Episode11:テストケース

「なあ、クルス・・・。今は丁度大統領の公務も落ち着いてて俺達も余裕がある。明日は非番の日だし、14番通りにいいスペイン料理の店があるんだ。一緒に――」


「――申し訳ありませんがお断りします。そうする理由・・がありませんので」


 アメリカの首都、ワシントンDC。その中心部ホワイトハウスに隣接している連邦政府庁舎内にある、大統領警護官と呼ばれる専属SP達の詰所。ラミラ・・・は最近になって頻繁に繰り返されるようになってきたやり取りに眉をしかめつつ、それでも律儀に同じ受け答えを返す。


 大統領であるダイアンの希望と主人・・であるユリシーズの命令によって大統領警護官に就任する事になったラミラだが(勿論経歴やIDなどは全て偽造済みだ)、大統領警護官は特殊なスキルと高い身体能力や耐久力、精神力などが要求される過酷な職業であり、映画などのフィクションの世界と違って男所帯で、女性の警護官は殆ど存在していないのが現実であった。


 そこに降って湧いたのが大統領の肝入りで入職する事になったラミラだ。何といってもアメリカ初の女性大統領であるので、同性・・のSPも必要だという事でラミラの採用は特に疑問や反発もなく受け入れられた。


 そして彼女が職場で好意的に・・・・受け入れられたのは勿論それだけが理由ではない。派手なヒスパニック系の美貌の若い女性SP。むくつけき職場に咲いた一輪の華。注目や関心を集めないはずがなかった。


 他愛ない世間話から露骨に好みのタイプや趣味などを聞いてくる者まで様々で、今やラミラはすっかり職場の人気者・・・扱いになってしまっていた。それでも大半は軽い興味半分で、ただラミラと会話したいというだけの動機の者が殆どであったが、そうではない・・・・・・と思われる者もいた。


 特にそれが顕著なのが、今も素気無く拒絶したばかりの若い白人の警護官だ。確かレックスという名前だった。ラミラが入った当初から他の者達と反応が違った気がする。



「レックスのやつ、また振られてるぜ」

「もういい加減に諦めろって」

「むしろ素気無く扱われるのが癖になってるんじゃないか?」


 周囲にいた他の同僚たちが今の光景を揶揄する。もうラミラとレックスのこの手のやり取りは日常茶飯事といった感じになりつつあった。つまりそれだけレックスは何度もラミラから拒絶・・されているのだ。にも関わらず……


「言ってろ。俺は絶対に諦めないからな」


 レックスは口とは裏腹にそこまで気を悪くした様子もなく同僚たちに宣言していた。それを聞いていたラミラは嘆息した。あの人間・・がやっている事は全くの徒労だ。彼女にとっては主人であるユリシーズの意思や命令が全てで、それ以外には一切関心がなかった。


 いっそこの場で自分の正体・・を明かしてやれば、あの人間にこれ以上付きまとわれる事もなくなるはずだが、それはユリシーズの命令で禁じられていた。それどころか極力同僚たちと不和・・を起こさず上手く馴染めとすら命令されていたので、レックスに対しても誘われたら拒否するという以上の対処ができないのが現状であった。



******



「ラミラ、最近あなたの職場で面白いことになってるそうじゃない?」


 ホワイトハウス内にある大統領の私室。非番明けで夜間警護の任に就くラミラに対して、ダイアンが揶揄するような口調で問いかけてくる。ラミラは若干眉を上げた。


「……面白いこととは?」


「隠してるつもりでしょうけどバレバレよ。レックスからの熱烈アプローチ……どうするの?」


 やはりその事だ。ラミラは顔をしかめた。


「……どうもしません。マスターから対処を禁じられているのですから」


「あら? 対処・・なら簡単にできるじゃない」


「え……?」


 ラミラは思わず目を瞬かせた。ダイアンが彼女にしては少し楽しそうな口調と表情で笑みを浮かべる。



「何も難しい事じゃない。受けて・・・あげればいいだけよ。そうでしょう?」



「……! 本気で言っているのですか?」


 ラミラは目の前の女の正気を疑う。魔族・・と人間。種族そのものが違うのだ。一考にすら値しない選択肢であった。だがダイアンはかぶりを振った。


「確かに他の悪魔ならそうかもね。でもユリシーズから聞いたけどあなた達の『変身』って、他の悪魔の『擬態』とは根本から異なる力なんですってね」


 ただ人間の姿になるだけなら他の魔族達にも可能である。それがダイアンの言ういわゆる『擬態』だ。所詮変装・・に過ぎないので本来の性別まで偽る事は出来ない。だがタブラブルグは違う。


