Episode4:親睦会

 今回の任務でもビジネスジェットを使って一路ラスベガスまで飛ぶ事になる。だが今回の任務では参加人数・・・・が過去最多となる。勿論ビジネスジェットは広いので10人くらいなら充分ゆとりを持って座れるくらいのスペースはある。


 なので広さは問題ではない。問題はDCからラスベガスまで『それなりの距離』があり、現地に着くまでには『それなりの時間』同じジェットに搭乗して一緒に過ごさねばならないという点だ。


 それを気にしたのは男性陣、女性陣ともに共通していた。男性陣は主にビアンカと自分の相方・・・・・が同乗している空間に自分もいなければならないという点について。そして女性陣はまだ互いに親睦・・が深まっていないメンバーもいるという点についてであった。


 そんな訳で(主にビアンカとルイーザの意思によって)任務に先駆けて、『RH』において顔合わせも兼ねた親睦会・・・が開かれる運びとなった。




「ようこそ『RH』へ! まだ初対面でかつここに来たのも初めての人が2人・・いるから、まずは自己紹介からいきましょうか。これから同じ任務・・・・に臨む『仲間』でもあるんだし?」


 『RH』のラウンジ。ここが地底深くとは到底思えないような高級ホテルもかくやというお洒落な内装と、棚に並んだ高価な酒類の数々。それに彩りを加えるお菓子やジュース、果物等もテーブルに所狭しと置かれている。


 そんなラウンジ内の大きな丸テーブルに互いに向き合って座る5人の女性達・・・・・・の姿があった。ビアンカとルイーザ、オリガとナーディラ、そして……リキョウの恋人・・であるツァイ・リンファの5人だ。


 最初に立ち上がって音頭を取るのはルイーザだ。彼女はそう言って自分の好きな銘柄のウィスキーが並々と注がれたグラスを掲げる。


「やっぱりまずはあなたからよね? 何と言ってもカバールとの戦いでの中心人物でもある訳だし、ファーストレディ・・・・・・・・なんだから」


 そしてまずはビアンカに水を向けてきた。ビアンカも最初に名乗っておく事に異論はなかったので、頷いて立ち上がった。といっても彼女が初対面なのはこの中で一人・・だけであったが。



「ビアンカ・コールマンよ。今は訳あってカッサーニと名乗ってるけど。もう皆知っていると思うけど、私の実母・・はアメリカ大統領ダイアン・ウォーカーその人よ。そして……信じがたいとは思うけど実父・・はローマ教皇マクシミリアン4世よ」


「え、ええ……!?」


 リンファが大きな目を更に丸くして驚く。まあ気持ちはよく分かる。ビアンカ自身、実父にはまだ会っていないので実感が湧いていないのだから。


「実父は私に『天使の心臓』を与えたわ。悪魔に狙われるだけの厄介な代物だけど、私はそれを逆手に取って巧妙に潜伏しているカバールを炙り出す『囮』としての役割を買って出たの。奴等を一匹残らず炙り出して狩り尽くすか、私が心臓を奪われて死ぬか……。これは私と奴等の戦争・・でもあるの」


「…………」


 既に詳しい事情を知っているルイーザ以外の3人は、ビアンカの境遇と覚悟を知ってやや圧倒されたように黙する。その雰囲気を破るようにルイーザが戯けて手を叩く。


「ふふ、そしてそんな彼女の今回の任務でのパートナー・・・・・は、腕利きのSPにして半魔人のユリシーズ・アシュクロフト。ようやくお互い素直になれたのね?」


「……! う、ま、まあね。今でもまだちょっと信じられないけど」


 ビアンカは一転して、少し赤面しながら口ごもる。あれから彼と一度も会っていないので、もしかしてあれは夢だったのではという気さえしてくる。しかし他人であるルイーザがそれを認めているので、あれは間違いなく事実だったと分かる。


 しかしビアンカがそんな少女らしい反応を見せた事で、若干気圧されていた3人は安心したように肩の力を抜いていた。ルイーザの目的はこれだったようだ。そのルイーザが手を挙げた。



