Episode7:いざ虎穴へ

「……!」


 パーティー会場となっている中庭に足を踏み入れたビアンカは思わず目を瞠った。一瞬再びホテルの外に出てしまったのかと錯覚した。それくらい『砂漠の宝石』の中庭は広い面積を誇っていた。


 中庭を囲うホテルの外壁から煌々と照明が照らされ、時刻は夜を回っているというのにまるで昼間のような明るさであった。円形状のメインフロアは美しい芝生と見るからに高級そうなレンガの通路で舗装され、二人がけの丸テーブルが数え切れない程置かれていた。


 フロアの中央にはこの砂漠の街においてどれだけの水を浪費しているのかと思ってしまう程の巨大な噴水が稼働しており、否が応でも目を引いた。この街におけるヴァンサンの隆盛ぶりを象徴するようなオブジェクトであった。


 中庭にはビアンカ達の前に既に入場していた他の招待客達が大勢おり、テーブル席についてカップル同士で歓談している者や、他の招待客と話している者、噴水を始めとした豪華なオブジェクトに目を奪われている者など様々だ。



「ほっ! こいつは凄ぇな! 正に成金野郎の典型って感じだな。ヴァンサンの奴がこれだけの財を築く過程で、どれだけの人間が搾取されてきたのかを物語ってるな」


 ユリシーズは中庭や噴水を見渡しながら皮肉げに吐き捨てる。ただの富豪という訳では無い。恐らくはカバールの悪魔だと思われるヴァンサンに搾取・・された人々は、死よりも悲惨な運命を辿ったであろう事は想像に難くない。


 ビアンカも同様の感想を抱いており、ヴァンサンの正体を知らない他の招待客達のように無邪気・・・に感心する事は出来そうになかった。



「うわぁ……! なんて広くて豪華な中庭。それに人があんナに大勢……!」


「それに皆お金持ちソうな人ばっかりだ。やっぱり僕達、場違いじゃなイかな?」


 その時後ろからイリヤ達の感嘆した声が聞こえてきた。ビアンカが振り向くと、そこには"無邪気に"豪華な内装に感心しているらしきイリヤとオリガの姿があった。彼等も無事に関門・・を通過したようだった。それはつまり……


「お、来たか。て事はちゃんとキス・・出来たんだな? よくやった」


「「……っ!!」」


 ユリシーズの不躾な確認に、少年少女の顔が熟したリンゴのように真っ赤になる。どうやら敢えて・・・その事に触れないようにしていたのに、ユリシーズがデリカシーの無さを発揮したようだ。


「ちょっと! ……二人共ご苦労さま。ほら、席は決まってるみたいだから早速行きましょうか」


 そんなユリシーズを肘で小突いてから、イリヤ達を労りつつ席へ促すビアンカ。こういう時はどんどん別の話題を振っていくのに限る。そして実際に後続の招待客もどんどん入ってきているので、入り口でお上りさん丸出しで呆けている訳にもいかない。


 彼等の席は噴水を挟んでフロアの右側に位置する塊の中にあるが、塊と言ってもそれぞれの席の間隔は広く取られているので、窮屈な感じは全く無い。ヴァンサンやシヴァンシカら主賓が登壇するであろうステージと、アダムら他のメンバーがやってくるであろう入り口は、視界を遮られる事なく見通せる位置取りとなっていた。


 丸テーブルは基本的に二人がけで、ビアンカ達とイリヤ達は隣接しているが別々の席であった。彼女たちが席に着いた後も、招待客たちは続々と入場してくる。そんな中……



「お、あれは……サディークの奴だな」


「……!」


 招待客の中には他にもアラブ系と思しき者達はいたが、そんな中でも異彩を放っているその姿はすぐに目に付いた。威風堂々たる美丈夫で尚且つ傲岸不遜を絵に描いたような彼は、基本的にどこにいても目立つ。ましてや今は同じく人目を惹く容姿の美女を随伴しているのだから尚更だ。


 傲然と胸を反らして歩くサディークと、その腕に自らの腕を絡ませてしなだれかかるように密着しているナーディラの姿は、まるでドラマか映画の撮影中ではないかと周囲に錯覚させるような存在感を醸し出していた。


