加えて他の招待客達の目もある。


 リキョウやアダムら他の面々も似たような状況らしく、結局パーティーの一日目はヴァンサンに『天使の心臓』を認識させて直接言葉を交わしたという以外の成果を得る事は出来ずに終了してしまった。



*****



『ふむ、やはり皆さんも同じ状況でしたか。私も虹鱗を使って彼らの隙を探っていましたが、ヴァンサンの傍には必ずシヴァンシカ女史かその部下と思しきインド人が張り付いていて、付け入る隙を見つける事は出来ませんでした』


 翌日の日中。深夜まで続いたパーティー初日が終わり、借りているホテルの部屋に戻ったビアンカ達は起床して身支度を整えた後、持参のラップトップを開いて他の仲間達とオンライン会議で状況の共有を行っていた。因みにこのオンライン会議システムは国防総省独自で使われているものであり、尚且つアダムが常時サイバー監視を行っているので万が一にも盗聴やハッキングの心配はない。


 分割された画面の一つでリキョウが顰め面でかぶりを振る。アダムも重々しく頷いた。


『こちらも同様だ。少なくとも昨夜は全く隙がなかったな』


 偵察能力に長けた2人が隙を見出せなかったなら、恐らく誰であっても結果は同じだろう。


『まだ2日あんだろ。毎日同じパーティーってのも芸がねぇし、今夜はどんな催し物が予定されてんだ? それによっては隙が出来るかも知れねぇだろ』


 やや楽観的な意見はサディークだ。だが確かに今夜のパーティーに気持ちを切り替えた方が良いのも事実だ。ビアンカの横にいるユリシーズが腕を組んだ。


「あいにくパーティーの内容はサプライズ形式で、参加者には直前までどんな催し物が行われるのか分からん仕組みになっている。一般の参加者・・・・・・ならそれで何も問題は無いんだろうがな……」


 自分たちのように別の目的・・・・を持って潜入している身からするとやり辛い事は確かだ。だが……



「……きっと意図的に男女別に分かれる・・・・・・・内容の催し物を開催してくるはずだわ」



「ビアンカ? なぜ分かる?」


 確信を込めた彼女の言葉にユリシーズだけでなく、画面越しのリキョウ達も注目する。


「あなたも見たでしょ? ヴァンサンは私の『天使の心臓』に確かな執着を抱いた。でも手に入れるにはあなたの存在が邪魔。となれば主催者を含めて・・・・・・・男女別に分かれざるを得ないような状況を作り出そうとしてくるはずよ。いえ、あの男なら絶対してくるわ」


「……!!」


 ユリシーズは目を瞠った。そう、昨日はヴァンサンに『天使の心臓』を認識させるという一点において確かな成果・・・・・があったのだ。今夜、奴は必ず仕掛けてくる。


『なるほど、確かに充分ありえる話ですね。奴等のホームグラウンド……つまりは敵地に乗り込む以上、主導権が向こうにあるのは致し方ない事ですが』


 リキョウが画面越しに唸る。だがサディークは逆に面白そうに笑う。


『そうでもないだろ。『天使の心臓』を見た悪魔共は冷静じゃいられなくなる。実際にビアンカがそうしたように行動を予測しやすくなるから、主導権はむしろこっちにあるとも言えるぜ?』


 それもまた彼の言う通りかも知れなかった。少なくともこちらは奴が次に打って来るだろう手が予測できた。それだけでも『天使の心臓』を奴に認識させた成果があったと言える。



『だが……実際にヴァンサンが参加者を男女別に分けてくるとして、その場合ビアンカの守りはどうなる? 俺達が直接警護に付く事は出来なくなるぞ? まさにそのために男女別に分けるのだろうしな』


 アダムが現実的な懸念を呈する。彼らの護衛が無ければビアンカは無防備となり、カバールに抗する手段が無くなる。アダムの言う通り、ヴァンサンはまさにそれを狙って男女別に参加者を分けてくるはずであった。


『あら、ビアンカが無防備になる? そうでも無いわよ?』


 だがそこに意外な声が上がる。アダムと一緒の画面に割り込んできたルイーザだ。アダムだけでなく全員が彼女に注目する。



『男女別に分かれるだけなら、私達・・はビアンカと一緒にいられるのよね? だったら私達がビアンカを守るわ。この任務に同行するって決めた時から荒事・・も覚悟してるし』



 確かにルイーザ達は皆、まだヴァンサンにこちらの仲間だとバレていない。ビアンカに付く事自体は出来るだろう。だが……


『馬鹿な、危険すぎる! 敵はカバールの構成員なんだぞ? 君達だけでは荷が勝ち過ぎる』


 同じ画面内でアダムが諌めるがルイーザはどこ吹く風だ。


『あら? たった今あなた達は参加者は男女別に分かれる・・・・・・・・と言ったじゃない。それとも主催者だけは例外なの?』


「……!」


 ビアンカもユリシーズも目を瞠った。ルイーザが言わんとしている事に気づいたのだ。


「そうか……! カバールの悪魔は配下の眷属に到るまで男しかいない。だから男女別に分けるとなると、向こうも私を捕らえるための戦力は限られてくるという事ね」


 正確にはラミラのようにタブラブルグだけは例外だが、ヴァンサンがこの事態を見越してタブラブルグを予め眷属にしているという可能性は低いだろう。


『多分ね。向こうは男女別に分断してしまえばあなた一人だと思ってる訳だから、それでも充分捕らえられると考えてる可能性は高いわ』


 ビアンカの発言に首肯するルイーザ。リキョウが考え込む仕草を取る。


『なるほど、確かに……その展開も充分あり得ますね。まさかルイーザ嬢にご指摘を受けるとは。ですがそれでも尚あなた方に危険が無いとは言い切れません。私はリンファに――』