「じゃあ次は私ね。ルイーザ・フロイトよ。もしかしたら知ってる人がいるかも分からないけど」


「ルイーザ・フロイト……って、やっぱりあの『ニューオリンピア自治区』の!?」


 他の3人の中では唯一アメリカ在住であったリンファが反応する。ルイーザが自嘲気味に苦笑した。


「まあ知ってる人は知ってるわよね。そう、そのルイーザ・フロイト本人よ。あの事件にも裏でカバールが絡んでいてね。私はあそこでビアンカ達に救われて、今こうして大統領府の世話になってる立場という訳よ」


「な、何と……あの騒動にも? リキョウから聞いたけど、本当にカバールという連中はこの国全体に根を張ってるのね」


 リンファが顔をしかめる。彼女とリキョウの馴れ初め・・・・についてはまだ詳細を聞いていないので、早く聞きたい気持ちはあったが楽しみは後に取っておくべきだろう。


「そして私も国防総省所属にしてサイボーグ・・・・・兵士でもあるアダム・グラントの相方として、今回の任務に参加する事になったわ。宜しくね」


 今回の任務に際してアダムの方からルイーザに相方を申し込んだらしい。今回の任務で相方に選ぶという事はつまるそういう事・・・・・だ。ビアンカとユリシーズの時と同じだ。


「あなたも……おめでとう、ルイーザ。心から祝福するわ」


 ユリシーズからアプローチを受けた今なら素直に友人の幸せを祝福する事が出来た。


「ありがとう、ビアンカ。でもお互いこれからが大変かもね?」


 ルイーザが嬉しそうに笑って頷く。カバールとの戦いは終わっていないし、ユリシーズもアダムも尋常な人間とは言い難かったので、確かにある意味でこれからが本番・・と言えるのかもしれなかった。



「ほら、オリガ。次はあなたの番よ。この『RH』ではあなたの方が彼女達より先輩・・なんだから」


「え……わ、私?」


 ルイーザに促されたオリガは若干慌てたが、どっちにしろ自己紹介はしなければならないんだと割り切ったらしく、可愛く咳払いしながら立ち上がった。 


「オ、オリガ・ゼレンスカヤ、です。ロシア人です。今回イリヤのパートナーとして、皆さンと一緒に参加させて頂く事になりましタ。よ、宜しくお願いしまス」


「イリヤは外見こそ可愛い美少年だけど、とんでもなく強力な超能力者なのよ。あなた達はロシアでも幼馴染の間柄だったのよね?」


「う、うん……また会えルなんて思ってもみなかっタ」


 ルイーザが補足するとオリガは少し頬を赤らめながら頷いた。そんな彼女の姿に何故かナーディラの目尻が下がりウットリとしたような表情になる。


「はぁぁ……ほ、本当にお人形さんみたいで、とっても可愛いですわ。ロシア人って皆こんなに可愛い子ばかりですの?」


「そ、それは人によるんじゃない? オリガは街でも評判の美少女だったらしいし」


 若干危ない嗜好がありそうなナーディラの様子にビアンカはやや引き気味に答える。そのナーディラが次は自分の番とばかりに立ち上がった。



「オマーン王国の第2王女、ナーディラ・ビンティ・アドナーン・アール=サイードですわ。この度サディーク様の許嫁・・として、任務に同行させて頂く事になりました。皆さん、どうぞ宜しくお願い致しますわ」


「よ、宜しく……。大統領の娘にBLMの象徴、更には本物の王女様と直に会えるなんて……改めて凄い世界に来ちゃった気がするわ」


 優雅に挨拶するナーディラの姿に、リンファはその自覚が湧いたらしく妙に感慨深げに呟いていた。


「宜しく、ナーディラさん。因みに彼女の許嫁であるサディークさんは、サウジアラビアの第六王子で凄腕の聖戦士でもあるのよ」


 ルイーザが主にオリガとリンファに向けて補足する。オリガはともかくリンファはサウジアラビアの王子と聞いてまたその切れ長の大きな目を丸くしていた。


 そのリンファに対してビアンカを含めた全員の視線が集中する。ナーディラまではこれまでの事件で関わったり共闘したりしたメンバーであり、カバール絡みの事件の関係者でもあるため、ビアンカとしても既にその素性や人となりは把握している。だが……ある意味では今日の主目的・・・はここからだ。