 自分たちの『変身』はコピーした対象と遺伝子レベル・・・・・・全く同じ生物・・・・・・になるのだ。脳の形から皺の数や位置、脳細胞の一つ一つに至るまで寸分違わず、である。記憶までそっくりコピーできるのはその為だ。


 遺伝子レベルまで変化させる代償として一度コピーした人間の姿以外には変身できなくなるが、それだけに今のラミラはどんな最新の科学的検査を以ってしても正真正銘の『人間』であった。彼女自身が変身を解かない限り見破る事は絶対に不可能だ(ニューヨークでは同族が一見間抜けな手段で見抜かれたらしいが)。


「今のあなたはあくまで『ラミラ・クルス』という人間・・の女性なんだから、別に人間の男性とデートしたって何も不自然な事じゃないわ。むしろ『不和を起こさず上手く職場に馴染む』なら、あまり素っ気なく袖にし続けるのは得策じゃないわね」


「……っ」


 痛い所を突かれてラミラは唇を噛み締める。ユリシーズの眷属となった彼女にとって彼の命令は絶対だ。確かにこのままでは自分の態度が原因で不和・・が生じる可能性はある。


その女性・・・・の記憶をそっくりコピーしてるなら、そういう知識・・・・・・だって備わってるんでしょう? かなり奔放・・な性格の女性みたいだし」


「それは、まあ……」


 ラミラは渋々認めた。ニューヨークでユリシーズからなるべく見栄えのいい女・・・・・・・を見繕ってコピーしておけと命令されて、その条件に合致・・・・・した対象を選んでコピーしたのだが、生憎性格・・まで指定されてはいなかった。


 カルメン・ロドリーゴというこの女性は一言で言うなら「恋多き女」で、数多くの男性と交際及び性交・・経験があった(因みにコピーしたラミラ自身の記憶と、その記憶を元に住所を割り出しての素行調査で、ラミラとは万が一にも生活圏が重ならない事は確認済み)。


 自身やユリシーズが望んだ訳ではない副次的なものではあるが、結果としてラミラには経験豊富・・・・な女性の知識が備わってしまっていた。なので実は男性とデートやそれ以上・・・・の事も『しようと思えば問題なく出来る』というのが答えであった。そこに先程も話に上ったユリシーズの命令の件が重なればもう答えは出ているようなものだ。


 ラミラは盛大に嘆息した。


「はぁ……解りました。もし彼が性懲りもなくまた誘ってきたらの場合ですが、その時は断らない・・・・ようにします。これで宜しいですか?」



「ええ、大変結構。それとまた誘ってくるのはまず間違いないから、ちゃんとデートの準備をしておきなさいね。うふふ、楽しみだわ。ユリシーズがラスベガスから帰ってきた時に面白い報告ができそうね」


 ダイアンは上機嫌に笑って頷いた。そして内心で神妙に独りごちる。


(……思わぬ成り行きだけど、悪魔と人間の相互理解・・・・が可能なのかどうか……。その糸口を探る為の格好のテストケース・・・・・・になりそうね。この結果如何では本人達が思っているよりも遥かに重大な一歩となるかもしれないわよ、これは)


 代償を払う契約以外の方法で、悪魔とある程度でも友好的な関係を築ける余地がもしあるのだとしたら……今後の対悪魔の戦略において非常に重要な指針となるかも知れない。


 ラミラを焚き付けて・・・・・お膳立てをする事には成功したダイアンだが、これ以上の介入はできないのであとはレックスに任せるしかない。


(頼むわよ、レックス。何としてもラミラを靡かせて・・・・みせなさい。それが出来たらあなたは人間と悪魔の架け橋・・・という、有史以来初の『偉業』を達成した英雄・・になれるわよ)


 勝手にレックスの双肩に人類の行く末を託したダイアンは、心の中でこのデートの成功を誰よりも願うのであった……

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