「……少なくともあいつら二人が揃ってると隠密行動は不可能だな」


 同じ感想を抱いたらしいユリシーズがボソッと呟く。現段階では彼等と仲間である事を悟らせない為に、この場ではサディーク達とは接触しない。それは向こうも心得ておりナーディラが一瞬だけこちらに視線を向けたが、それ以外には一瞥する事もなく離れた位置にある別のテーブル席に着いた。早速物見高い他の招待客の何人かが彼等のテーブルに寄って行って何か話しかけていた。


 サディークは例によって傲岸不遜ぶりを発揮して尊大な態度を取っているようだったが、意外にも(?)ナーディラが上手く取りなして緩衝材になってくれているようで、大きなトラブルは起きていないようだった。


「意外と相性も良さそうな気がするわね、あの二人」


「くく、尻に敷かれなきゃいいがな。既にその兆候が見え隠れしてるぞ」


 ユリシーズが愉快そうな含み笑いを漏らす。サディークには悪いがナーディラの押しの強さを考えると、ビアンカもそんな気がしてくる。とはいえサディークもボストンでビアンカが中傷された時のように、締めるべき所はきちんと締めるので大丈夫だとは思うが……


 招待客の入場はまだ続いている。何せカップルの接吻が条件なので入場ペースが遅くなりがちなのだ。そしてそんな中、ビアンカは入場した招待客の中に再び仲間の姿を認めた。



「あら、ルイーザとアダムよ。あの二人も上手いこと行ったのね」


 ここに入場できた・・・・・という事はつまりそういう事だ。アダムの威圧感ある外見は当然目立つし、何よりルイーザは『BLMの象徴』だ。招待客の中には既に目ざとく彼女の正体に気づいて驚いている者達が出始めていた。


 今回の任務にあたって敵や招待客の注意を分散させるために、敢えて・・・ルイーザは変装もせずに素顔でこの場に臨んでいた。その効果は如実に現れ始めていたが、ルイーザはそんな周囲の好奇の視線が全く気にならないような様子で、腕を組んでいるアダムを熱い視線で見上げている。その顔はビアンカにはとても満ち足りた幸せそうな表情に見えた。


 彼女の今の気持ちはビアンカにもよく理解できた。恐らくあの二人も昨夜結ばれた・・・・のではないか。そんな気がした。


 アダム達も心得たもので、ビアンカ達やサディーク達の位置は把握しただろうが、そちらに一瞥をくれる事もなく自分達の席に着いていた。その周囲にも早速好奇心に後押しされた人々が群がっていた。アダムはともかくルイーザはその辺りは如才ないのでトラブルの心配はしなくていいだろう。


 そうこうしている内に入場してくる招待客もまばらになってきた。テーブル席も粗方埋まりつつある。入場していない仲間は後一組いる。ビアンカは徐々に心配になってきた。もしかして関門・・を通過できずに弾かれてしまったのだろうか。実際に何組かそうやって弾かれて入場できなかったカップルもいるようだ。だがその時……



「どうやら真打ち・・・のご登場のようだぞ。ふん、リキョウの奴の事だ。敢えて一番最後・・・・の入場を狙ったのかもな」


「……!」


 ユリシーズの言葉にビアンカは弾かれたように入場口に視線を向ける。確かにほぼ全ての招待客が入場し、今まさに最後の・・・カップルが入場してきた所であった。


 リンファを伴ったリキョウだ。リキョウは流石に堂々としたもので、トリを務める入場だというのに薄笑いを浮かべてむしろ周囲に見せつけるように歩くが、リンファの方は大分緊張しているようでしきりに周囲をキョロキョロとしていた。


 ここに入場したという事はシヴァンシカの前でリキョウとのキスを披露したはずであるのだが、その姿からはあまり想像が付かなかった。


 リンファがこちらに気づいて手を振りかけるが、すんでの所でさりげなくリキョウに制止されていた。こういう任務は初めてだろうし、大分緊張もしているようなので、まあその辺の失敗は仕方ない所であった。今のようにリキョウがフォローしてくれるなら安心だ。



 兎にも角にもとりあえずこれで仲間たち全員が入場できた事になる。大丈夫だとは思っていたが、ビアンカもホッと一息ついた。と同時に、想い人・・・と関係を進める事ができた友人達への祝福も心の中で贈っておく。

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