「さあ、それじゃあお待ちかね。あなたの話を皆聞きたがってるわ。リキョウさんとの馴れ初め・・・・も含めてね」


 同じく興味津々らしいルイーザがそう言ってリンファを促す。彼女はちょっと緊張した面持ちで頷いた。


「え、ええ、分かったわ。……えー、ツァイ凛風リンファよ。今はここの首都警察の刑事をやっているわ」


「リキョウとはどこで出会ったの? 彼は外見はあんなだけど警察のご厄介になるような人じゃないし」


 リンファが首都警察の刑事というのは事前の情報で知っていた。だがリキョウとの接点が分からない。


「実は私、ついこの間までLAPDの刑事だったの。彼とはそこ……LAで出会ったのよ」


「LAで? そこでリキョウに出会ったって?」


 ビアンカは目を瞠った。彼女の知る限り、リキョウがLAに出向いたのは一度だけ・・・・のはずだ。そしてリンファは『ついこの間』と言った。リキョウがLAで出会った中国人の女刑事。心当たりは……ある。


「えーと、確認させて? LAPDにいた時のあなたの上司・・はローラ・ギブソン警部補、だったりしないわよね?」


「え……そ、そうだけど、なんで知ってるの?」


 リンファは驚いて目を瞠った。これでもう確定だ。彼女はリキョウがLAで『リーヴァー』の脅威から救ったという刑事だ。彼に何度か命を救われた事でリキョウを信頼し、彼に『リーヴァー』の事を任せるべきだとローラに進言さえしたらしい。


 リキョウもリキョウで思う所があったのかリンファと出会った事をビアンカに報告せず、ローラから又聞きする事になったのは余談だ。 


「へぇ、LAでリキョウさんに助けられて、それで彼の事を好きになってアメリカの反対側まで追っかけてきたって事? 凄い積極性ね。でもそれで結果的に彼と懇意になったんだから大したものだわ。私も見習いたいぐらいね」


「でもそういうのとても素敵だと思いますわ! これからの時代真実の愛を求める為には、やはり女の方からも積極的に攻めていかなくては」


 ルイーザが呆れたような感心したような複雑な表情で呟いた。一方で自身もオマーンからアメリカまでサディークを追ってやってきたナーディラは共感するものがあったらしく、納得したように頷いていた。


「なるほど、じゃあ確かに人外の相手も初めてじゃなさそうね。リキョウがこの任務に誘ったくらいだもの。あなたは何か戦う技能があるの?」


「ええ、まあ。中国では父が神仙・・だったから、その手ほどきで拳法と簡単な『気』の力の制御法は身に着けてるわ。尤もリキョウには遠く及ばないけど」


「……! 神仙の……」


 ビアンカの質問にやや自嘲気味に答えるリンファだが、比較対象がリキョウでは誰だって自己肯定感は低くなるだろう。




 とにかくこれでビアンカ自身も含めて5人の女全員に、一応の戦う力がある事は分かった(ルイーザの『パトリオット・アームズ』も事前に見せてもらっていた)。今回の任務もカバール絡みであり、男性陣は信頼しているものの女達にも最低限の自衛能力は求められるだろう。


「さあ、それじゃ自己紹介は十分ね。後はお待ちかね。任務に備えて皆の親睦・・を深める事にしましょうか」


 テーブルの上に置かれた軽食や飲み物を示しながらルイーザが手を叩いた。確かに本来の目的はそれ・・なので、前置きはこの辺で十分だろう。オリガなどはさっきから目の前のジュースやケーキ等が気になって仕方ないようだ。この辺は年相応の子供らしい反応だ。ビアンカも苦笑しつつ頷いた。


「そうね。じゃあ皆改めて……。今回の任務への参加を承諾してくれて本当にありがとう。皆のお陰で今回の任務の達成に確信が持てたわ。皆で力を合わせて乗り切りましょう。乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 ビアンカがグラスを掲げると、他の女性陣も全員目の前のグラスを取って掲げた。こうして充分に親睦・・を深めた彼女達は任務に対する気構えを固めると共に、直近で訪れる恋人・・との『その瞬間』を夢想して、皆が皆ソワソワと落ち着かない心持ちになるのだった。


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