Episode5:ラスベガス到着

 ラスベガスはネバダ州の只中にあり、ネバダ州はアメリカでも西寄りの砂漠地帯に存在している。東海岸にほど近いDCからはビジネスジェットでも最短で数時間は空の旅になる。その間、同じジェット機に総勢10名5組のカップル・・・・が同乗している事になる訳で、特に男性陣にとっては元々の懸想対象でもあったビアンカがいる事もあり、かなり居心地の悪い空間となっていたのは間違いなかった。


 紆余曲折を経て成立したカップルばかりであったので、冷やかしたり冷やかされたりといった応酬・・が繰り広げられたのは言うまでもない。そして数時間後、彼等の乗るビジネスジェットはラスベガスの国内便における玄関口であるノース・ラスベガス空港に到着した。



「ふぃー……ようやく到着か。今回は特に長く感じたぜ」


「……同感です」


 飛行機から最初に降り立ったサディークが珍しく疲れたように嘆息すると、次に降りてきたリキョウも同様に眉をしかめて頷いた。


「な、何かごめんなさい、リキョウ。私達だけはしゃいじゃったみたいで……」


 続けて降りてきたリンファが、恋人・・のリキョウの様子を見て申し訳無さそうに謝罪する。リキョウはかぶりを振った。


「いえいえ、良いのですよ。女性は基本的にああした話題が好きでしょうし、あなたが他の女性陣と打ち解ける良い切っ掛けになったはずです。その為ならこの程度、何という事もありませんとも」


「リ、リキョウ……」


 リンファは少し感動して言葉を詰まらせた。それは事実であったからだ。彼がそこまで自分の事を考えてくれていた事に感動したのだ。


「素晴らしいご配慮ですわ、ミスター・任。勿論サディーク様も私のために同様のご配慮を賜ったのですわよね?」


「おお……? お、おう、勿論だぜ! お前がビアンカや他の女達と仲良くなってくれりゃ俺も助かるからな!」


 飛行機から降りてきたナーディラがリキョウを称賛しつつサディークに流し目をくれると、彼は若干慌てたように大きく首肯する。客観的に見て甚だ怪しいものがあるが、ナーディラは特に気にしていないようで上機嫌な様子だ。


「ここが……ラスベガス。話には聞いてたケど、凄く暑イな……」 


 続けて降りてきたイリヤは、その照りつける強い日差しと高い気温に秀麗な眉をしかめた。ロシア人である彼はいかにもこの常夏の砂漠の街とは不釣り合いであった。


「ほ、本当ね。それに人があんナに大勢……」


 同じロシア人のオリガも暑さには弱そうだったが、彼女は更に人混みや雑踏が苦手という弱点もあったので、尚更このラスベガスは大変そうだ。


「ラスベガスか……。再びネバダ州の土を踏む事になるとはな」


 アダムはジェット機から降りて周囲を見渡すと、やや複雑そうな表情で呟いた。彼がサイボーグへと生まれ変わった『エリア51』もまたこのネバダ州にあったはずだ。


「一種の里帰りってこと? いいじゃない。私が好きなのは今の・・あなたなんだから、ある意味であなたのホームタウンに来られて感慨深いわ」


 正式に恋人となった気安さ故か、遠慮のない感想を述べるのはルイーザだ。あっけらかんとした彼女の言葉にアダムは苦笑した。


「ふ……里帰りか。そんな風に考えた事は無かったな。確かにそう思えば気も楽か」


「そうよ。あなたは何でも難しく悲観的に考えすぎなのよ。もっとポジティブに行きましょう」


 ルイーザは明るく笑ってアダムと腕を組む。彼女がある意味で最も自然な・・・恋人らしい振る舞いかもしれなかった。


「同じ暑さでもLAやヴァージン諸島とはまた違った暑さね。何というか、日差しの照りつけが凄いわ」


 ビアンカも手を顔の上に翳しながら飛行機を降りる。日差しの強さもさる事ながら気温自体も今まで訪れた街で一番高いかも知れないと感じた。


「まあLAもヴァージン諸島も海が近いからな。何だかんだここに比べたらそれでもまだ湿度がある方だ。昔のゴールドラッシュの名残りらしいが、よくまあこんな場所に好んで住もうと思えるぜ」


 ユリシーズも若干ゲンナリした顔で降りてきた。黒スーツ姿の彼はこの街では見てるだけで暑そうだ。しかしヴァージン諸島の時とは任務の性質が違うので、彼は特に着替える気は無さそうだった。


 そんな彼は一同を代表して全員を見渡した。



「さて、実際に『砂漠の宝石』でパーティが開かれるのは明日の夜からだ。今日の所はそれぞれ指定・・・・・・のホテルにチェックインだ。明晩は現地集合・・・・って事で頼むぞ」