『――リキョウ、私なら大丈夫だから心配しないで』


 若干言い淀む雰囲気になったリキョウだが、そこに後ろの画面外で聞いていたのだろうリンファがリキョウと同じ画面に映り込んできた。


『あなた達の素性を聞いて、今回のラスベガス行きも悪魔絡みの任務の一環って知って、それでも尚あなたと一緒に行くことを選んだのよ? ある程度の危険は最初から覚悟の上よ』


『リンファ、ですが……』


『お願い、リキョウ。私だって遊びで来てる訳じゃないわ。あなたを手伝わせて』


『……!!』


 リンファの真摯な、そして切実な願いにリキョウは目を瞠った。そしてややあって嘆息しつつ苦笑を返す。


『ふぅ……ビアンカ嬢の時もそうでしたね。私はどうしても女性を「庇護する対象」に見てしまいがちなようです。それではあなたに失礼でしたね。……解りました、リンファ。是非ともあなたにビアンカ嬢の護衛をお願いします』


『……! リキョウ、ありがとう!』


『ただし、ビアンカ嬢も大事ですが同様にあなたの安全も大事です。くれぐれも無茶だけはしないように約束して下さい。良いですね?』


『勿論よ、約束するわ!』


 リンファは嬉しげに笑って請け負う。それを見ていたルイーザも頷いて、揶揄するような視線を別の画面に向ける。



『ねぇ、ナーディラ・・・・・? 一般人のリンファがこう言ってるのに、まさかオマーンの王女で聖戦士たるあなたが尻込みしたりはしないわよね?』


『……っ!』


 サディークと一緒の画面に入ってきていたナーディラが水を向けられて眉を上げる。


『も、勿論ですわ! 私だってサディーク様のお役に立ちたいという思いの強さは誰にも負けないつもりです。サディーク様、私にお任せ下されば確実にビアンカを守って見せますわ!』


『お、おお、そうか。お前がそう言ってくれるなら安心だな』


 身を乗り出すような勢いのナーディラに、若干引き気味に了承するサディーク。だが確かにれっきとした聖戦士でもある彼女も護衛に付いてくれるなら心強い。



『……イリヤ、私もやル。皆と一緒にビアンカさんを守る』


『!! オリガ……』


 するとそれまで会議に参加はしていたものの、自発的に発言する事はなかったイリヤの画面からも反応が。オリガだ。彼女も画面外で会議を聞いていたようだ。


『オリガ、でも危険だヨ! 僕が一緒にいられないトなると、もし何かあっタら……』

 

『私もリンファさんと同じ気持ちヨ。こうイう時の為に超能力の訓練をしてきてるンだし、私だって皆の役に立ちたイの。分かって、イリヤ!』


『……!』


 やはり彼女も自分がまだビアンカやイリヤの役に立てていない事に忸怩たる思いを感じていたようだ。以前にも『RH』でそんな話をした事があった。


『イリヤが今回の任務に誘ってくレた時、私、自分を変えたイって言ったでしょ。今がその時だと思ウの』


『……!! オリガ……分かっタよ。本当は危険な事はして欲しくナいけど、でも、オリガが自分からソう言ってくれて嬉しいとも感じテる。お姉ちゃんの事……しっかり守ってアげて』


『イリヤ……ありがトう。私、頑張る』


 イリヤが折れると、オリガはホッとしたように頷いた。その微笑ましい光景に目を細めつつも、アダムが咳払いする。



『オホン! ……まあ仕方ないな。だがそうなるとこちらはこちらでヴァンサンを暗殺する絶好の機会でもあるな。男女に分かれるという事は、奴はこちら側・・・・を担当するという事だからな』


「確かにな。ヴァンサンの奴自身、恐らく邪魔者の排除それを兼ねて男女別に分けてくる可能性が高そうだしな」


 ユリシーズも肯定する。ヴァンサンは明らかにユリシーズを邪魔な障害と捉えていた。つまり必然的に男性陣側は激戦・・が予想されるという事だ。だがサディークはむしろ嬉しそうに口の端を吊り上げた。


『へ、面白ぇ。ちまちました腹の探り合いは趣味じゃなかったんだ。今夜は存分に楽しめそうだな』


『任務に楽しさは求めませんが、女性陣の為にもなるべく迅速に終わらせるよう心掛けましょう』


 リキョウも彼らしく冷静に同意した。イリヤは自発的に発言はしなかったが、気持ちは同じのようで神妙な表情で頷いていた。ユリシーズが総括するように手を叩いた。


「よし、なら今夜の方針はほぼ決まったな。ビアンカの感覚を信じて、奴等が俺達を男女別に分けてくるって前提で動くぞ。異論がある奴はいるか?」


 誰も声を上げる者はいなかった。こうして方針の決まったビアンカ達は万全の態勢を整え、夜を待って各自再び『砂漠の宝石』へと出陣・・していくのであった。

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