 これも事前に取り決められていた事であった。全員で連れ立って行動していたら目立って仕方ない。ましてや男性陣はただでさえ色々な意味で人目を引きやすいから尚更だ。


 当日までは極力対象の警戒を引かないように、ラスベガスに着いた後は基本的にそれぞれのカップルごとに別行動・・・となる。


「は! 本番は明日の夜だからな? 今日一日二人で行動するからって羽目を外し・・・・・過ぎないようにな?」


 サディークが他のメンバー達に皮肉げな視線を向ける。するとその言外の意味・・・・・を察したアダムやイリヤなどは露骨に動揺して咳払いするが、リキョウは皮肉の視線をそのまま返した。


「そのお言葉はそっくりお返し致しますよ。むしろナーディラ嬢の押しの強さにタジタジの誰かさんが一番その心配が強いのですがね?」


「……! ああ? んだと、テメェ?」


 サディークの表情が胡乱げになる。血の気の多い彼の事、そのまま殴りかかりそうな勢いであったが……



「おい、任務を忘れるんじゃない。その激情は明日まで取っておけ」


 ユリシーズが間に割り込んで仲裁する。その落ち着いた盤石な様子にサディークは若干目を瞠って、それから面白く無さそうに舌打ちする。


「ち……本命・・と上手く行ったからって妙に落ち着きやがって。もうテメェらの面も空の旅でいい加減見飽きた所だ。喜んで別行動させてもらうぜ。行くぞ、ナーディラ」


「はい、サディーク様! どこでもお供致しますわ!」


 サディークが踵を返して雑踏の中に消えていくと、喜んでその後に追随していくナーディラ。彼等は『砂漠の宝石』に程近い別のカジノホテルを予約してあった。まずはそこに向かうようだ。リキョウが居住まいを正した。


「さて、それでは私達も失礼しましょうか、リンファ。ホテルにチェックインを済ませたら、しばらく街を自由に回ってからネットで予約した北京料理の店に向かうとしましょう」


「そ、そうね。……じゃあビアンカ、ルイーザ達も、また明日の夜にね」


 リキョウが促すとソワソワした様子のリンファが、それでもビアンカ達にそう断ってから、リキョウと共にこの場を後にしていった。ビアンカは苦笑しつつその背中を見送った。


「皆なんだかんだ言いつつ浮かれてるわねぇ。ま、無理もないけど。浮かれてるのは私も同じだし。ねぇ、アダム。今日は一日、ラスベガスで何をして過ごしましょうか?」


 ルイーザが楽しげに笑ってアダムを見上げると、彼は何とも複雑な表情で目線を逸らした。


「オホンッ! ……忘れたのか? 君はおいそれと大衆の前に姿を現す訳にはいかない身だ。セレブが集まるだろう明日からのパーティーはともかく、それまではなるべくホテルの中だけで過ごすんだ」


 ルイーザは公的にはビアンカより余程有名人だ。確かに彼女に気づく者がいて変に注目を集める事になっても困るだろう。ルイーザは少し不満そうな顔になるが、それでもため息をついて肩をすくめた。


「ふぅ、それもそうね。まあいいわ。ラスベガスのカジノホテルなら、一日くらいホテルの中だけでも退屈しないでしょうし」


 ルイーザ達もまたビアンカ達とは別のホテルを予約してあった。アダムとルイーザはビアンカ達に別れを告げると、タクシーに乗り込んでそのホテルへと去っていった。



「全く、騒がしい奴等だな。さて、じゃあ俺達も行くか?」


「え、ええ、そうね。ほら、イリヤ達も行きましょう」


 ユリシーズに促されたビアンカは彼と二人きりになる事を急に意識してしまい、その動揺を誤魔化すようにまだこの場に残っているイリヤとオリガに声をかける。ローティーンの子供二人であるイリヤ達は当然単独行動とはいかずに、同じ白人であるビアンカ達の『親戚』という扱いになっていた。なので予約しているホテルは一緒であり、チェックインするまでは同行する事になっている。


「……僕、当て馬扱い?」


 ビアンカを意識していた身としては複雑な気持ちになるイリヤだが、そこにオリガが遠慮がちに密着してくる。


「イリヤにはわ、私がいるでしょ?」


「……! オ、オリガ……そうだね、ゴメン」


 イリヤは赤面しながらもオリガに対する想いと責任を思い出して気を引き締めた。


「ほら、イリヤもオリガも、早く行きましょう! まずはホテルにチェックインするわよ」


 その時には既にタクシーを捕まえて行き先を指定していたビアンカが手を振ってイリヤ達を呼ぶ。イリヤとオリガは互いに顔を見合わせて苦笑すると、手を繋いでビアンカ達の元に向かっていった。

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